46話 アズリア、次なる懸念材料
食事を終えたアタシらが食堂を出た直後、訓練場から戻ってきたのは。
寝坊した罰として、大きめの革袋に詰めた土を背負いながら一〇周を走らされていた連中だった。
「……あ」
と、思わず声が漏れてしまう程に。すれ違った男らの顔は酷く疲れているのが一目で分かり、足元はフラフラだ。
それでも朝の食事を摂るために、どうにか食堂までやってきたのだが。
彼らが食堂に入り、朝の食事を受け取ろうとするも。
皿に盛られていたのは、パンが一つのみ。
「今、残ってるのはこれだけだよ」
「そ……そんなあ、っ……」
一番に到着したアタシと比較すると、スープもなければ塩漬け肉もなく、あの量では到底腹が満たされる事はないだろう。
もっとも、食べられない日もあったアタシからすれば、パンが一個提供されるだけ良いと思ってしまったのが正直な感想だ。
……とはいえ。
「なあ、ランディ」
今、アタシがいるのは兵士を養成するための施設だ。まさか朝、この程度の距離を走っただけで終わるわけがない。
何しろ、食事を終えてようやく太陽が空を照らし明るくなってきたばかりなのだから。
アタシは隣に並んで歩いていたランディに、次に何の訓練が待っているのかを訊ねていく。
養成所に昨日来たばかりで、しかも所長は部屋への案内と模擬戦だけで。施設でどんな訓練が実施されているかの説明がなかったからだ。
「食事を終えたら。次はアタシら、何をするんだ?」
「……それは俺らにも分からない」
「は?」
しかし、話を振られたランディは顔を曇らせて。アタシが知りたかった回答をしてくれなかったのだ。
入所したばかりで説明を受けていないアタシと違い、ランディは以前より養成所にいる人間だ。一日の日課が「分からない」などあり得ない。
「ど、どういうコトだよッ? アンタが知らないって──」
「まあまあ、落ち着けってアズリア」
どうにも納得の出来ないアタシは鼻息荒く、ランディに顔を寄せていくが。
アタシとランディ、二人の肩を後ろから叩いて会話に割り込んできたのはサバランだった。
「ランディが答えに詰まるのも仕方ない。何しろ、その日にどんな訓練をするか、所長の気紛れで変わっちまうんだからよ」
「そ……そうなのか?」
ランディに変わって、養成所の方針を説明していくサバラン。
その言葉を肯定するように、ランディだけでなくイーディスまでが、腕を組みながら何度も頷きながら。
「気紛れ……なら。休みを一つ二つくれても良いのにな」
「それな!」
口数の少ないイーディスが、説明に合わせて愚痴を漏らすと。合槌を打つサバランとで、途端に会話が盛り上がりながら。
アタシら四人は自分の部屋へと到着する。
「えッ、と……つまり結局。次に何をするかは三人にも分からない、と」
「ああ。訓練場での身体の鍛錬が大概だが、時には模擬戦だったり、ヘクサム周囲の魔物の討伐だったり、魔法の訓練だったりと、まあ……色々だな」
これから行われる訓練の内容のあれこれを口にしたランディだったが。
彼の言葉の中に含まれていた「魔法」という言葉を聞いたアタシの足が、無意識にピタリと止まる。
「魔法の……訓練か」
「……ん? どうしたアズリア、魔法は苦手なのか?」
魔法が苦手、などという話ではない。
理由は全く分からないが、誰でも使える筈の魔法が。何故かアタシは一つも使う事が出来なかったりする。
──魔法を使うには魔力が必要だ。
生まれながらに持っている魔力が少なければ、使えない魔法も出てくるのが理屈だが。
それでも「生活魔法」と呼ばれる基礎魔法程度なら、詠唱や身振り手振り等の発動手順を学べば、子供の魔力でも魔法は使えるのだ。
当然、故郷にいた頃に学舎で幾つかの基礎魔法の発動法をアタシも教わったが。結果はというと、アタシは何一つ魔法を発動させる事が出来なかった。
当時、アタシに魔法を教えた魔術師は「魔力がない」と無理やりに納得するも。
アタシに魔力がない、というのが嘘なのは自分自身が一番理解していた。
何故なら。
所長の模擬戦で使ってみせた右眼の力、その開放には魔力を必要としていたからだ。
「いや……あの、アタシは魔法が──」
「おいおい、馬鹿な事言うなよランディ。昨日の模擬戦覚えてるだろ?」
昨日、アタシは三人に自分の過去について説明を語り尽くしたと思っていたが。魔法が使えない事を一切、話していなかったのだ。
ならば……と、あらためて魔法が使えないと告発しようとしたアタシだったが。
これからの鍛錬の予定を質問した時に続き、またも会話に割り込んできたのはサバラン。
「あの所長の大鎚を正面から打ち勝つ身体強化魔法使えるんだぞ、アズリアは」
何とサバランは、アタシが昨日模擬戦で使った右眼の力を。身体能力を上昇させる強化魔法と同等だと勘違いしていたのだ。
アタシもまだ生まれ持った右眼の力の正体が果たして魔法なのか何なのか、全く理解はしてなかったものの。
少なくともサバランの勘違いが、今のアタシにとって好ましい結果にならないのだけは明らかだったのだが。
「そっか。そう言えばそうだな」
「え? い、いや……お、おいおいッ……」
サバランの勘違いは、アタシが「魔法が使えない」と発言しても信じて貰えない場の雰囲気を作り出し。
ランディもイーディスも納得してしまい、アタシは頭を抱えながら困惑してしまう。
だから、正直に話すのはまた機会をあらためる事にした。
「……魔法の訓練だけは、勘弁してくれないかね」
今アタシは、この直後に魔法の訓練がない事だけを心の中で願う。
今朝の訓練、寝坊をした組の末路を見て理解したが。何かを失敗すれば自分一人でなく、同じ部屋全員に迷惑を掛ける。
もし自分か魔法を使えない事で、先程の訓練場での寝坊組のような迷惑をランディらに与えた場合。なまじ期待が大きいだけに、失望されてしまうかもしれないからだ。
だがアタシは、養成所に来たたった二日で。自分が決して望んでいない黒い肌と右眼を持って生まれてしまった不幸な人間である、という事をすっかり忘れてしまっていた。
『──訓練生ども、よく聞けえっ!』
起床の時と同じ様に廊下から声が響いてくるが、声の主は違うやたらと高圧的なもの。
若い訓練生でも、野太く低い所長でもない大人の声。
『次は副官のこの私が直々に魔法の訓練をしてやるっ! 鐘がなったら訓練場に集合だ!』
「……この声、もしかして」
アタシの耳が正常ならば、今確かに廊下からの声は「魔法の訓練」を告げていた。
しかも、今の声には聞き覚えがあった。




