37話 アズリア、勝ちを得るために
しかし同時に所長の態度は、アタシらに敗北する可能性など微塵もないという自信に溢れていた。
先程、アタシを挑発してきたのもおそらくは。初顔合わせだろうが負ける事はない、という思惑なのだろうが。
アタシは所長の自信を崩してやりたかった。
「……なら尚の事、所長に勝たなくッちゃねえ」
「あ、アズリア? 本気かよ……っ」
一番の実力を持つ、と聞いてなお勝つ意思を口にしたアタシに驚くサバラン。
だがアタシは本気も本気だ。
故郷で暮らしていた頃に、暴言だけでなく石を投げてきた住人にアタシは何度反撃を仕掛けようかと思った事か。
しかし反撃をすれば、ヒューのように少数ではあるが同情してくれる街の人間をも敵に回してしまう可能性もあったし。当然、次からはアタシへ向けられる敵意も強くなる。
だから、湧き上がる憤りを懸命に抑え、街の外にある拠点へ逃げるのが日常になっていたが。
アタシはそんな環境を変えるため、ここヘクサムの兵士養成所に来る事を選んだのだ。
それに、養成所の中を案内した所長も確かに言った。
『過去は問わない。あくまで実力で判断する』
と。
ならば、その言葉に応え。今、自分が持つ力を見せてやるのが今のアタシがやるべき事なのだと。
「わかった」
「う、おッ⁉︎」
「ランディ! い、いつの間にっ?」
すると先程、所長に炎の魔法を放ったばかりのランディが。アタシとサバランのいる位置に合流していた事に、思わず驚きの声を出してしまった。
見ればそれだけではない。大鎚で吹き飛ばされたイーディスもまた、体勢を立て直してランディの隣に並んでいた。
「何か、所長に一撃を浴びせる良い案があるんだな、アズリア?」
「ああ。成功するかはわからないけどね」
今、アタシの頭にあるのは。まだ人間相手に試した事のない作戦だ。
しかも初めて試す相手が、大鎚を振り回し攻撃と防御を同時に行う所長とあっては。
果たして、頭の中で描いた通りに成功する保証はどこにもない。アタシは思ったままをランディら三人に口にすると。
「──なら、同じように左右から俺とイーディスで攻撃を仕掛け。今度はアズリアに最後の一撃を任せようか」
「……俺は囮役か。まあ、仕方ない」
「お、俺は? 俺はどうしたらいい?」
「サバランは所長を足止めして、合図と同時に後退してくれ」
「わ……わかったっ!」
ランディがもう一度、所長に先程と同じように挟撃を仕掛けると言い。
イーディスとサバランの二人には、これからの行動を的確に指示していく。
盾を持つサバランがまず所長の前に立ち、大鎚を防ぎながら注意を集めている間に。
再び左右に移動したランディとイーディスが、先程と同じく魔法と突撃で挟撃を仕掛け。
二人への対処で手一杯となったところに、アタシが所長へ渾身の一撃を浴びせる……という作戦。
「な、なあ、ランディ。アンタッ──」
しかし不思議なのは、何故にランディがそこまでアタシに全面的な信頼を寄せたのかという事だった。
これまでアタシに同情を感じて接してくれた人間はごく少数、存在したが。つい先程、出会ったばかりの人間に信頼された経験がなかっただけに。
おそらくは生まれて初めて向けられた、信頼という感情に戸惑っていた。
「な、何でアタシの事をそこまで……し、信頼してくれたんだ?」
「所長の大鎚と打ち合い、互角だった人間なんて養成所にはいなかったからな。そんなお前の言葉に乗ってみようと思ったんだ」
ランディが言うように、挑発に苛立ちを感じていたアタシは颯爽と飛び出し。所長が両手で振り回す鉄製の大鎚と、握っていた両手剣を衝突させた。
その結果、所長の一撃を弾く事が出来たものの。アタシも衝撃で手が痺れ、今の今まで攻撃に参加する事が出来なかった。
だが、それでも。
ランディは所長の攻撃を弾いた、という結果を。手が痺れ、不甲斐ない結果だと思っていたアタシの予想以上に評価してくれていたのだ。
「それに。どうせこのまま続けても、いつも通り俺たちの負けだ。だったら俺はアズリアに賭けた」
「……ランディ」
「四人で所長に一泡吹かせてやろうぜ」
そう言うとランディは、魔法を使うために空けてあった手で拳を作り。アタシの目の前に突き付けてくる。
アタシは、ランディの動作の意図が分からずに困惑の表情を浮かべていたが。
「こういう時は、黙って拳を合わせるんだ」
「こ……こうかい?」
ランディからの説明を聞いて、言われるがままにアタシも利き手でない側の手で拳を握ると。
目の前にあったランディの拳に恐る恐る触れていく。
自分へ信頼が向けられる、という初めての経験に胸に湧き出す未知の感情に。アタシは思わず頬が熱くなってしまったからだ。
「──いくぞっっ!」
ランディの掛け声を合図に、サバランがアタシの前へと踏み出し。腰から剣を抜いて、所長へと斬り掛かっていった。
「ほう? 二人掛かりでは無理とわかって、今度は三人で向かってくるつもりだな」
鉄兜を装着しているせいで、目の動きで視線を確認する事は出来ない。
にもかかわらず、首を左右に振る動作から所長が左右に移動したランディとイーディスに注意を払ったのは読み取る事が出来た。
「……にしても」
左右に首を振り、状況を確認した後。所長は真正面から迫るサバラン……ではなくアタシを見ていた。
「何だ、あの程度で手を痛めたのか。打ち合わせた時は期待したが、どうやら大した事はなさそうだな」
どうやらアタシが攻撃に参加しないのは、互いの武器同士を衝突させた際に腕を痛め、武器が持てなくなったと認識したようで。
所長の落胆した声がアタシの耳にも入ってくる。
勿論その思い込みは一部、所長の勘違いであり。確かに衝突後に利き腕は痺れていたが、今はすっかり回復している。
「まだだ……まだだよアタシ。その怒りは、攻撃の時に全部剣に乗せりゃ、イイ」
だが、攻撃を仕掛ける時は今ではない。
今すぐにでも所長の勘違いを正してやりたい、という胸に湧き上がる感情をどうにか抑え込み。
アタシは真っ直ぐに鉄兜に隠れた所長の顔を睨み返す。
「……なあ。アタシに視線を向けててイイのかい?」
「それは、この攻撃の事を言ってるのか?」
勢いの乗った大鎚の一撃を盾で防いだ時、サバランは盾を両腕で支えていた。片手一本では大鎚の威力に負けてしまうからだが。
人間の腕は二本しかなく、その二本を防御に使うという事は。攻撃に回す腕がないという意味でもあった。
おそらくはアタシが養成所に来る以前より、所長の大鎚の威力を知っているサバランは。
今でこそ剣を構え、攻撃を仕掛けている側だが。いつでも両手で盾を構えられるよう、握っていた片手剣には鋭さがない。
「どうせ、俺を足止めして魔法を当てる作戦なのだろう」
所長も、サバランが攻撃より防御重視で。あくまで目的はその場に足止めする事だという、こちらの作戦の意図を読み切ってくるも。
アタシが腕を痛めている、という勘違いからか。最後の一撃がアタシの役割であるという点までは読み解けなかったようだ。
サバランは一瞬、背後に控えたアタシに視線を向けると。片目の目蓋を閉じ、笑顔を浮かべてみせる。
 




