36話 アズリア、挟撃を仕掛けた二人
突撃、という攻撃に特化させた装備を選んだという事でイーディスへの疑問は解消されたが。
「ん? に、しては……」
左側に視線を向けると、イーディスと同時に攻撃を仕掛けた筈のランディだったが。
片手剣を構えて所長に迫るランディと、槍を構え突撃するイーディスとの間合いが全く違う事に、アタシは気付く。
「コレって、二人が呼吸を合わせないと意味がないんじゃないのかい?」
これまで一人だったアタシは、当然ながら誰かと一緒に戦うといった経験はない。
それでも、左右から二人が同時に一人の対象を挟撃する理屈は即座に理解が出来た。だからこそ、ランディとイーディスが同時に攻撃目標である所長に接敵しなければ意味がないのではないか。
そんなアタシの声に、つい先程アタシを盾で庇ったばかりのサバランが答える。
「いいんだよ、あれで」
「え? だ、だってよ、あれじゃ先にイーディスが──」
「まあ、見てな」
サバランが盾を支える必要がなくなったため、空いた方の指で差し示したので。
アタシも合わせて視線を移すと、それは左側──一呼吸ほどイーディスに遅れたランディ。
片手剣を握っていた手ではなく。空いたもう片側の腕を開き、前方へと突き出す動作を取る。
「ランディ……ありゃあ、何をするつもりなんだい?」
一度は構えた剣を後ろ手にしたランディを見て、意図が読めず困惑するアタシ。
まだ片手剣の届く距離ではないし。落ちている石や砂を投げ付けるにしても、片手を開いた状態ではそれも難しい。
そんなランディが、口唇を動かして何かを小声で呟いていく。
「散らばりし幾百もの炎の源……我が手に集いで燃え上がれ」
謎の言葉を紡ぎ終えた途端、所長へ向けて開いていたランディの手の平に、焚火のような赤い光が生まれる。
「あ、ありゃ……魔法ッ⁉︎」
魔力の消費と「力ある言葉」と呼ばれる決まった一文を唱える事で無から有を生み出す──魔法。
実は幼少期、アタシは何度挑戦しても.魔法を発動する事が結局は出来ず終いだったが。
故郷にいた頃から、大半の街の人間は。竃に火を入れたり、日が落ちた後の暗い街を照らす光源だったりと。魔法を活用している場面は幾度となく目にしていた。
だからこそ。
ランディが呟いたのは「力ある言葉」で。魔法を発動しようとしていたのは理解出来たが。
「弾けて──爆ぜよ!」
ランディが発した掛け声を合図に、手の平に灯っていた赤い光が所長の足元へと高速で移動し。
光──火の魔力が大きく膨れ上がっていく。
「く、くそっ……魔法は腕の力だけじゃどうしようもねえなっ!」
眼前で大きく膨れ上がる魔力に、回避行動を取ろうとした所長だったが。
さすがに巨大な鉄製の大鎚を振り回し、三連続攻撃を仕掛けた後のためか。足が迅速に動かずに、魔法の範囲から逃がれる事が出来ない。
そして、膨れ上がった光が燃え上がり。
「……な、っ⁉︎」
一気に広範囲の空間が赤い炎に包まれ、発生した炎と爆風が。逃げられなかった所長にも容赦無く襲い掛かる。
「う、うおおおっ? ひ、火が身体にっ!」
周囲の地面を巻き上げる程の爆発に、所長は吹き飛ばされる事なく、その場に残ってはいたが。
金属鎧の隙間に着いた火を消すため、慌てた様子で腕を振り回している。
「……そうか。だからランディは敢えて片手を空けてたのかッ」
魔法を使うためには、決まった動作と言葉を必要とする。街の人間も、魔法を使う際に決まった動作をしていたからだ。
今、ランディが使った爆発する魔法も「開いた手を突き出す」という動作が必要だったのだろう。だからこその武器の選択に。
アタシはようやく装備の意図を理解し。
そして同時に、二人が今仕掛けた挟撃の意図をも知る。
イーディスの突撃が、鎧の隙間に着火し絶賛混乱中の所長に高速で迫っていたからだ。
「──もらった!」
鋭い槍先が隙だらけの所長の背面を捉えた、と。槍を持つイーディスだけではない、アタシもそう確信した──が。
「ふんっ!」
つい先程まで慌てて腕を振り回していた筈の所長が、握っていた鉄製の大鎚を振り回し始めたのだ。
ただ闇雲に腕を振り回すだけと比較しても、大鎚を振るうだけで火の消え方がまるで違う。
しかも──背面に眼があるかのように、大鎚が迫るイーディスの槍先を弾いた。
「う……おおおっ⁉︎」
所長が背後を見ずに振り回した大鎚は。
突撃とイーディス独特の構えで勢いの込められている槍先をいとも簡単に、イーディスの身体ごと弾き飛ばしてしまったのだから。
アタシが声を発するより先に、後方に吹き飛ばされ後退るイーディスに声掛けるサバラン。
「おいっ! 大丈夫かイーディス?」
「な、何とか直撃は喰らわずに済んだが……手が……」
わかる。
アタシもつい直前、同じ状態だっただけに。
「痺れてるんだよな、指が」
アタシの言葉に、イーディスが無言のままで頷く。
所長の大鎚の一番厄介な点は、高い威力よりも。武器同士を打合せて「受け」る事が難しい事だ。
いや正確には、所長の攻撃の軌道は至極単純なだけに武器を打合せるだけは簡単だ。だが、威力による衝撃が武器を伝い、握る手を麻痺させてしまうのだ。
「だとすると、なるほど厄介な武器だね……あの鉄の塊は」
「だから……ここにいる人間は皆、所長との模擬戦は嫌がるんだ。下手すりゃ大怪我までさせられるからな」
隣にいたサバランの愚痴を聞いて、アタシは部屋で所長から模擬戦の命令を受けた時の三人の反応を思い出していた。
アタシよりも先に養成所にいた三人は、他の候補生が。或いは自身も一度は所長と模擬戦を経験し、大きな被害を被ったのかもしれない。
だが、そうなると。
「つまり、この養成所で一番強いのは?」
「間違いなく、あの所長さ」
サバランの答えは、アタシが想像した通りだった。
部屋にいた時や、訓練場に到着してからの所長の挑発めいた言葉から。この人物は、弱い人間を玩ぶのではなく、単に戦闘を楽しんでいる様子だった。
それが証拠に。
「はっはあ! お次は何を仕掛けてくるんだ? 早くしろ──さあ、さあっ!」
顔を覆う鉄兜のためか、表情で読み取る事は出来なかったが。
ランディの魔法で燃やされ、サバランの盾で攻撃を防がれ、アタシやイーディスに攻撃を受けたにもかかわらず。
大鎚を振るう所長は、実に楽しそうな声でアタシらを挑発し続けていたからだ。




