50話 アズリア、兄弟喧嘩に介入する
しばらくすると、アタシらが荷台で待機していた馬車へ大勢の兵士を引き連れて、エクレールで遭遇した帝国重装騎士と同じ装備で固めた銀髪の男が歩を進めてきた。
「そ、それでは……こちらがシュミット・バイロン将軍である。お前たちが手配された脱走兵を生け捕りにしたという報告通りならば、その脱走兵をこちらへ」
兵士の一人の合図でこちらが荷台から出るのを待たずに、将軍が引き連れてきた兵士らが構えた槍先で威嚇し。
荷台から、縄で手首を拘束しておいたイリアスを引っ張って、頭巾で顔を隠したアタシは急かされるように降ろされる。
「シュミット将軍、こちらがその脱走兵です」
「うむ……間違いないぞ。此奴こそが手配された脱走兵だ、名をイリアスという……な」
兵士らがイリアスの膝を折らせてその場で膝を着かせると、シュミット将軍が敢えてわざわざ顔を確認するためにイリアスの前にまで歩み寄ってくる。
そして将軍は次の瞬間、膝を屈してるために低い位置にあるイリアスの顔に唾を吐き掛ける。
「……ふん、バイロン公爵家の恥晒しが。貴様など見知らぬこの地で野垂れ死にしていれば後腐れがなかったものを……相変わらず父上は甘い」
この二人の人間関係を理解していない周囲の兵士らはその行為に動揺を隠せずにいたが。
兵士に擬装していたアタシとトールだけは事前にイリアスから兄の性格を聞いていただけに、その動揺の輪の中に混じれずにいた。
「……お言葉ですが兄上。今回のホルハイム侵攻は帝国にとってどれほどの損失を出すか……何度も説明した筈です!」
「私の事を『兄上』などと呼ぶな!この平民の女から生まれた出来損ないが兄弟気取りとは片腹痛いわ!」
「真面目に聞いて下さい兄上っ!このままホルハイムを制圧するような事態になれば、帝国はいずれ足元を掬われます!」
「黙れ黙れ黙れっっ!はぁ……はぁ……本来ならばこのまま私自ら父上の前に引き摺り出すつもりだったが……気が変わった」
イリアスの言葉に顔を真っ赤にして激昂で返すシュミット将軍がその鬱憤をぶち撒け終えると。
兵士に合図をして持ってこさせた両斧槍を握り、こちらを振り返るシュミットの眼は血走っているように感じた。
「そうだ……やはり父上に進言したように生け捕りではなく、ここでこの脱走兵を処刑してしまうとしよう……それが一番よい方法なのだ」
「……ま、待って下さいシュミット将軍!ですが脱走兵の生け捕りは本隊からの命令であり……」
「父上には……バイロン公爵には後で貴様は敗残兵かスカイアの山々の魔獣にでも殺られた、とでも言っておけばよい」
将軍の命令無視を制止しようとする兵士を振り払って、イリアスに向けて持っていた両斧槍を振り上げていった。
イリアスは切れ目の入った手首の縄を自ら解いて逃げる事も出来ただろうか、彼は目を瞑り顔を俯かせて自分の首に両斧槍の刃が振り下ろされるのを待っていたのだろう。
……全く、死にたがりなんだから。
イリアスが、首に喰い込む刃の感触にではなく。
頭の上から鳴り響いた金属同士が激しく衝突する大きな音によって目を開くと。
目の前には、シュミット将軍が振り下ろした両斧槍の一撃を大剣で軽々と受け止めているアズリアの姿があった。
「何だ貴様ぁ!一介の兵士ごときが将軍である私を邪魔するか!軍規に従い、貴様も脱走兵と同様に私がこの場で処刑してやる!」
「……この程度の腕の男に殺されてやるつもりは最初からないんだけどねぇ」
アタシは頭巾と外套を脱ぎ去っていき大剣に力を込めて横に払うと、受け止めて拮抗した状況になっていた将軍の両斧槍を弾き返す。
すると、一度後ろへと退いて仕切り直しを試みるシュミットが貴族らしからぬ下卑た笑みを浮かべながら。
「ほう……女か。女だてらに腕に自信がある様子だが、私と帝国を敵に回すとはな……イリアスにでも抱かれて情が移ったか、女ぁ?」
イリアスにチラッと視線を向けると、つい先程その女に自分の一撃が止められたのを忘れ、勝手な妄想で一人盛り上がるシュミット。
自軍の将軍が吐いた侮蔑の文句に相槌を打ち、笑い出す何人かの兵士ら。
「女、女って……帝国の男連中はそういった下種の勘繰りしか出来ないのかい?……あ。だから、あんな腰の入ってない攻撃しか出来ないのかねぇ?ん?」
まあ、戦場で女だからと侮られるのは慣れてはいるが。エクレールで遭遇した帝国重装騎士もそうだったが。
せめて他人を見下すならば、それ相応の実力を身に付けてからにして欲しいモノだ。
第一、まだアタシは筋力増強の魔術文字も発動してないんだぞ。




