31話 アズリア、自分の事情全てを語る
故に、冒険者への仕事や依頼を斡旋する組合のような組織も、当然ながらこの国には存在しない。
「俺の両親はそうして各地を転々とし、この帝国にやってきた……というワケさ」
「そうだったのかい、そんな事情が」
アタシの事情を差し置いても、きっと冒険者について知る機会はなかっただろう。
だからこそ、ランディが今語ってくれている冒険者についての説明を。アタシは興味深く耳を傾けていた。
勿論、冒険者という役割をランディの短い説明だけで完全に理解をするのは難しかったが。
無理やり自分の経験に当て嵌めてみせるアタシ。
「つまりはアタシが暴漢を撃退し、衛兵に突き出して報酬を得るのと一緒だね」
「ま……まあ、そうだな」
腕を組みながら、勝手に納得し。まるで全部を理解したように何度も頷くアタシだったが。
目の前のランディは、何故か作り笑いを浮かべながら合槌を打っている。
しかも。
「──いや、ランディのやつ愛想笑いして誤魔化してるけど、絶対違うよな?」
「……聞こえるぞ、サバラン」
会話の輪から外れていたサバランとイーディスの二人が。
小声で今の喩え話に異論を唱えているのが、アタシの耳に入ってくる。
「こほん、あー……聞こえてるよ」
「い、いやっ! そ、その、悪いアズリアっ……」
咳払いを一度して、聞こえてきた小声に対して牽制の意味で声を掛けたのだったが。
何故か、想像した以上に身体を強張らせ驚きを見せた優男──しかし。
「いや、そこまで気圧されても、コッチが困るんだけど……」
恥ずかしいのは実はアタシのほうだった。
アタシとしては寧ろ、快心の喩えだと思っていたのに。
当のランディには愛想笑いを浮かべられるわ、遠巻きにしていた二人に首を傾げられてしまう始末だ。
「で……でもッ」
横道に逸れてしまったが、早速次の疑問が頭に湧き上がっていたアタシは。
気を取り直してランディへと向き直る。
「アンタの言う通りだったとしたら。両親はどうしたんだい? だってこの国にゃ冒険者がいないんだろッ」
「だから俺は両親ともども兵士になったんだ。帝国としちゃ、冒険者が出来る程の実力のある両親を放っておけなかったんだろ」
その疑問とは、ランディの両親がどうなったのかという点だった。
何しろ、魔獣や魔族、野盗らが跋扈する外の世界をランディを連れて旅が出来る程の冒険者だ。
一人でも戦力を育てるため、各地に兵士養成所を設置するような帝国が。そのような逸材を黙って放置する理由がなかった。
「拒否、出来なかったのかい?」
「いや、親父も母さんも頑なに拒否をしたさ。兵士にされちまえば、この国から出るのは難しくなるからな」
故郷の住人の中にも「兵士になりたい」と口にし、兵士という職を希望する男らがいるにはいたが。
自ら望んで危険な戦場に身を晒したいと思う人間がいるだろう。帝国の外からやって来た、国の所属に縛られていないランディの両親は特に強く感じただろう。
だから、兵士になる提案を拒否するのは当然とも思えたし。ランディもたった今「拒否した」と口にしたばかりだ。
しかし、それが本当ならば。
先程のランディの話にあった「両親ともども兵士となった」という発言と結果の辻褄が合わなくなってしまう。
「だったら、どうして?」
「だから、俺を攫って人質にしたんだよ」
問い掛けるアタシに、ランディは衝撃の事実を明かす。
帝国は、ランディの両親を自分の勢力に引き入れるために。まだアタシと同い歳のように思えたランディを拉致し、脅迫材料にしたという話を。
「まあ、半ば脅迫じみた、無理やりな話だったけどな。効果は絶大だったよ」
ランディが淡々と語る過去を聞きながら、アタシは拳を強く、強く握り締めていた。
握り込んだ指の爪が、手の平に喰い込む程に。
「ぐ、ッ……」
勿論、子供を攫って脅迫するという卑怯極まりない行為に怒りを覚えたのも確かだったが。
それよりも許せないのはアタシ自身の「驕り」だった。
「……馬鹿だね、ホントにアタシは」
だからこそ。
低く、感情を押し殺したような声がアタシの口から発せられた。
何故にアタシが、自分自身に怒りを感じていたのかというと。
養成所でこれから出会う人間が、どんな過去の経歴を持っていようと。一六年間、故郷の住人らに「忌み子」と忌避され、或いは迫害され続けてきたアタシより辛い経験などない──と。勝手に思い込んでいた事に。
だが、しかし。
これまで自由だった冒険者の両親と帝国の地を踏み、おそらくは今も。両親への人質として兵士となる事を強要されているランディ。
かつては貴族という身分でありながら、帝国の侵略戦争で自国を滅ぼされ。敵である国の兵士という立場にまで落とされたサバラン。
サバランと同じ国の出身で罪を犯し減刑のために兵士となったイーディスと。
アタシの過去と同等……いや、それ以上に壮絶な経緯を持っているのは。これまでの短い三人の説明からでも理解出来てしまった。
「自分こそが一番不幸だ、なんて馬鹿な勘違いして。他人の過去を勝手に軽く扱うなんてさ」
思い返すと──確かに故郷の街で酷い目に遭ってこそいたアタシだが。
差別の目を向けなかった幾人かの協力と、自分から街を離れ、外に拠点を置いた事も幸いしてか。アタシは空腹や寒さという脅威こそあれ、実に自由に生きる事が出来ていたためか。
自分を「不幸だ」とは一度も思った事がなかったからだ。
アタシの頭、そして眼から「迷い」が消えた。
三人と出会った当初は、自分の過去をどこまで離すべきか、躊躇していた自分が確かにいた。
余分な事を話せばまた迫害や忌避の目を向けられる、という杞憂が頭を過ったからだが。
既にその杞憂はアタシにはない。
直前まで言葉を交わしていたランディだけではなく。先程怯えさせてしまった優男や、アタシにあまり関心のないイーディスと。
順番に三人の顔を、決意を秘めた強い視線で真正面から覗き込んでいったアタシは。
「……三人とも。アタシの話を、聞いてくれないか?」
そう言ってアタシは、過去に何があったのかという話を自分から切り出していった。
この国には滅多に見ない黒い肌の色から、「忌み子」と呼ばれ迫害を受け続けていた事。
忌避や迫害を避けるため、数年前から街の外で一人で生活していた事や。
生まれた時から右眼に不思議な印が刻まれ、それが理由なのか並の男を超える怪力を身体に宿しているという事までを淡々と。
アタシの過去全てを余さずに三人に語っていく。




