30話 アズリア、ランディの事情を聞く
──しかし。
アタシとランディの間に割って入ろうとしたサバランが、間抜けな声を出して驚く。
「……へ?」
何故なら、サバランが想像していたように拒絶される事はなく。ランディが伸ばした手は、実に呆気なくアタシの手首を掴めたからだ。
「少しは落ち着いたか?」
「あ……あ、ああ。わ、悪いね」
動揺から、騒々しく動かしていた手をランディに掴まれた感触で。すっ……と頭が冷えて我に返る事が出来たのだが。
そんなアタシの反応に、納得がいかなかったのか。
「お、おいっ……おかしいだろ? 何で俺とランディで反応が違うんだよっ!」
先程、間抜けな声を漏らしたサバランが騒がしく、今度は抗議の声を口にし出す。
一瞬、喧しいとは思ったが。優男の疑問は、よく考えてみればアタシにも解答が出せない問題だった。
「そういや確かに。何でアタシ……すんなりと腕、掴ませたんだろ」
サバランの手を弾いたのは、元貴族だと聞きアタシが無意識に嫌悪感を抱いてしまったという理由もあったが。
一番の要因は間違いなく、初対面から向けられた異性からの好意に困惑したからだ。
故郷の街で暮らしていた頃は、黒い肌と並の男を超える腕力から「忌み子」や「化け物」と罵倒されていた事もあり。
そんなアタシは当然、同年齢の男から好意を向けられる機会などなく。好意を向けられる事にはまるで不慣れだったのだ。
「サバランの手を弾いた理由はアタシでもすぐにわかる。でも……それなら」
だから、あからさまに好意を向けた優男の手を思わず弾いてしまったのだが。
ランディが手を伸ばした時、確かにアタシは動揺し正常な思考が出来ない状態ではあった。
しかしそれならば尚の事、迫るランディに過剰な反応を示したのではないか。
アタシはどうにか、ランディの手を拒まなかった理由を探していくが。
「ランディと、何が違ったんだろ」
強いて二人の相違点をいえば。サバランが元は都市国家コルム出身の貴族だが、ランディの経歴はまだ不明だという事くらい。
全く、これといった決め手の理由が見つからない。
これ以上は思考を巡らせても、時間の無駄だと思ったアタシは。理由を考えるのを諦め、文句を言ってきたサバランに向けて一言。
「ホント、何でなんだろうね……アタシにも全然分からないや」
正真正銘、今のアタシの正直な気持ちを吐露していった。
ヘクサムに到着してから初めて、緊張が完全に解れ、自然に出た笑顔を浮かべていた事に自分でも驚いた。
──というのも。
故郷ではアタシが街の住人と遭遇すれば、日常的に罵声を浴びせられていたが。
一々過剰な反応を見せれば、相手の行動も過激になり、こちらの身体や心も擦り減っていってしまう。
だから遭遇の機会を減らすために街の外で生活していたアタシが、魔獣や下位魔族への警戒のため。或いは、稀に街の人間と出会ってしまった時のため。
感情を抑制するのが、いつの間にか当たり前となっていたから。
アタシを差別しない数少ない人間の前で、それなりに感情を出すことはあっても。
もしかしたら。
アタシが記憶している限り、ここ数年ぶりの屈託のない笑顔かもしれない。
「う……っ!」
自分だけが手を弾かれた事に納得が出来ず、アタシとランディに文句を言い始めた優男だったが。
何故かアタシの顔を見るなり、口から出かけていた文句を詰まらせ、アタシから慌てて顔を逸らした。
「く、くそっ……おま、その顔は、っ」
「ん?」
サバランの反応を不思議に思い、アタシは一歩前に踏み込み、優男との距離を詰める。
すると即座に後退り、アタシとの距離を元に戻してしまう。
◇
一方で、アタシらの背後では。
アタシを落ち着かせた張本人なのに、すっかり話題から溢れてしまったランディは。元々会話に参加していなかった無愛想な男・イーディスと、二人してこちらを見ながら。
「……どう思う、ランディ?」
「ああ、間違いない。ありゃまた落ちかけてるな」
などという会話が行われているのを、アタシも優男も知る由もなかった。
実は──後でアタシも知る事となるのだが。
サバランは実に「惚れっぽい」性格をしており。
所長か前もって話していたように、兵士養成所に入ってくる女候補生の数が少なく、しかも施設に長く留まらないのもあり。サバランは入所する女全員に声を掛けているのだとか。
まさに最初の印象に違わぬ優男ぶり。
「あまり新人に深入りしないうちに、話題を切り替えておくか」
「頼む……俺は、会話は苦手だ」
普段から二人は、同僚が親交を持った女候補生に深入りしないよう。
ランディは直接、会話で介入し。交流が不得手なイーディスはその他の面で下手に同僚が問題を起こさないよう尻拭いに奔走しており。
今回もアタシと同僚の牽制のため──ランディが動く。
◇
サバランの反応を不思議に思い。アタシは再度、距離を縮めようとした、その時。
ランディが両手を叩いて鳴らしながら、アタシとサバランの間に自分の身体を差し込んでくる。
「それくらいでサバランの事は許してやってくれよアズリア」
先程はアタシの手を掴もうとするランディを、サバランが警告も兼ねて割って入ってきたが。今度は立場が入れ替わったように。
……許しても何も。アタシはただ、サバランが突如顔を逸らした理由を問い詰めたかっただけなのに。
「い、いや。アタシはただ」
「今は俺の話を聞きたいんだろ?」
言われてみれば、そうだ。
サバラン、イーディス両名の出身や養成所に来た経緯を聞いた今。次にアタシが話を聞く相手は、まさにその本人が言う通りランディだった。
「うん、そうだね。悪かったよサバラン」
少なからず納得が出来ない点こそあれど、アタシはランディの仲裁を受け入れ。二、三歩ほど後方に下がり、優男から離れると。
「さて──それじゃ」
一度、大きく息を吐くと。間に割って入ってきたランディの顔をまじまじと凝視しながら。
アタシは一歩、ランディへと迫っていく。
「聞かせてもらおうじゃないか、アンタの話をさ」
「そんな勿体振るような生い立ちでもないんだけどな」
最初に部屋に案内され、中で待っていた三人に初めて出会った時、アタシは直感的に。
長身でこちらに好意的な態度のサバラン。
最初はアタシに無関心だったイーディス。
二人と比較し、然程目立った特徴や反応のなかったランディを何故か。三人の中で一番立場の強い人物だと認識していたが。
果たしてアタシの直感は正しいのか、否か。
答え合わせが、始まる。
「そもそも、俺も両親もこの国の出身じゃないんだ」
「えっ? てコトは、アンタも二人と同じく──」
ランディの話を聞き、アタシは彼もてっきり帝国に侵略された別の国家の出身だと思ったが。
アタシの言葉に、ランディは即座に首を左右に振って否定してみせる。
「いや、両親は冒険者だった」
「ぼう、けん、しゃ?」
初耳の職業に、アタシはまるで初めて言葉を覚えた幼児のように、ランディの言葉を辿々しく繰り返す。
「そうか、アズリアは冒険者って言葉を知らないんだな」
あらためて「冒険者」という意味をこちらへ問い掛けるランディに、アタシは無言で何度も頷いて見せた。
それもその筈。
この国には「冒険者」という職業は、正式に認知されていない。
「いいか? 冒険者ってのはな、出没する魔獣の討伐や旅人の護衛なんかをして、その報酬で金を稼ぐ職業を指すのさ」
大陸の最北部に位置するドライゼル帝国は、周辺国に侵略戦争を仕掛けている関係上。外から入国しようとする旅人は滅多におらず。
また冒険者になる資質、武器の扱いや武勇、魔法の適性を持った人間は兵士養成所に入れられる事がこの国では推奨されていたからだ。
 




