29話 アズリア、同僚らとの交流は続く
そう言えば、ヒューら衛兵らが話しているのを事がある。
コルムという大きな城塞都市が帝国軍に攻撃を受け、たった三日で陥落したという噂を。
戦争など実際に目にした事のなかったアタシでも、衛兵らの驚きと恐怖に怯えていた反応からか。三日、という日数が都市を占領するのにあまりに早かったのだけは理解出来た。
「親父たち上の連中は、全滅するまで徹底抗戦するつもりだったらしいけどな」
「そ……そりゃ、気の毒な話だね」
優男の話を聞いて、貴族への嫌悪感もあったからか。アタシはあからさまに顔を顰める。
貴族の身勝手な決断に、それでも従わなくてはならないのは街の住人や兵士らだ。
だからアタシは、都市が戦場になり。大勢の人間が帝国の攻撃で犠牲になったものだと想像したが。
「だが……そうはならなかった」
「は? そりゃ、どういう事ッ──」
イーディスが呆れたような口調で話を再開し、サバランの口から聞かされた事実は。
アタシの想像とはまるで違っていた。
「ああ。街を包囲されちゃ敵わない、と踏んだ街の人間がさっさと帝国に降伏した……ってわけさ」
まさか、三日という早さで都市が陥落した真相とは。都市が戦場となる前に、住人らが自らの手で帝国側に寝返ったからだとは。
「上が決めたように。包囲した大軍とまともに激突してたら、今頃は、俺もこいつも生きて養成所にはいなかっただろうけど、な」
都市が陥落した時の真相といい、自分らの事情といい。決して楽観的な内容ではない筈なのだが。
目の前の優男は、まるで冗談や軽口を話すかのような実に軽快な口調でアタシに話してのける。
「で、貴族から平民になった俺は。兵士として戦功を立てて、家の復興を成し遂げてやろうとここに来たって事情さ」
「……ッ(ごくり)」
サバランの話を聞いて、アタシは思わず口内の唾を飲む。
暴言を吐かれ、石を投げられる環境から逃げたかったアタシの理由とはまるで真逆。希望に満ち溢れた彼の眼に気圧されてしまったから。
果たしてサバランが言う通り、戦争で活躍した兵士に貴族になれるという道が開かれているのかは、アタシが知る由もない。
しかし、サバランらの故郷であるコルムに。所長の頭部に消えない傷痕を残したウィルタードといい。帝国は絶えず周囲に侵略を仕掛けているのだけは確かだ。
ならば養成所で立派な兵士となれば、活躍する場所には事欠かないのではないか、と。
元はコルムの貴族だった優男の事情は知れたが、アタシはふと頭に浮かんだ疑問を解消しようと。
説明を終えたばかりのサバランに声を掛ける。
「なるほど、ね。で、サバラン……だっけ?」
「おっ、早速俺の名前を覚えてくれたみたいで嬉しいぜ、アズリア」
アタシは質問をしたかっただけなのに。
名前を呼んだだけで顔を綻ばせながら、一度は空けた距離を再び詰め、アタシの手を握ろうとしてくるサバラン。
「そ、そういうのはいいんだよッ!」
さすがに二度、同じ事を繰り返されたらアタシも戸惑いより苛立ちの感情が勝り。
こちらの手を掴もうとしてきたサバランの腕を、アタシは横へと払い退けていった。
勿論、力は充分に加減しておいたが。
「ちぇっ、残念」
「……で。アンタが貴族なら、そっちの男は従者か何かだったのかい」
アタシが抱いた疑問、それは同じコルム出身のサバランとイーディスとの関係だった。
本人が語ってみせたようにもしサバランが貴族だとするなら、イーディスは従者か何かだったのだろうか。
すると、アタシの質問を聞いた二人が一度だけ驚いたような表情で顔を見合わせていき。
「いや? こいつとは養成所で初めて会っただけだよ」
「え? い、いやだって、さっきは」
先程、コルムの説明をアタシに聞かせた際の会話の、息の合ったやり取りの妙は。同じ出身と聞いたからこそ勝手に納得していたのだが。
実はそうではなかったと、サバランから語られる。
見ればイーディスも言葉を発しないまま、何度か首を縦に振ってみせていた。
「……俺はただの罪人だ。罪を軽くするために、嫌々兵士になるのを受諾した、な」
「罪人、ッて……アンタ一体、何をやらかしたんだよ?」
面識のない三人と出会った当初は、どう会話をしたらよいか困惑していたアタシだったが。最初の頃の緊張は、この時点ですっかり解れていた。
いや寧ろ、長らく忘れていた自分を差別しない人との交流に浮かれていた、と言ってよい精神状態だったためか。
罪人と聞いて、興味本位でイーディスが犯した罪を聞き出そうとするアタシだったが。
「……今はまだ、話す時ではない」
ボソリと、やはりアタシの顔を見ずに。今度は首を左右に何度か振り、質問に答える事を拒否してみせたイーディス。
その拒絶が、久々の会話で浮かれたアタシを我に返す。
「い、いや……悪いのはアタシだよ。な、何聞いてるんだろうね」
自分は、肌が黒い理由も、右眼の異常も何も三人に話していないというのに。
他人の事情にばかり足を踏み込んでしまった事に、アタシは自己嫌悪に陥って額を押さえる。
アタシはふと、同じコルム出身の二人の横に並ぶ、残る一人の男・ランディに視線を向ける。
しかし、二人の話を聞いても別段驚きを見せていない様子から。今語った二人の事情を既にランディは知っているのだろう。
その事も含めて、ランディに話を聞きたかったが。アタシは今、自己嫌悪に陥っていたからか、自分からランディに会話を切り出す事に躊躇してしまっていた。
「……ん?」
そんなアタシの物欲しげな視線を、ランディもまた察知し。こちらを見た事で互いの視線が交差する。
「い、いやいや、ち、違うんだよッ?」
一瞬だけですぐに目を逸らそうとしたのに、目が合ってしまった事に。罪悪感が胸を占めていたアタシは困惑し、あからさまに動揺を見せ。
ぱたぱたと両手を顔の前で慌てた様子で振ってみせながら、口からは意図せずに本心が思わず漏れ出していく。
サバランとイーディスの事情は知る事が出来た、残るはランディの話だけだという本音が。
「べ、別にアンタの背景まで、無理に聞きたいとか……そんなコト全然思ってないんだって! いやホントだからッ!」
「まあ、落ち着けアズリアっ」
するとランディは、未だ動揺が治らずに慌しく手を振るアタシの手首を掴み、どうにか話を聞いて貰おうと試みる。
「お、おい危ねえランディ。お前も手を弾かれるぞっ?」
そこに割って口を挟むのはサバラン。
そう言えばつい先程、アタシの手を握ろうとした彼を払い退けられたのを思い出した。
──という事は。
先程アタシが手を払った時、ランディに警告をする程痛い思いをさせたのかもしれない。
随分と力加減には配慮したつもりではあったが。
つまりは、同じく手首に触れようとしたランディの身を案じて声を掛けたのだろう。




