25話 アズリア、養成所へ案内される
推薦状と一緒にヒューから「餞別だ、持ってけ」と貰ったのは、大きな革袋と鉄剣だった。
革袋のお陰で、寝床に隠しておいた干し肉や木の実といった食糧を持ち運ぶ事が出来たし。
貰い受けたのは、衛兵に予備として配給される何の変哲もない、寧ろ粗悪な出来の鉄製の剣なのだが。
「いや……剣ッて凄いな」
道中で獣と遭遇した際に。アタシは貰った剣を振るい、驚くほど簡単に撃退が出来てしまった事に。
初めて振るった剣の威力に、アタシはただ呆然と。獣の血に濡れた刃と、地面に倒れた狼を凝視していた。
街の人間に忌避されていたアタシは、当然ながら剣など触らせては貰えなかった。武器を持たせて暴れられては困る、と思われていたのだろう。
なので。これまでアタシが武器に使っていたのは木製の棍棒だったのもあり。小型の狼を仕留めるのも苦戦していたからだ。
革袋に入れた食糧で食い繋ぎながら、かろうじて整備されている道を歩く……ではなく走り。
夜が来れば、岩陰など身を潜めるのに適した場所を探し、火を焚いて眠りに就く。
故郷にいた時から生活圏から自分の意思で外れ、今と同じような暮らしをアタシは行っていたので、準備は慣れたものだ。
移動と野営を三日ほど繰り返した後。
「アレが、推薦状に書いてある兵士養成所……だよね」
アタシはようやく、兵士養成所があるヘクサムの街へと到着する。
「な、何さ? この、重苦しい雰囲気は……」
街、とは言っても故郷とは違い、街の外に住人が出歩いている様子は見られず。何故か、街に入る前から妙な緊張感が周囲に漂っていたからだ。
まるで、獣や襲撃者と睨み合っている時のような。
ここヘクサムは兵士養成所ありきで、周囲に最低限の施設を用意しただけの小規模な街だと──アタシも後で知る事になるが。
「そ、それよりもまずは、養成所を探さないと」
羊皮紙に記されていたのは、あくまで養成所があるヘクサムの名前だけ。街の何処に、目的地である兵士養成所があるのか見当も付かないアタシは。
ヘクサムに足を踏み入れる際、街の入り口に立つ門番に遠慮がちに声を掛けていく。
「あ……あの、さ」
アタシが一瞬、躊躇したのは。緊張感に似た街の雰囲気もあったが、一番の理由は門番だった。
まずその体格だ。アタシに推薦状を渡したヒューは、普通より締まった身体に一般的な背丈だったが。目の前の門番はアタシが首を傾け、見上げてしまう程の巨躯だった。
それだけでなく、故郷の衛兵が着ていたのは革鎧だが。この門番は身体の大部分が鉄の装甲に覆われた金属鎧を装着していた上。
門番の手に握られていたのは、斧と槍が一体化した武器──両斧槍に目がいったのもあり。
一言で表すなら、怖かったのだ。
しかし門番は。
「黙れ、女」
アタシが肝心の要件を口にするより前に、こちらの言葉を遮ると。
金属兜を装着した顔を近付け、硬直したアタシの顔や身体を舐め回すような視線を向けてきたのだ。
「じっとしていろ」
「……ッ!」
門番の顔が迫る度に、執拗な目線と一緒に鼻息までが耳に入ってくると。
寝床を襲ってきた数々の不埒な男らの顔が、アタシの頭に蘇り。
先程までの、思わず巨躯に怯む臆病な心がすっかり潜め。代わりに嫌悪感と憤りが胸に湧き上がってくる。
「ぐ……ッ……こ、この──」
街の入り口を警備する門番が、危険を街の中に持ち込ませないように厳重な取り調べをするのはアタシも何度か見た記憶はあるし。
一度ヒューが門番をする場所以外の入り口を使った際に、嫌がらせからかその場の衛兵らに今と同じような目に実際に遭った事もあるだけに。
あともう少し、門番の行為が続いていたならば。アタシは我慢の限界を迎え、門番へ拳や蹴りを放っていたかもしれない。
しかし、アタシが行動に移す手前で顔が引っ込むと。門番はこちらの目的を見事に的中してみせたのだ。
「なるほど。養成所の希望者か」
「え? ど、どうしてそれをッ……」
門番の言葉にアタシは驚きを隠せない。
言葉を途中で遮られたため、アタシが兵士養成所に入るためにヘクサムに来た事をまだ門番に告げてはいなかった筈なのに。
そんなアタシの反応を見たからか。
「お前の持ってるその羊皮紙は、養成所の推薦状なのだろう?」
先程まで無表情だった門番が初めて笑みを浮かべると、ある方向を指差してみせる。
その指の先にあったのは、アタシがずっと握り締めたままだったヒューから貰った養成所への紹介状。
門番の視線の先の正体を知り、アタシは声を漏らす。
「……あッ!」
生まれ育った故郷から他の街に移動した事のなかったアタシは、門番への対処にまるで慣れていなかったのと。
門番の第一印象の衝撃で、羊皮紙の存在をすっかり忘れてしまっていたからだ。
「くくくっ、最初から推薦状を見せていれば、話は簡単だったんだがな」
何故、門番がアタシの目的を知り得たのか、その謎が氷解したまでは良かったが。
痛い点を門番に笑いながら指摘され、アタシは気恥ずかしさで耳や顔が熱くなる。熱くなる顔を見られまいように、無意識の内に顔を伏せたアタシだったが。
「着いて来い。養成所に案内してやる、ほらこっちだ」
アタシの反応などお構い無し、とばかりに。門番の男は勝手に話を進めていき、手招きをしながら養成所への案内を始めていく。
「あ、あれ?」
多少は扱いは雑ではあるものの、門番のアタシに対する態度は。少なくとも予想していた反応は全く違っていた。
肌が黒く、並の男数人掛かりでも勝てない腕力の持ち主であるアタシは「忌み子」と呼ばれ。これまで故郷では散々、暴言を吐かれ、石を投げられてきたのに。
目の前の門番の態度は、まるでヒューのようにアタシの見た目を気にして、嫌悪感を覚えているようには見えなかったからだ。
だからこそ、アタシは口にしてしまった。
「な、なあ? こんなコト、自分で言いたくないけどさ。アンタはアタシを見て、な、何とも思わないのかい?」
「ああ、確かに肌が黒いのは珍しいな。呪われでもしたか?」
アタシとしては自分から他人に「忌み子」扱いされ、理不尽に虐げれるのを認めてしまうような発言をするのは。勢いに任せなければ、まず間違いなく出来なかっただろう。
しかし、そんなアタシの言葉にさしたる関心を示す事もなかったのか。一瞬だけ背後にいたアタシを見て、すぐに養成所への案内を再開する門番の男は。
アタシから視線を外した途端、養成所の内情を頼まれてもないのに語り始めた。
「だが、このヘクサムの兵士養成所に集められるのは、お前のような『訳あり』な人間が大半だ」
「訳あり……」
「そのままの意味だ。犯罪者だったり、街にいられなくなった理由だったり、な」
門番の言葉を聞いて、アタシはふと口唇を強く噛んでいた。
「……く、ッ」
確かに故郷の街を出る、と決断したのはアタシだが。
それはヒューの提案があったから出来た選択肢であり、しかもその選択こそまさに。
今、門番が口にしたばかりの「街にいられなくなった」とアタシが認めてしまった何よりの事実を突き付けられてしまったのだから。




