21話 アズリア、酒の勢いで過去を語る
「……ぷはぁ、っ。やはり強い酒はいい、あらためてあの激しい戦いで生き残ったと実感出来るからな」
一口で杯の酒を飲み干し、盛大に声を吐いたカムロギは。再び自分の酒杯に焼酎を注ごうとするが。
カムロギよりも早く、焼酎が入った酒瓶をアタシが手にすると。
「ん、アズリア?」
「イイから杯を置けよ。アタシが酌をしてやるからさ、お返しってヤツだよ」
卓に置かれたカムロギの酒杯に瓶の口を傾け、焼酎を並々と注いでいったアタシだが。
少し加減を間違えたのか、注がれた酒が杯から溢れて溢れそうになるが。
「おっと、勿体ない……っ」
杯を持ち上げるのではなく、行儀は悪いが自分の顔と口を杯へと近付け。杯から溢れた酒をずずず……と音を立て啜っていくカムロギ。
ようやく杯を持ち上げ、口に運べる位にまで酒の量を減らしたところで。
カムロギは、アタシの杯に酒を注いだ時にした質問を今一度繰り返してくる。
「……で、話を戻すがアズリア。一体、宴の場で何があった?」
「べ、別に何もなかっただろ。心配してもらうほどのコトじゃ──」
カムロギが気に掛けていたのは、先程アタシがベルローゼとユーノ、二人の会話を遠巻きに眺めていた時に。
一度自分で許したにもかかわらず、ベルローゼが同じ過ちを繰り返し。ユーノを獣人族だからと冷遇、あるいは蔑視してしまうと疑いの目を向けるも。
それが杞憂に終わり。ベルローゼを信頼し切れなかったアタシ自身の心の狭量さに嫌悪感を抱いていたからだろう。
そう。
アタシが勝手に疑り、ベルローゼが想像を良い方向に覆し、勝手にアタシが落ち込んでいただけなのだ。
だから心配するカムロギに対し、アタシは首を左右に振って質問を受け流そうとしたのだが。
相手は簡単には引き下がらなかった。
「いや、なら聞き方を変える。お前の過去に何があった?」
「──な、ッ⁉︎」
次にカムロギがアタシに突き付けた言葉は。まさに今、問われている本題のど真ん中を射抜く内容であったためか。
思わず、驚きの声を上げたアタシは。飲もうと手にしていた銀杯が震え、中身の酒を卓や床に溢してしまう。
アタシがお嬢への疑念が拭えなかった理由。
それは、たった一度の謝罪と和解では到底解消出来ない、長い期間と無数の人間からの侮蔑と拒絶があったからだ。
もし一六歳の時に兵士養成所に入る決断が出来ければ、今頃アタシは帝国内でどれ程酷い扱いを受け続けていただろうか。
だがまさか、カムロギに今の心情を的中させられるとは。
一対一の最中にも、そして魔竜への共闘を頼んだ時にも。アタシは自分の過去をカムロギへ口にした憶えは全くなかったのに。
「か、カムロギッ、何でアンタがそれをッ!」
「忘れたのか? お前がベルローゼの事を許したあの場所に、俺もいた事を」
「……あッ!」
カムロギの指摘を受けてアタシは頭を抱えた。
つい先日の話、確かにお嬢との和解の際に。幼少期に受けた酷い扱いについて、事細かに語っていた記憶が蘇ってくるが。
そもそもが和解のために集まった訳ではなく、魔竜との戦闘で生命を落とした仲間の後を追い死ぬ気だったカムロギを引き止めるのが目的だったから。
カムロギが場にいるのは当然の事なのだ。
「そ、そうか、そりゃそうだったよな……ッ」
何故、お嬢を見ていたアタシを慰めるための会話に「過去」という言葉を出してきたのか。
その疑問がすっかり氷解し、落ち着きを取り戻したアタシは。一度息を着くためにまだ杯に残っていた酒を口に流し込む。
強い酒精だ、エルザの例もあり無茶な飲み方をするつもりはなかったが。
気が付けばアタシの酒杯は再び空となっていた。
「はは、格好悪いねぇ。皆んなで盛り上がって勝利を祝う場だってのに、一人で勝手に人を疑って、一人勝手に落ち込んでる……なんてさ」
杯を満たすため、酒瓶に手を伸ばしたアタシだったが。持ち上げてみて初めて、瓶の中身が尽きていた事に気付く。
「ありゃ? もう空になっちまったみたいだねぇ」
「格好悪くてもいいんじゃないか、別に」
空の瓶を掴んで愚痴を漏らすアタシに。
笑みを向けたカムロギが卓の別の場所から酒瓶を拝借し、アタシの杯に酒を注いでいくと。
注ぎ終えたこちらの酒杯に、まだ酒が残っていた自分の酒杯を近付けてくる。
「そういう酒の飲み方だってあるさ」
「はは、ありがとな」
カムロギの意図を読み取ったアタシもまた、同じように酒を注ぎ終えた杯を持ち上げ。
杯同士を重ね合わせ、言葉を交わし合ったアタシとカムロギは。同時に杯を傾け、強い酒精を口に含み喉を鳴らす。
アタシよりも早く、杯から口を離したカムロギは一つ息を吐いた後。
自分の腰に挿していた二本の武器、今は鞘に納められていた魔剣へと視線を落とし。愛おしそうな表情で剣の柄を撫で始める。
「……この二本の剣は、な」
一対一での対決で何度も窮地に追い込み、アタシの肉を斬り裂き、或いは刺し貫いた白と黒、二本の魔剣。
水属性の魔力を帯びた白い魔剣の名前が「白雨」。風属性を帯びた黒い魔剣は「黒風」という名だった記憶がある。
だが、カムロギの口から語られたのは魔剣の性能の話ではなかった。
「かつて俺が一番愛した、妻と娘の生命が宿ってるんだ」
「──ッ」
突然の独白に、アタシは何か言葉を返そうとするも。
カムロギの今の言葉と、これまで見てきた行動である程度の事情を汲み取ったが故に、返す言葉が思い付かなかった。
おそらくカムロギの妻と娘は、既に生きてはいないのだろう。
もし二人が存命なら「かつて」という過去を表す言葉を使わないだろうし。カムロギらを流行り病から救った拠点でそれらしき人物を見なかった。
さらには孤児だったイチコら三人を、まるで自分の娘のように扱っていたカムロギの態度や。仲間が死んだと知り、自分も死を選ぼうとしたのも納得の話である。
それから。
カムロギは、ぽつりぽつりと語り始める。
かつて彼が他の八葉に仕えていた事や、愛する妻と出会った経緯。そして娘が産まれ、おそらくはカムロギが一番幸せだった頃の話を。
そして──急転直下。
地位に嫉妬した味方に妻と娘を奪われ、一旦は優れた剣の実力から傭兵として生きる道を選ぶも。傭兵団を解散し、イチコらを拾った事で今の盗賊団を結成したところまで、を。
「だからこそ……剣に宿った妻と娘に誓って、俺は決して負けるわけにはいかなかったが。結果、俺はお前に敗れてしまった」
「なんか……悪い事をした気持ちになってくるねぇ」
フブキの頼みを叶えるため、城門を突破する必要があったアタシと。黒幕ジャトラに雇われ、アタシらを阻止したかったカムロギ。
互いに退けない二人が遭遇し、互いの生命と誇りを賭けて剣を交えた事には、決して後悔はないが。
そのカムロギがマツリに忠誠を誓った今となっては、彼が抱えた事情を知り。罪悪感が胸が締め付けられ、酒を飲む速度が再び早くなる。
「悪い、と思っているなら次はアズリア、お前の番だ」
「……ん?」
カムロギにかつて妻と娘がおり、死した後も魔剣に宿ってカムロギを見守っていたという美談を聞かされた。
確かにそこまでは良かったのだが。
カムロギとの話題が妙な方向に逸れ始めた事に、ふとアタシは違和感を覚える。
「聞かせてくれ。俺を負かした人間の過去というやつを」
カムロギがアタシの過去にも興味を持ち始めたからだ。
とはいえ、帝国に留まっていた当時の話はお嬢との和解の時に聞かせた、と。つい先程カムロギも口にしたわけだし。
最終的には生まれ故郷を捨てる決意をし、逃げるように帝国を出奔した後ろ向きな記憶しかない。
本来ならば他人に聞かせるような内容ではない、頼まれたところで頑なに拒否しただろうが。
「……そんなに聞きたいかい? アタシの昔話をさ」
今のアタシは強い酒精をしこたま飲み、すっかり酔いが回っていたからか。普段よりも気分が高揚し、口唇も滑らかになっていたからか。
何故だか妙に、アタシの過去を語りたくなっていたのだ。
カムロギの口から、アズリアに語られたのは初めてですが、彼の過去に何があったかについては。
第9章は236話「カムロギ、過去の悲劇を回想する」から238話「カムロギ、報復を果たした後」までの三話にて書かれてあります。
興味があれば、そちらも是非。




