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16話 アズリア、新しい酒を堪能する

 次の瞬間、アタシは驚いて口元を押さえ。

 口に触れて(かたむ)けていた銀杯を途中で止めた。


「う、お⁉︎」


 これまでに二杯、飲み干したコメ酒とは明確に違う味と強烈な酒精に。不意に舌と(のど)を焼かれたからだ。

 最初の一瞬だけ、杯に毒を盛られたかと勘違いをする程に。


 しかし酒を注いだのはフブキだし、今は全ての敵を討ち倒した勝利の祝宴の最中であり。

 何よりも。

 刺激に驚いた舌と(のど)が元に戻った途端に。果物のような甘い香りと一緒に、口に広がる主張の強い旨味は、決して毒などではない。


「こ、こりゃあッ──」


 アタシは驚いた事で一度は離してしまった酒杯を、再び口へと運び。

 コメ酒ではない酒の正体を確かめるために。


「くうぅ……ッッ!」


 (のど)へと流し込まれる酒の強い酒精が、つい先程と同じように口から腹までを焼いていく感覚に。

 思わずアタシの口からは声が漏れてしまう。


 確かにコメ酒も麦酒(エール)よりは強い酒だったが、今口に含んだ酒は葡萄酒(ワイン)とは比較にならない酒精の強さだ。


 腹に落ちていった強い酒は、まだ腹の内側に火が灯ったかのような感覚に(おちい)る。

 途中で異変を感じ、杯を飲み干すのを止めたのは英断だったのかもしれない。もし仮に、二杯のコメ酒と同じ感覚で一気に杯を空にしていたら、強い酒精に負けてしまっていたかもしれない。


「はぁ……こんな強い酒、船に積んでた琥珀酒(アンバー)以来だよ」

 

 一旦息を吐いたアタシは、この国(ヤマタイ)まで海を渡った船の積荷の中にあった酒樽(さかだる)の一つ、貴重な火酒を思い出していた。


 岩人族(ドワーフ)のみが製造法を知る強烈な酒精の酒は、俗に「火酒」と呼ばれているが。

 名前の由来は、飲むと口から火を吐くほど酒精が強いからとか。製造法の手順に火を使うからだとも言われていたりする。


 その中の一種、琥珀酒(アンバー)──という名前は。長く(たる)で寝かせている内に、琥珀(アンバー)に似た色味からそう名付けられている酒をアタシは一樽(ひとたる)所持しており。

 船に乗っている間や海の王国(コルチェスター)に滞在中、行動を共にしていたユーノに隠れて大事に飲んでいたのだ。

 ──だが、しかし。


「コレが琥珀色(アンバー)だったら絶対に生魚にゃ合わないんだろうけどさ……同じ酒精が強い酒だけど、不思議と合うんだよねぇ」


 じわりじわりと舌に染み込んでいく時の辛味に似た強めの酒精が、余計な雑味を洗い流す役割を果たし。

 ねっとりと甘い生の剣尖魚(ソードフィッシュ)の良い部分だけを一層引き立てていく。

 

 魚の身肉と脂の甘味の余韻(よいん)が残っているところに、アタシは酒を一口注ぎ込む。

 すると、強烈な酒精が余韻(よいん)を消してしまうのではなく。一瞬、口に残る甘味と旨味がより強く感じられ。

 最後に剣尖魚(ソードフィッシュ)の味の輪郭(りんかく)を、アタシの舌に刻み込んでいく。


「うん……酒も、魚もどっちも美味いッ!」


 それがアタシの食欲を強烈に揺さぶり、掻き立てていき。

 食べよう、と頭で考えるよりも先に手が皿へと伸びて、剣尖魚(ソードフィッシュ)の身肉を摘み。気が付けば口の中へと放り込んでいたのだ。


 酒を口に運ぶ手も、魚を摘む手も止まらない。


「どうやら焼酎(しょうちゅう)はアズリアの口に合ったみたいね、よかったわ」


 酒の入った瓶を抱えたフブキが、先程アタシの酒杯に注ぎ入れた強い酒の正体を明かすと。

 まだ口に残っていた身肉を咀嚼(そしゃく)し、口を動かしたままで話に耳を(かたむ)ける。


「ンぐ、むぐ、ッ、しょう……ちゅう?」


 アタシがこの国(ヤマタイ)に滞在して以来、(いま)岩人族(ドワーフ)遭遇(そうぐう)した事はない。

 しかしこの国(ヤマタイ)には何故か、岩人族(ドワーフ)しか製造法を知らない「火酒」と同じ強さの酒精を誇る酒が存在する。

 その事を今、疑問に思ったからだが。


「そう、焼酎(しょうちゅう)よ。これはねえ──」


 アタシの問いにフブキが答えようとした時。

 事件は起きた。


「お、おいエルザっ? どうした起きろっ!」


 突然、祝宴の場に相応(ふさわ)しくない悲痛な叫び声がアタシとフブキの横から聞こえてくる。

 

 見ると、名前を呼ばれたエルザ──金髪の猪人族(アグリオス)の戦士の少女が。両手を広げて床に仰向けに倒れており。

 彼女(エルザ)を介抱しようと、声を張り上げていたのはアタシと同じ位の背丈の熊人族(ドゥーベ)のカサンドラ。

 二人とも、ベルローゼが護衛に雇った三人組の冒険者である。


 宴が始まり、すっかり弛緩(しかん)していた場の雰囲気にカサンドラの声で緊張が走る。


「ん……ッ!」


 アタシは即座に対処出来るよう、味わいを楽しむために口の中に残っていた身肉と酒を無理やり(のど)へ流し込む。

 一瞬の出来事であり、まだエルザの身体に何が起こったのか見当が付いていないが。もし、昨日の激戦で残った傷が原因なら、魔術文(ルーン)字での治療が必要になるかもしれないからだ。

 

「た、大変っ、何がどうしたの?」

「まだ怪我が残っていたのですか、ならばどうぞこちらへ──」


 当然ながら、フブキもマツリも突然の出来事に狼狽(ろうばい)しながらも。倒れたエルザへの対処に動き出そうとしていたが。


「あ……あのっ! エルザは心配いらない、からっ」

「し、心配ないって、だって倒れて……」


 次の瞬間。三人組の残る一人、鹿人族(ケルウス)の魔術師の少女・ファニーが頭を下げながら、マツリら二人を制する。

 しかしエルザが倒れた理由が分からない事には、対処か放置かの判断が出来ないのもまた確かなのだ。

 するとファニーは、卓の上にあった酒杯を指差してエルザに何が起きたのかの説明を続ける。


「エルザは酒に強くない。なのに、宴の雰囲気に飲まれて凄い勢いで酒を飲んだ。だから──」


 見ればエルザは意識を無くして倒れていたのではなく、顔を真っ赤にしながら大きな寝息を立てていたのだ。

 

「ん?」


 酒に弱い、というファニーの話に違和感を覚えたアタシ。

 というのも、エルザら三人とは海の王国(コルチェスター)で一つ依頼を同行した関係だった。


 確かに最後は必ず酒に酔い潰れ、カサンドラに背負われて宿に運ばれていく印象こそあったが。

 少なくとも葡萄酒(ワイン)麦酒(エール)の二、三杯程度で酔いが回り、昏倒する程に酒が弱い印象がなかったからだが。


 今、エルザが飲んでいたのは多分、最初にアタシが飲んだのと同じコメ酒ではないだろうか。そのコメ酒の酒精の強さは、葡萄酒(ワイン)と同等くらい。

 その二、三杯で床に倒れるまで酔い潰れる酒の弱さならば、とっくに仲間の二人から酒を飲むのを止められている筈だ。


「……なあユーノ.エルザって、葡萄酒(ワイン)の二、三杯程度でぶっ倒れるくらい酒が弱かったかい?」

「ううん、ボクはエルザのせんせいだからしってるけど、そこまでではないかなー」

「……だよなあ」


 同じく行動を共にしていたユーノにも確認を取る。

 特にユーノは、エルザに獣人族(ビースト)特有の戦い方である「魔戦態勢(バトルモーディング)」を伝授していた関係だけに。アタシよりもエルザの事を理解してるのではないかと思ったからだが。

 答えはやはりアタシと一緒だった。


 ふと、アタシは自分がつい先程まで口を付けていた銀杯と、その中にフブキが注いだ「焼酎(しょうちゅう」なる強い酒精の酒へと視線を向ける。

 

「お、おい……まさか」


 どうにも嫌な予感がしたアタシは、エルザがまだ飲みかけだった酒杯。杯に残っていた酒を一息に(のど)へと流し込んでいった。

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