15話 アズリア、冒険者組合を訪れる
「お姉様は冒険者等級を持っていないのですか?」
「冒険者の等級?」
それは、すっかりお目当ての名物料理を堪能して膨らんだ腹をさすっていた時に。
隣の席だったシェーラに聞かれた質問だった。
そもそも、冒険者とは。
一言で表すと「街の何でも屋」であり、商人の護衛や魔物討伐という荒事から、危険な地域の物資調達や果ては街の掃除や人探しなどの様々な依頼を受け。成功報酬を日々の生活の資金とする職業である。
一つ間違えれば、金で動き、一般の住民にはない戦闘能力を有する彼ら冒険者は、犯罪者とも同様の扱いを受けかねない。
それでも、冒険者という職が成立するのは。
この規模の都市の食料や日常品、富裕層の嗜好品などの物資を支えるとなるとどうしても現地生産や商人らの人員のみで流通を、というのは無理があったし。
隙あらば街や農村を襲う魔物に対抗する術を、一般の住民は持ち合わせていなかった。
昨夜、アタシがランドルにご馳走して貰った暴角牛を討伐し、肉を料亭へと提供したのも。店側が評判の料理を客へと提供するために、冒険者へと討伐の依頼を出したのだろう。
だからこそ、必然的に報酬さえ払えば護衛から魔物の討伐まで何でもしてくれる冒険者は、大概の国家では必要とされる存在となっていった。
その中でも大陸で一、二を競う隆盛を誇るこの国では、冒険者は人気の職業でもあった。
ぶっちゃければ。
冒険者、とは。何でも屋や荒事屋と同義の意味の職業ではある。
やはり、一般的な家庭で自分の子供が「冒険者になる」と発言したら。両親は必死になって将来の目標を改めさせようとするだろう。
それが、冒険者という職業なのだ。
「そうです、お姉様。この国では冒険者の実力によって等級というもので分けられてたりするのです」
「……へぇ、そうなんだねぇ」
どうやらシェーラの話によると、このシルバニア王国では冒険者組合によって、その冒険者の腕前や依頼成功率など総合的な力を一等から五等までの五つの等級で区別しているらしい。
ちなみに一等冒険者が最も高い等級となり、この地位を手にした冒険者は準貴族と同等の扱いすら受けることが出来るようだ。
破格とも言える扱いではあるが。それは、それだけ冒険者がこの国にとって必須の職業だ、とも言える。
この国に来る以前の場所では、そんな等級分けはされていた記憶はアタシにはないのだが。
そもそもが、冒険者組合で身分を登録するという面倒な事をした憶えもないので、アタシの記憶にないのは当然だった。
「うーん……アタシは。面倒だったから冒険者組合で登録してないねぇ」
「えっ?そ、そうなのですか?……てっきり鉄蜥蜴をいとも簡単に倒してしまうお姉様ですから、最低でも二等冒険者の資格を持っているのだと勝手に思い込んでいました」
いつもは滞在する期間、面倒なので冒険者組合を介さないで。依頼主から直接に護衛任務や、農村からの魔物退治の依頼なんかを細々と受けて路銀を稼いでいたが。
この王国は治安も周辺国家との関係も良好そうだし、昨晩の野牛の塩釜焼きや屋台の串焼きのように、まだまだ王都には美味い食事があるのかもしれない。
長く滞在するのなら、今後の揉め事を避けるためにも一度、顔を出しておいてもいいのかもしれない。
「まぁ、それじゃ明日にでも登録しに行ってみるかね」
「それならば、是非シェーラもご一緒させて下さい、お姉様」
……シェーラ、まずお姉様呼びやめよっか。
そしてすっかり腹を満たしたアタシは、ランドルが用意してくれた屋敷の離れにある別邸に王都に滞在する間、住まわせてもらえることとなり。
その夜は久々に、柔らかな寝床で睡眠を取ることが出来た。
──翌朝。
「おはようございます、アズリアお姉さま」
「……あ、朝からお姉さま呼びされて、変に目が冴えちまったよ、シェーラ」
どうやら都市を一緒に冒険者組合に行く約束をしていたシェーラが、待ちきれなかった様子でアタシを起こしに別邸までやって来たのだ。
「ちょ、ちょっと待ってなシェーラ?……出歩く準備するからさっ」
普通に街を歩くなら装備は置いていくが、これからアタシが出向くのは基本、魔物討伐や賞金首の捕縛など荒事を得意とする連中の集まる場所なのだ。
だから大剣や部分鎧全ての箇所を装備することはないが、いざという時のために胸甲鎧と籠手だけは装備していく。
「ふふ、お姉さま。準備はよろしいですか?」
「ああ、待たせたねぇ。それじゃ道案内頼むよシェーラ」
「はいっ!……私に任せて下さいっ」
そう張り切るシェーラの案内で、早速アタシは冒険者組合に到着する。周囲のよりも古い造りの建物は結構な賑わいで人の密度が大変なことになっていた。
「アズリアお姉さま、ここが王都の冒険者組合になっています」
「へええ……さすがは王国の冒険者が集まってくる場所だね、こんな朝から大賑わいじゃないかい?」
この国には古くから勇者と魔王の物語が子供に大人気であり。
騎士団や騎士養成所、王宮魔導士を目指す魔法学院に入学する経済的余裕のない平民の子供が、大きくなると「勇者様のようになる!」と、冒険者になって実力をつける道を選ぶことも多いのだという。
まあ、この国で冒険者に認定されるには。十二歳を迎えるのと、組合が用意した試験に合格する必要はあるが。
そして冒険者の登録証は、この王国に滞在している限り簡易的な身分の証明に使えるため。王国の中を移動する旅人や行商人も、身分証欲しさにとりあえず登録しているらしい。
昨日、街の屋台で一角兎の肉が出回っていたことを疑問に思っていたが。これだけ冒険者の組合が盛況ならば、きっと一角兎の討伐依頼もたくさん出ていることだろう。
アタシはウンウンと頷き納得しながら、シェーラと二人で長蛇の列の最後尾へと並び──しばらくして。
「あ、お姉様っ。私たちの番のようですね」
幸いに登録のための受付は空いていたおかげで二、三人分待たされる程度でアタシの順番は回ってきた。
「はい、それではこちらの書類に名前などを記入していって下さいね」
「シェーラが登録可能な年齢ならば、是非お姉様と一緒に冒険者登録したかったのですが……」
残念ながらシェーラはあと一年登録には足りなかったようで、本気で口惜しがっていた。でも話によると登録には試験があるらしいじゃないか。
「ちなみにシェーラは腕っぷしと頭、どっちを使うほうを選んだんだい?」
ここでアタシの言う腕っぷしというのは剣を含む武器の取り合いや戦闘技術。
頭、というのは魔法を得意としているかという意味だ。
「よくぞ聞いて下さいましたお姉様、シェーラはこれでも剣も使えて氷魔法も中級魔法までなら使えますわ」
「へえ、魔法も使える剣使いとはねぇ。でもそれなら冒険者登録より魔法学院に通ったほうが……」
世間で広く浸透している魔法は現在、十二の属性に分類されており、その習得の難易度や効果などを考慮した上で、何種類かに格付けをされていたりするのだ。
一般魔法は誰もが少し詠唱や発動手順を習えば使うことが出来る簡単な魔法だ。
それより難易度が上がり、初級魔法と呼ばれる魔法を使えるようになって、初めて「魔法を使える」と主張できる。
シェーラが使える中級魔法という分類は、本来なら魔法学院なり優秀な魔術師なりの下で相当な時間をかけて習得する、強力な威力とそれに見合う魔力や才能を必要とする魔法なのだ。
もちろん、さらに上の分類である上級魔法や、最上位の超級魔法などという魔法も世の中には存在するが。
そのような強力な魔法を行使出来る術者には、そうそうお目にかかれる事は少ない。
「記入漏れは……はい、無いようなので、書類はこれで結構です。それでは試験に移らせていただきますので、こちらにご案内します」
書類には出身地という項目があったが、そこは帝国とは書かずに帝国の南にあった国で立ち寄った村の名前を適当に書いておいた。
別にこの国は北の帝国とは距離がある以上、直接的な影響や評判はないと思うが。
帝国は周辺国に絶えず侵攻を繰り返す戦争国家なだけに、帝国出身と口にするだけで下手な火種や誤解を招きたくない。
しかし、シェーラがそこまで優秀だったのは意外だった。
アタシは「魔術文字を継承した」という理由があって通常の魔法が使えないが。
今度シェーラには、中級魔法まで使えるという氷魔法を、後学のために見せてもらえるようお願いしてみるのもいいかもしれない。
──何故かと言うと。
実はアタシ、まだ氷属性の魔法というモノをこの目で実際に見たことがなかったからだ。
あの年齢で中級魔法まで行使出来る事にも驚きだが、問題なのは使える魔法の属性が「氷」だということ。
今世間で伝わっている魔法は、一年を分ける十二の季節と同じ十二の属性に分類されているが。
中でも珍しい属性というものが存在し、シェーラが使う氷属性は使い手の少ない珍しい属性なのだ。
また余談。
冒険者のランク付けを他に見られるようにSとかAとかEなどのアルファベットを使わなかったのか。
一言で言えば、作者がひねくれ者だからです。
まあ、英語のない世界でアルファベットだけが普通に使われているのを見ながらずっと変に感じてたのは事実なので。
ちなみに12の属性ですが。
ラグシア大陸での一年の数え方です。
⬛︎十二ツ季と12の魔法属性
(年初)光→氷→地→竜→大樹→水→
太陽→炎→月→雷→風→闇(年末)→
一ツ季は30日計算。
つまり一年は360日となります。