11話 アズリア、勝利の祝杯で喉を潤す
「アタシらは誰かとか、細かいコトはいつでも直接聞きに来な! とにかくまずは食って飲んで、勝利を祝うぞッッ!」
自分の素性やマツリとの関係など、本来なら説明しなければいけない事はあったが。アタシはそれを全部無視して、乾杯の合図を優先する。
「──ッ?」
だが、合図を終えたアタシを待ち受けていたのは静寂した部屋の雰囲気だった。
やはり祝宴を開催を告げるのに、一番相応しい人物はマツリではなかったか。もしくは、説明を省略せずに自己紹介を挟むべきだったかと。一瞬の間に自問自答していたアタシだが。
場が沈黙していたのは、その一瞬だけであった。
『うおおおおおおおおおおおおお‼︎』
部屋にいた武侠ら全員が例外なく、手に持っていた酒杯を頭上に掲げ。アタシの合図に、先程フブキが声を発した時よりも大きな歓声で応えたのだった。
しかも、歓声の中に混じって。
「あれがマツリ様が招き入れ、魔竜を倒したというアズリア殿か」
「さすがは最強の傭兵団を屈服させた程の腕前だ。誠、今回の乾杯を仕切るに相応しい人物よ」
昨日の活躍を称賛する言葉や、何故かまだ名乗っていない筈のアタシの名前を口にする声が聞こえてくる。
どうしてアタシの名を知っているのか、不思議に思って戸惑っていたのだが。
「……ん? あれは、カムロギか?」
その時偶然に視線が交わったのは、今まさに噂に出た最強の傭兵団の一人・カムロギと。その周囲にいたカムロギの仲間である六人。
その内の一人である少女・イチコが、口の動きだけでアタシに何かを伝えようとしていた。
アタシは目を凝らして、イチコの口唇の動きから言葉を読み取っていくと。
「え、ッと、何々……『あ・た・し・が・ひ・ろ・め・た』って──」
最初こそ苦戦したが、ようやく何度目かの挑戦でイチコの意図を理解する事が出来た。
「い、イチコの仕業だったのかよッ!」
と同時に、向こう側でもアタシに意図が通じたのを理解したのか。
イチコはアタシを揶揄うように手を振り、彼女の両隣にいたニコ・ミコの二人が申し訳なさげに頭を下げたりしていた。
「ま、まあ……それで合図が上手くいったんなら、アタシが苛立つ場面じゃねぇな」
イチコらの手柄かは不明だが。当主を差し置き合図をした事実に、不満を漏らす者がこの場に現れなかったことで。
一応ながら祝宴の開催を担うアタシの役割は、一定の成功を果たしたと言える。
すっかり安堵したアタシは、手にした銀杯を口へと運び。並々と注がれていた酒を一気に喉へと流し込むと。
「……ぷはあ! くううぅぅぅッッ……凄いねぇ、やっぱこの酒はさッ」
今、アタシが一息で飲み干した酒は麦酒ではなく。フルベの街でも何度か味わった事のある、コメで作られた酒だ。
麦酒とは比較にならない酒精の強さに、一気に流し込んだ喉と腹に焼けるような感触と。
確か、記憶ではフルベの街で提供されたコメ酒は白く濁る液体だったが。今、杯に注がれた酒は器の底が見える程に透き通っていた。
だからなのか──口の中に残る酒のふくよかな旨味と材料であるコメの微かな甘さが、いつまでも残留せずに切れ味良く消えていく感覚。
美味いだけでなく、後味まで良いという。まさに極上の酒。
「甘いだけじゃない……強い酒精だけが特徴じゃない、なんて言うか……全部が口の中でピシッと整ってるような、そんな味なんだよねぇ……」
アタシは今、自分が口にした酒のあまりの美味さに、次から次へと頭に湧き出る称賛の言葉が抑えられなかった。
残念ながら、フルベの街では傷の治療中だったために「酒を飲むと傷が開く」と、酒を飲むのを治癒術師から止められていた。
なので「味わった事がある」とはいえ。二口、三口程度が精々だったのだが。ようやく存分に堪能出来る機会が到来した訳で。
「ふふ、お強いのですね。アズリア様は」
隣にいたマツリは、一気に強い酒を飲み切ったアタシに驚いた様子で。酒の入った瓶を抱え、飲み干して空になったアタシの酒杯に二杯目を笑顔で注いでいく。
本来なら周囲に控えた城の使用人らの役割であり、決して当主である人物の行動ではないのだが。
一方、乾杯の合図という大役をアタシへと押し付けてきたフブキは呆れ顔を浮かべていた。
てっきりアタシは、当主である姉に酒を注がせる行為に対し、何か物申したいのかと思っていたが。
「あのねアズリア……その酒は普通、一気に飲み切る酒じゃないのよ」
「え? そ、そうなのかい。だって」
フブキの指摘を受けて、アタシはあらためて部屋中を見渡していくと。
確かに指摘の通り、乾杯の合図で全員が酒を口にしたものの、見ればまだほとんどの杯には酒が残っていたし。
そもそもアタシが持つ銀杯に比べ、全員が手にした酒杯は一回り程小さな器だった。
「は、ッ! も、もしやこの酒って……」
その時。
フルベで提供されたコメ酒との違いを把握していたアタシは、一つの仮定に思い当たる。
白い濁りを取り払い透明になったコメ酒は、実はとても上等で高級な酒なのではないか、という推察に。
「一気に飲み切るのが勿体ないくらい、貴重な酒なんだッて、コトかい?」
アタシはフブキに、思い付いた仮定が正しいのかどうかを確認していくが。
こちらの説明を聞いたフブキは、呆れ顔のまま溜息を一つ吐き。仮定が間違っているとばかりに、手をぱたぱたと左右に振り。
「違う違う、そうじゃないのよアズリア……この酒はね、普通の人が一気に飲んだら酔いが回ってしまうくらい強い、って言いたかったのよっ」
「ああ、確かに強かったねぇ、酒精は」
今、アタシが飲んだコメ酒は、フブキの主張通り。確かに酒場で一般的に提供される麦酒よりは、酒精が強い種類なのは間違ってはいないが。
しかし「一気に飲んだら酔い潰れる」かと問われれば、それは否とアタシは断言出来た。
「でも心配いらないよ。アタシは酒にゃ強いんだ」
コメ酒の酒精の強さは精々が葡萄酒と同等か、それよりも弱いし。
大陸には琥珀酒と呼ばれる火酒や、砂漠の国で口にしたヤシ酒など、さらに強い酒精の種類が存在する。
そんな酒を好んで飲んできたアタシが、葡萄酒と同程度の酒の一杯程度で酔い潰れる筈もなく。
「それに、こんな美味い酒をフルベじゃ我慢させられてたからねぇ……貴重だから飲み散らかすな、って事情じゃなきゃ遠慮なく飲ませて貰うよ」
この国にとって貴重な酒を飲み過ぎてしまうかもしれない、という懸念が払拭され。
アタシは、マツリから注がれた二杯目を口に運ぶと、杯を傾けて、再び透き通ったコメ酒を喉へと流し込んでいく。
「さてと、大役も終えたし。喉もすっかり美味い酒で潤ったからねぇ。お次はいよいよ──」
そして。
今、口にした言葉の通りにアタシは卓に置かれた、とある料理の前に立つ。
「乾杯の時から、気になってたんだよねぇ……」
それは、一口大よりは僅かに大きめに切り分けられた赤い肉片。肉が半透明なのは、おそらく火を通しておらず生肉に近いのだろう。それが大量に皿に敷き詰められていたが。
何よりもアタシの目を惹き、特徴的だったのは。皿に置かれた子供の頭程の大きさの、巨大な魚の頭部だった。
勿論、こんな料理をアタシはこれまでの八年の一人旅で目にした記憶はなかった。




