9話 シラヌヒ、勝利を祝う宴の開催
ヘイゼルに、ベルローゼとセプティナ。
カサンドラ・ファニー・エルザの三人組にモリサカ。
大部屋にいた全員が長い木板の廊下を歩き、階段を降りる。
あまりの疲弊で記憶に残っていなかったが、どうやら休息に用意された場所は、城内の二階にあった部屋だった。
こうして使用人に案内された一階の部屋に到着すると。
「こ、これはっ?」
「うわぁ!」
目の前に広がる光景に、例外なく驚きの表情を見せ、感嘆の声を口から思わず漏らしてしまう。
それもその筈。
部屋にある角卓の上にはいずれも、所狭しと数多くの料理が用意されていた。
それも、二〇や三〇人前程度で済む量ではなく。一〇〇人を優に超える人数を招けるだけの料理が乗せられていたからだ。
「な、なあ見てみろよカサンドラ、ファニー、あんなデッカい魚が見事なもんだぜっ!」
「あ、ああ……すごいな、あんな大きな焼き魚はモーペルムでも見た事がないぞ……」
「うん、凄い。あんな大きな魚、姿が綺麗な状態でどうやって焼き上げたんだろ?」
数多くの料理に小躍りし盛り上がっていたエルザが指差した先には。一際目についた巨大な皿の上に、丸ごと焼かれていた子供程の大きさの魚が乗せられていた。
これには港街を活動拠点にしていた他の二人も驚く。魚の大きさにではなく、それだけ巨大な魚を丸々の姿を保ったまま調理してみせた事に、だ。
その一方で、ベルローゼとセプティナがまた違った料理の皿を見て驚きを隠せずにいた。
「……ねえ。セプティナ、あの料理は」
「残念ながらお嬢様、私には分かり兼ねます。おそらくは、この国独自の料理かと」
帝国貴族として、帝国だけでなくその他の国の贅を凝らした料理にも数多く触れてきた、と自負のあるベルローゼではあったが。
卓に並ぶ皿の中には、そのベルローゼの理解が及ばない未知の料理が点在していたからだ。
このように──ほぼ全員が複数の卓に数多く並べられた料理に目を奪われていた中。
最後尾にいたモリサカが、料理に気を取られていたその他の人間を掻き分け。先頭を歩いていたユーノとヘイゼルに声を掛ける。
モリサカは途中で合流したベルローゼ一行とは面識がなく、唯一フルベの街で交流があったのがユーノら二人だけだったからだ。
「おい……あれは? アズリアじゃないのか」
「えっ? お、おねえちゃんっ?」
そのモリサカが視線を向けた先には、とある人物が立っていた。
確かに赤い髪に褐色の肌、背丈の大きさという外見的な特徴こそアズリアのままなのだが。
問題は着ていた服装だった。
一目で生地の質が「違う」と理解出来る程、艶のある黒地の表面には。金糸などで彩られた赤い炎の紋様が鮮やかに浮かび上がる、上質な衣服を纏っていたからだ。
モリサカが視界に捉えながらも、まず名前を呼ばずにユーノらとの接触を優先したのも。目の前で上質な衣服で着飾った人物がアズリアである確信が持てなかったからだ。
だが、それはいらぬ杞憂だった。
◇
その人物──アタシは。部屋に案内され、こちらに気付いた様子のモリサカとユーノに歩み寄って一言。
「いやぁ……突然、フブキにこんな上等な服着せられて大変だったんだよッ」
補整胴を装着する必要のない礼装服よりは、まだ窮屈ではないものの。
代わりに腰に巻いた分厚い帯で、補整胴と同じく腹を締め付けられる感触に。アタシは既に顔を顰めながら、愚痴を吐き出していく。
しかし、アタシから声を掛けてみたものの。モリサカもユーノも、言葉も何も反応を返してはくれなかった。
「ん? やっぱり……アタシにゃこんな上等な服、全然似合ってないよな」
モリサカやユーノが反応に困るのも当然だ。
アタシはこれまで、貴族が着る礼装服に見合うだけの礼儀作法を学ぶ機会などとは無縁な、傭兵や雇われの戦士という経歴に加え。
筋肉質な高い背丈と黒い肌、短い髪と。男性が求める女性の可愛さや美しさからはかけ離れた容姿であるアタシに。
フブキから貸し与えられた上質な衣服が似合うわけがない。
おそらく二人も、アタシに表立って「似合わない」とは口に出来ず。言葉を選んでいるのだろう。
二人の沈黙が怖い。
「な、なあ……イイんだぜ? 正直に似合ってないって言って。むしろそうハッキリ言ってくれりゃ、さ──」
そう考えるアタシは、広く伸びた袖や脚を隠す裾を自ら捲り上げながらも。自分の容姿を卑下する言葉が口から止まらない。
「い、いや、アズリアっ」
「う、うんっ……お、おねえちゃん、あのねっ」
しばらくアタシが一人で喋っていたが、ようやく二人が沈黙を破り、口を開いた。
二人の口が重い、ということは言いにくい意図を含んでいるに違いない……と。アタシは覚悟を決めて二人の言葉を待つ。
──しかし。
「すごい……かっこよくって、ボクびっくりしちゃった。おねえちゃん、おひめさまみたい!」
「は? あ、アタシが、お姫様……だって?」
ユーノが口にした感想は、アタシが予想していた反応とは真逆で。
口を開いた途端、ユーノは目をキラキラと輝かせながら着慣れない衣服のアタシの周囲をぐるぐると回り、称賛の声をこれでもかと浴びせてくる。
予想外の反応に戸惑っていたアタシに、今度はモリサカが追撃の言葉を発した。
「そうだな、ユーノの言う通りだよ。最初見た時はアズリアだ、って気付かないくらい別人みたいで驚いた。凄く、似合ってるじゃないか」
「──な、ッ? な……な、なッ」
魔王領から一緒に行動し、アタシと親しい間柄のユーノと違い。モリサカはこの国の人間であり、しかも男性だ。
そのモリサカに否定をされるのではなく、服装が「似合っている」と言われた事で、頬が熱くなる感覚。
不意を突かれたアタシは、気恥ずかしさから上手く言葉を返す事が出来なかった。
「ね。アズリア」
「う、うおぉ……ッ⁉︎」
そんなアタシの心の動揺をまるで見透かしたかのように、機を狙い澄まして背中を叩いたのは──フブキ。
自分の母親の形見をアタシへと着せた張本人だ。
「だから言ったでしょ。似合ってると本当に思ったからアズリアに着て欲しかったんだ、って」
「ふ、フブキ……アンタ、覚えてなよッ」
如何にも最初からアタシを着飾る気があったように、恩を着せるような発言をするフブキだが。
アタシは憶えている。
フブキがアタシにこの国の礼装服と言える上質な衣服を着せようとしたのは。見慣れないフブキの格好をアタシが揶揄ったのが発端な事を。
さらにはアタシを驚かせるように背後から声を掛けてきた事に。背中を叩いたフブキを軽く睨み付けていくと。
フブキの横に並んだ、顔こそ酷く似ていたものの、髪の色と漂わせる雰囲気が真逆な人物──当主であり、フブキの姉マツリが。
頭を下げ、妹に代わり謝罪の言葉を口にする。
「ご、ごめんなさいっアズリア様、その……フブキが無理を言って」
「そうそう、姉様もこう言ってるし。これから始まるんだから、多少の事には目を瞑って欲しいわ」
「確かに、ねぇ……それじゃ、仕方ないか」
着替えの際にフブキから聞いていたが。魔竜と黒幕ジャトラに勝利したものの、全員が精魂尽き果てていたため。
勝利を祝う宴は翌日に、大々的に開こうと。アタシらが寝ている時点で準備を行なっていたのだ。
マツリとフブキは、城とシラヌヒの城下街に残っていた人間に片っ端から声を掛け。食材や酒など祝宴に必要な物資を集め。
──そして。
「さあ! 魔竜に勝利して、マツリ姉様が当主の座を取り戻した宴を始めるわよっ!」




