7話 ユーノ、鼻で感じる歓迎の気配
しかもセプティナの説明で、視線を向けた事にユーノは納得がいったようで。
「そっかそっか。だからボクのこと、みてたんだね」
胸の前で腕を組み、何度もうんうんと頷いたユーノは。
直後、踵を返して元いた位置へと戻っていき。何事もなかったように身支度を始める。
「……ふぅ」
突然のユーノの追及を何とか凌ぎ切り、矢面に立ったセプティナは思わず安堵で息を吐いた。
どうやら、セプティナらの視線を察知はしたものの、あくまでこちらに興味を示しただけで。自分が寝過ごした事へ疑念を抱かれたからではなかったようで。
セプティナに庇われるように後方にいたベルローゼが、恐る恐る顔を近付けると。
「……どうやら、あの事には気付かれなかったみたいね」
「その様です。まさか張本人が声を掛けてくるとは、予想外でしたが」
ボソリ、と小声での言葉を交わし合った二人。
あの事、とは──セプティナがユーノを魔法で眠りに就かせたのを指す。事情が事情であり、セプティナには攻撃の意思こそ無かったのもまた真実なのだが。
問題は、精神に異常を及ぼす魔法を発動させたのを、相手が敵対的行動と捉えるかどうかだ。
だからこそセプティナは、ユーノが接触してきた時に魔法を使った事を指摘されるのかと背筋が冷えた思いだったが。
ユーノ本人は昨晩、セプティナに顔を鷲掴みにされた出来事すら覚えていない様子だった。
とりあえず、疑惑を追及される事態を避ける事が出来た二人は。
身支度でも騒がしいユーノを、じっと観察していた。今度は怪しまれないように、自然な目線で。
「えーっ! ヘイゼルちゃん、よろいぬぐのめんどくさいよおぉっ?」
「いいから!……じっとしてるんだよユーノ。全く、革鎧の脱ぎ方知らないって、一体どういう事なんだいっ?」
騒がしい原因は、装着したまま寝ていたユーノの革鎧を、ヘイゼルが外そうと苦戦していたからだ。
実は、魔竜やこの国の戦士らとの戦闘で。返り血や体液、そして汗や土埃で汚れ。或いは破損してしまい、使い物にならなくなった防具や衣服はというと。
起床してすぐに、替えの衣服を城の使用人らに準備してもらい。ユーノを除く全員が既に着替えを済ませている状態だった。
あとは、最後に起きたユーノの血と体液に汚れた革鎧を外し、用意された着替えを済ませるだけ。
鎧の脱着と着替えにはヘイゼルが手伝っていたのだった──が。
「だ、だって……よろいはいつも、アズリアおねえちゃんがはずしてくれてたからっ──」
「かーっ……あ、んの馬鹿っ! そんな大事なことを教えてなかったのかよっ!」
革鎧の外し方をユーノが理解していなかった事実に驚いたヘイゼルは。
先程、フブキに連れて行かれたアズリアへと。旅に同行させておきなから、自分の鎧の脱着の仕方すら教えていなかった事への悪態を吐いた。
しかし、その直後。
「で、でもさっ、ヘイゼルちゃんだって、ボクとふたりでふねのってたとき、よろいぬがすのやってくれたじゃないか」
「──あ。そ……そういや、そうだったっけ?」
ユーノから、ヘイゼルもまた一緒に過ごした間に革鎧の外し方を教えてくれなかった事を指摘され。
あからさまにユーノから視線を逸らすヘイゼル。
確かにアズリアとユーノは、ヘイゼルが二人と同行するより以前から。魔王領で一緒に行動していた時期も含めれば、相当に長い時間を過ごしてはいたが。
海の王国は王都ノイエシュタットを出発した後。追跡してきたコルチェスター海軍との戦闘によって、アズリアが海に落とされてからは。
ヘイゼルとユーノはおよそ一月もの間、この国までの海路を二人で過ごしていたのだが。
「それに、なんできがえないといけないんだよっ」
しかも、ユーノからすれば起床したばかりで、着ていた服や鎧を脱がされるのが不快な様子で。
それこそ納得する理由がなければ、すんなりと着替えに応じたくはなかったのだろう。
ヘイゼルは、頑なに着替えを嫌がり、そっぽを向いたユーノの訴えを聞いてニヤリと笑みを浮かべると。
「そりゃ、血と泥で汚れた格好じゃご馳走を出すわけにゃいかないからだろ」
「え? ご、ごち……そう?」
ヘイゼルは先程、大部屋に姿を見せたフブキの対応から。これから何が起こるのか、その大体の予想が付いていたからか。
その言葉を聞いたユーノは、思わず振り返ってヘイゼルを二度見した。ご馳走が用意されているなど、そんな話は何も聞いていなかったからだ。
「……くん、くん」
ヘイゼルの話が本当かどうかを確かめるため、ユーノは鼻をひくひくと動かし。
調理の際に発生する食材の匂いや、料理そのものから漂う匂いを嗅ぎ取ろうとする──と。
「ふ……ふええっ? ほ、ホントだっ! ホントにいいにおいがするよヘイゼルちゃんっ!」
獣人族の鋭敏な嗅覚が、新鮮な食材と美味しそうな料理、その両方の匂いを即座に察知する。
しかも強烈に。ユーノは匂いだけで、今準備している料理が普通に街や野営で食べられる食事とは、一段も二段も格が違う料理だと理解してしまい。
鼻が嗅ぎ取った美味なる匂いだけで、ユーノの口からは唾液が溢れてしまう。
「な、だから言ってるだろ」
「で、でもさっ、なんでボクたちにそんなごちそうだしてくれるの?」
何故か自分が調理に関わっているわけでもないのに、自慢げにユーノに語っていたヘイゼルだったが。
何故かユーノは、豪勢な食事を提供される事にまるで思い当たる節がない、といった素振りを見せる。
まるで昨日の活躍を忘れているかのように。
ヘイゼルは一つ、溜め息を吐きながら。ユーノの両肩を掴みながら、本当に忘れているかもしれない昨日の功績を言い聞かせていく。
「あのなあ……ユーノ。あたいらは全員で、あのでっけえ魔竜とやらを倒したんだ。その時に最後の一撃を与えたのが、ユーノ……あんたさ」
「う、うんっ」
「──で。その魔竜を倒したユーノやこの場の全員は、言わば、この国の英雄ってやつだ」
「そ、そっか、そうなんだ」
ユーノに昨日の活躍を理解させたヘイゼルは、次いで。アズリアと合流した直後、フルベの街の領主を交代させた時の事を話し始める。
「それに思い出してみろ。前にいた街……確か、フルベだっけ?」
領主が勝手に敵対的行動を取り、実力行使に出たために。こちらに手を出さないと約束させるのが目的で、仕方なしに領主の屋敷を強襲し。強敵だった死霊術師との戦闘などがあったものの。
街にとっては最良の結果となった話を。
「あの街でも、悪い領主とその手下どもを倒した後、街の連中が料理と酒を提供してくれただろ」
「うんうんっ。そらにばあぁぁんっ!てばくはつしてひかったやつ、すっっごいきれいだった!」
ユーノが声を弾ませて語り出したのは、フルベの街の住人らが歓迎の意を示すために。
おそらくはヘイゼル愛用の武器・単発銃に用いる炸薬の原理に似た物なのだろう。色鮮やかな炎の色で、夜空を彩った爆発の事だ。
「つまりだ。魔竜を倒してお姫様を救い出したんだ、あの時と同じ……いや、それ以上の料理と酒を提供されて、歓迎されるって事だよ」
「……ごくり」
順を追ってのヘイゼルの説明に、ユーノは一分の疑問を挟む隙もなく、完全に納得してしまったようで。
鼻をひくひくと動かしながら、口内に溢れた唾液を飲み込む音で、ユーノの喉が大きく鳴る。
 




