1話 アズリア、激闘を終えた翌朝
二体の魔竜の頭を討ち、カガリ家の当主の座を正当な後継者・マツリへと奪い返したアタシらだったが。
「──ん。あ、れ……ここは」
どうやら、いつの間にか体力の限界を迎え、寝てしまっていたようだ。
アタシは薄ぼんやりと目を覚ますと、周囲の状況を確認するためにゆっくりと寝ていた身体を起こそうとした──その時。
「い、痛てぇッ⁉︎」
突然襲った鈍痛。
身体の重みを支えるために伸ばした腕や、身体を起こすために力を込めた腹に痛みが走る。
魔竜との戦闘で受けた傷ではない、筋肉の痛み。久しく経験していなかった右眼の魔術文字の代償だ。
「さ……さすがに、強敵との連戦だったから仕方ないけどさ、こんなに痛むのは久々かねぇ……」
腕や首を少し動かす度に、その箇所が痛む。とはいえ、決して我慢が出来ない激痛などではなく、鈍い痛みだ。
アタシは痛みを我慢しながら、今自分がいる場所を見渡していく。
どうやら、フルベの街で寝食の拠点となっていた老治癒術師の治療院と同じような造りの、この国では一般的な木造の建物に思えるが。
建材として使われている木材の表面には、艶が出るように黒い塗装が為されており、一段高級に見えた。
しかも。
「……ユーノ。それに、ヘイゼルも寝てやがる」
ふと視線を落とすと。床には厚手の敷き布の上で、気持ち良さげに寝息を立てていたユーノと。普段の態度とは違い、綺麗な姿勢で寝ているヘイゼルの姿を見つける。
というのも、今アタシがいた大きな部屋にはユーノやヘイゼルだけでなく。一〇人程が寝ていたからだ。
何故、アタシらはこのような場所で寝ているのか。目を覚ましたばかりで働かなかった頭がようやく動き出し、意識を失う直前の記憶を徐々に思い返していく。
「ああ、そういや……もう立ってるのもやっとだったアタシらは、フブキの案内で確か──」
そうだ。
魔竜との決戦に勝利した後にも、様々な問題が矢継ぎ早に浮上した。カムロギが姿を消し、カガリ家の将来の話まで。
果ては、遠く海を越え離れた帝国から、わざわざアタシを追い掛けてきたお嬢との過去の精算など。
あまりにも色々な事がありすぎて、体力と精神力が限界を迎え、強い眠気に襲われていた。
そんなアタシら一行を、フブキとマツリが疲弊した身体の休息の場に提供してくれたのが。
戦場となっていた、シラヌヒ城の中であった。
「へえ。これが……ヤマタイの城ってワケかい。なるほど、アタシの知ってる城とは全然違うねぇ」
アタシも数える程しかないが、黄金の国や海の王国の城は例外なく切り揃えた石を積み上げて建てられていた。
しかし今、アタシが眺めた限りでは。シラヌヒ城の建材には石が使われていない。壁も、天井も床も全部が木材で成り立っていたのだ。
もっと詳しく城の構造を見てみたくて、アタシは痛む身体をゆっくりと動かしながら。
「よいしょ、ッと……」
寝ていた身体が床に付かないよう、丁寧に敷かれた厚手の布地の上に立ち上がろうとすると。
アタシの横に並んで寝ていたユーノが、立ち上がるのに反応したのか声を発する。
「……う、ん……おねえ、ちゃん……すやすや」
「おっとと。起こさないよう、気をつけて……ッと」
一瞬、ユーノを起こしてしまったのかと思ったが、どうやら寝言だったようだ。
アタシはまだ寝ていたユーノをこれ以上刺激しないよう、慎重にその場で立ち上がり。
壁の隙間から差し込む光に誘われるように、格子状に空いた窓から外を覗いてみると。
「はは、とっくに日が変わってら。アタシら、すっかり寝入っちまったんだねぇ」
アタシの記憶が確かであれば、魔竜を倒した後処理が全て解決した時には太陽が沈み、空は西から暗く染まっていた。
しかし、窓から見た空にはすっかり太陽が登っている……寝ていた間にすっかり夜が空けた、という事だ。
しかも、である。
「ん? ありゃ……人かい」
ふと、アタシの視線の先には。この国独特な衣服を着た女性が映る。
しかも一人や二人ではない。大勢の女性らが大量の食材に水を汲んだ木桶を抱え、忙しなく走っている姿が。
「驚き、だねぇ……この城に、こんなに人がいたなんて」
城に人がいる、という状況は当然と言えば当然なのだが。
アタシがマツリ救出のために、城の敷地に踏み入れた際には人の気配がまるでなかったためか。城を守る兵士以外の人を目にした事に、アタシは驚いた てしまった。
と同時に、腹が鳴る。
それは空腹を告げる合図だ。
「……はッは。そういやアタシ、昨日の朝から何も口にしてなかったねぇ」
食材と、おそらくは食事の準備をする女性らの姿を見て、空腹の身体が反応してしまったのだろう。
──考えてみれば、フブキの案内で第一の城門に突入したのが昨日。その日の朝に食事を摂ってから、今に至るまでほとんど何も口にしていなかったのだから、空腹なのは当然だ。
食事の準備をしてくれているのは大歓迎なのだが、その様子に違和感を覚えたアタシ。
「いや、それにしてもさ……食事の準備にしちゃ、大掛かりすぎやしないかい?」
というのも、女性らがおそらく調理場に運び込む食材の量が尋常ではない程に大量なのだ。ついには、鎧を着た武侠までが食材の運搬を手伝い始める始末。
いくらアタシやユーノが大喰らいだとしても、さすがに腹に収め切れる量でないのが一目で分かる。
「……い、いや。ありゃあもしかして、アタシらの食事でなく武侠らの食事なのかもしれない」
或いは、城の調理場では常駐する武侠ら全員の食事を提供するのだろうか。
何しろ、第一の城門に立ち塞がった武侠の数は二〇〇を超えていた。その全員分の食事だとするならば、あの膨大な量の食材にも納得なのだが。
「けどさ」
アタシが知る限り、城の当主や客将と、城に常駐する兵士や騎士の食事を同じ調理場で提供する事はまずあり得ない。
やはり、この国の慣習は違うのだろうか──と、眠気がすっかり醒めた頭を働かせていると。
背後から突然、名指しで掛けられる声。
「当たり前でしょ? 今日はこれからアズリアたち魔竜を倒した勇者を歓迎する宴を開くんだからっ」
「ふ、フブキッ?」
振り向くと、そこにはアタシをここまで案内した当主マツリの妹・フブキが立っていた。さすがにフブキは大部屋に一緒に寝ていたわけではなかったようで。
「ッて……その服装は一体どうしたんだい?」
既に着替えを済ませて、アタシの前に姿を見せたフブキだったが。
問題はその服装だ。
アタシらと一緒にいた頃は、この国の女性らと同じく動き易い、上下を一枚の生地で纏めた衣服なのだが。
今、目の前にいるフブキは、これまでの格好とはまるで違い。表面に煌びやかな装飾が施された、袖のついた外套のような衣服を一枚纏っていたからだ。




