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6話 若き英雄王、魔神を討伐するその終幕

「全てを飲み干せ────始原の水滴(メム・アレフ)


 詠唱に予備動作と、準備を重ねに重ねてティアーネが溜めた魔力を解放した瞬間。

 イオニウスと魔神(ウンブリエル)がいた空間に、一滴の小さな水球が出現し。地に倒れていた魔神の身体へと水滴が落ちていく。


 魔法の発動から効果の発現までの一瞬の余裕。


 魔神の身体から(いま)だ魔剣を抜く事が出来なかったイオニウスは、最後の判断に迫られる。

 ティアーネの魔法の範囲に留まり魔剣を抜くのを続けるか、もしくは魔剣を置いて退避するか。


「……どうする?」


 だが──冷静に考えれば、魔神に刺さった魔剣が本当の「伝説の一二の魔剣」ならば。如何(いか)にティアーネの魔法の威力が強大であっても、一撃で破壊される事はないだろう。

 ならばイオニウスがこの場に留まり、危険を侵す必要は全くない。


「し、仕方ない、っ……許せ、雷の魔剣(エッケザックス)っ!」


 結局、イオニウスは魔剣を抜く事を諦め。ティアーネの放った水滴の影響が周囲に広がる前に、真横へと慌てて跳躍し。

 着地を考えずに跳んだからか、空中で姿勢が崩れたイオニウスは上手く着地が出来ずに、神殿の石畳を転がってしまうが。


 ──次の瞬間。

 魔神が絶叫した。


『……が、ああっ⁉︎』


 ティアーネが落とした水滴が魔神の身体へと触れた途端、苦痛に満ちた声を漏らすと同時に。魔神の漆黒の表面に、無数の(しわ)が走る。

 しかも退避したイオニウスの目には、心無しか魔神の体格が一回り縮んだ気がしていた。


「あ、あの水滴……アレが魔神を、吸ってる?」


 今、ティアーネが発動した「始原の水滴(メム・アレフ)」なる水属性の超級魔法(ハイエンシェント)たる攻撃魔法は。

 まさにイオニウスの見解の通り、水滴に触れたものから「吸収して」いたのだ。

 魔神の身体に含まれた水から、魔神を構成する魔力……それこそ魔神の生命の根源となる全て(・・)を。

 魔神の表面に(しわ)が発生したのは、急激に体内の水を吸収されたから。そして、イオニウスが魔神の身体が縮んだと見えたのは、魔力を吸収されていたからだ。


『が、あぁぁぁっ……こ、この水滴ごときがっ、我の全てを吸い上げていってしまうぅぅぅ! な、ならば、何とか……この水滴を身体から離さないと──』


 身体に触れている水滴こそが、ティアーネの攻撃魔法そのものであり。魔神に耐え(がた)い苦痛を与える原因だ、と判明しているならば。

 魔神(ウンブリエル)はその原因を取り除くため、どうにか腕を動かし、身体に落ちた水滴を払い除けようとした──が。


 魔神の腕が水滴に触れた瞬間。


『ぐ──おおおぉぉおおおお⁉︎』


 さらなる絶叫が魔神の口から飛び出る。

 無理もない、水滴に触れた腕はまず一瞬で干涸(ひから)びてしまい。次いで水を残らず吸われ黒い残骸と化した腕そのものを、水滴が「喰らって」しまったのだから。

 

 身体で触れればその箇所が干涸(ひから)びてしまうし。魔力を吸収する特性上、暗黒魔術(デモニックカース)を行使してもおそらくは無意味だろうから。

 これでまた魔神は一本、腕を失ってしまった上に。水滴を除去する手段もまた塞がってしまう──ただ一つの方法を除き。


 ティアーネが発動させた「始原の水滴(メム・アレフ)」の効果を止める唯一の方法。それは、術者であるティアーネの生命を刈り取る以外にはない。


『な……ならば、あの妖精族(エルフ)をっ!』


 身体の水を、そして身体を構成する瘴気(しょうき)を急速に喪失した魔神(ウンブリエル)は。衰弱した身体を弱々しく震わせながらも、残った二本の腕の一方をティアーネへと伸ばし。

 肘から先を自ら切り離して、後方にいたティアーネに狙いを定め、勢いよく撃ち放っていく。

 

「……っ」


 まさかこの期に及んで、後衛であったティアーネを狙われてしまうとは。

 見ればティアーネは、(いま)だ精神を集中させていた真っ最中だ。おそらくは水滴の効果を維持するのに必要なのだろう。


 魔神の腕が自分目掛けて迫っている事を察知はしているものの。大きく避けてしまえば精神集中が途切れてしまう。

 魔法の効果が消失するだけならまだ良い。問題は、術者の制御を失った強大な魔法が無差別に範囲を拡大させれば、イオニウスやティアーネまで巻き添えを受けてしまう危険もある。

 だからティアーネは動く事が出来なかった。


「し、しまった⁉︎ ティアっっ!」


 上手く着地が出来ずに地面に転がっていたイオニウスは、愛する女性の名前を叫びながら。片膝立ちの姿勢の段階で足元の石畳を蹴って、魔神の腕とティアーネの合間へと割り込んでいく。


「──頼む! 間に合ってくれっ!」


 どうやら先程、雷の魔剣(エッケザックス)が授けてくれた身体強化が持続していたからか。それともティアーネを想う気持ちが天に通じたからか。

 魔神の腕が到達するよりも早く、愛する女性を庇うように立ち塞がる事が出来たイオニウスだったが。

 手には違和感。

 迫る腕を迎撃し撃ち落とそうにも、イオニウスの手には魔剣はなく。どうにか腰に差していた鉄製の長剣(ロングソード)しか武器を所持していなかったのだ。


 全くの徒手空拳では、魔神の鋭利な鉤爪には到底対抗出来ない。イオニウスは先程の自分が下した「魔剣を抜かずに退避する」という選択を後悔しながら、腰の剣を革製の(さや)から抜き放ち。


 真正面に捉えた魔神の腕を目掛けて、鉄製の剣を振り下ろしていく。

 

「この一撃だけでいい! ()ってくれ、俺の剣っ!」


 魔神も魔法を止めようと必死だ。ならば、と攻撃を弾くためにイオニウスも渾身の力を込めた──結果。

 魔神の鋭利な鉤爪はイオニウスの一撃で破壊され、飛来した腕を地面へ叩き落とす事に成功したが。同時に、鉄製の剣はイオニウスの一撃の威力に耐え切れず、刀身が粉々に砕け散る。


 だがともかく、これで魔神からティアーネを守り切った。

 後はティアーネの魔法によって、魔神(ウンブリエル)が朽ち果てるのを待つだけだ。


「よ、よかった……最後に間に合って」


 そうイオニウスが安堵(あんど)したのも一瞬。

 視線の先に映っていた魔神が、不気味な笑みを浮かべていた。

 術者であるティアーネを止める事が出来ず、最早(もはや)魔神はただ「始原の水滴(メム・アレフ)」に全てを吸収されるだけなのに。

 途端にイオニウスの頭の中では、警鐘が鳴る。


 何か……何かを見落としてはいないかを探し、魔神を凝視していたイオニウスは。

 何故、魔神が笑みを浮かべたのか。その理由と違和感の正体を見つけてしまった。 


 不気味な笑みを浮かべた魔神からは、その全ての腕が喪失していたからだ。


「ま、魔神っ……最後の腕は、どうした?」


 魔神が持つ三対六本の腕だったが。その内の三本はイオニウスが雷の魔剣(エッケザックス)で両断し、一本は(いま)だ魔神の身体に突き刺さったままの雷の魔剣(エッケザックス)に貫かれていた。さらに一本は、今まさに迎撃したばかりだ。


 ならば、魔神の腕は一本残っているべきなのだが。イオニウスの見た限りでは、魔神の腕は六本全てが失われており。

 そして魔神との出会い頭、先制攻撃とばかりに。この魔神は自分の腕の肘から先のみを離れた位置へ転移させ、襲い掛かる手段を披露(ひろう)してみせた。

 

「……俺を狙うなら、これまでにいくらでも機会はあったハズだ」


 考えるのがあまり得意ではないイオニウスだったが、今は自分の頭を総動員して思考する。

 もしイオニウスを狙うなら、雷の魔剣(エッケザックス)に貫かれ密着した瞬間から、魔剣を手離して転倒した時。さらに先程、ティアーネの前に立ち塞がり腕を一本迎え撃った時など、絶好の機会はあった。

 しかし魔神はイオニウスを狙いはしなかった。ティアーネの魔法の発動を許した時点で、魔神が勝利するためにはティアーネの排除こそ最優先事項になったためだ。


「なら、魔神の狙いは間違いなく──ティア」


 最後の腕の目標をティアーネだと断定したイオニウスは、警戒の網を自分の、でははなく。ティアーネの周囲に絞っていく。


始原の水滴(メム・アレフ)

精霊界より水の精霊ウンディーネの分体である、ただ一滴の純粋な水を召喚する水属性の超級魔法(ハイエンシェント)

この水滴は濃密な生命力に満ち満ちており、水滴に触れた対象の傷を癒やし、失った肉や骨を再生する治癒力を発揮するが。

詠唱の最後に一節を追加することで、水滴はたちまち際限なく魔力を求め飢えた水となり。触れた対象に含まれる魔力を残らず吸収する効果へと変貌する。


ただし召喚された水滴は水の精霊(ウンディーネ)の分体であるため、術者が精霊に敵視された場合、水滴は制御を失い。術者を攻撃対象と見做(みな)す危険がある。


【詠唱文】

悠久の刻を生きる生命の根源

全ての母なる蒼き波紋 

その一雫を下僕たる我に

愛すべき者に慈愛の手を (敵には滅びを)

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