5話 若き英雄王、魔神を討伐するその決着
先程、魔神が放った暗黒魔術を防ぐために発動させた防御魔法「屹立する大樹」。
──魔法の効果で視界を塞ぐほど繁った樹木と樹木の隙間から、顔を覗かせたティアーネは見てしまった。
魔神とイオニウスの、一瞬の攻防を。
「す、凄い、っ……イオが、魔神を圧倒してる……」
ティアーネが声を上げ、驚くのも無理はない。
何しろ、魔神の六本の腕……その三本が既に斬り落とされ。今まさにイオニウスが魔剣を構え、魔神に必殺の一撃を打ち込もうとする瞬間だったのだから。
『があっ⁉︎ ば、馬鹿なあ……一度ならず二度までも、人間ごときに我が腕がっっ?』
爪撃を放った腕を肘から両断され、次の攻撃も防御も出来ずに一瞬だけ動きを止めた魔神。
懐に入り込んでいたイオニウスは、魔神に生まれたその隙を見逃がさなかった。
「うおおぉぉおおっ──貫けえぇぇっっ!」
振り上げた魔剣を素早く上空で弧を描き、一度胸の前で力を溜めたイオニウスは。
気合を轟かせながら、両腕に溜めた力を一気に解放し。魔神の胸目掛けて、渾身の刺突を繰り出していった。
魔剣の名にもなっている雷属性の魔力を帯びた、黄金の閃光と化した一撃は。
至近距離で対峙するイオニウスと魔神の周囲の空気を強烈に震わせながら、目標となった魔神の胸へと吸い込まれていく。
『……ぐ、っ⁉︎』
これまでは「たかが人間」とイオニウスを過小評価していた魔神ウンブリエルだったが。
さしもの魔神も、迫る黄金の閃光をまともに受ければ──ただでは済まない。そう直感したのだろう。
かろうじて反応が出来、許された僅かな時間。迫る閃光と魔神との空間に、自らの腕を割り込ませる。
たったそれだけの動作が限界だったのだ。
だがこれで、直撃を避ける事が出来る。
魔神は防御が間に合ったことに、内心でほくそ笑む。
イオニウスの攻撃を防ぎ、防御に差し出した腕が使い物にならなくなったとしても。攻撃可能な腕はまだ二本残っている。
超至近距離に踏み込んだイオニウスは、渾身の一撃を放った直後にはさすがに無防備な瞬間が生まれるだろう。
魔神は、攻撃を凌いだ先の先を考えていた。
──しかし。
魔神の想定とは違い、イオニウスが解き放った雷の魔剣の強烈な一撃は。
防御に用いた腕を軽々と貫通し、その先にあった魔神の胸に魔剣の切先が届いてしまったからだ。
胸へと到達した魔剣は、所持者の明確な敵である魔神ウンブリエルの体内へと入り込み。魔剣の刃が容赦無く体内を侵蝕していくと。
遂には、魔剣の先端が魔神の背中から顔を見せる。魔剣が魔神の身体を貫通した証拠に。
『が、ああぁぁぁああ⁉︎ な、な……何だ、と……?』
胸に魔剣が突き刺さった箇所から、自分の存在が徐々に薄れ、霧散していく感覚に襲われていく魔神ウンブリエル。
魔神と呼ばれ、魔力が濃縮された瘴気と暗黒魔術を行使する存在であるウンブリエルだが。
元は、精霊に近しい存在であり、魔神の肉体を構築するのが濃縮された魔力……つまり瘴気に似たものなのだ。だから一般的な鉄製の武器で身体を貫かれたとしても、痛みを感じる事も生命が危うくなる事もない。
だが例外的に、身体を構築する魔力よりも強い影響力を外部から加えられた場合。攻撃を無効化する事は出来ないのだ。
丁度、今の魔神ウンブリエルのように。
『わ、我が……負ける? 消える、だと?』
今や魔神の内心は、先程までのように攻撃を凌いだ先を考える余裕など消え失せ。自分の存在が消えてしまう、という初めての感情に激しく困惑していた。
「さすがは魔神、しぶといじゃねえか。だが……こいつで終わりだっ」
魔神とは対照的に、魔剣で腕ごと胸を貫いていたイオニウスはニヤリ……と口角を上げて、笑う。
何故なら。
攻撃はまだ終わりではなかったからだ。
次の瞬間。イオニウスの頭の中に、本来口に出して紡ぐべきだった魔法の詠唱節が一気に流れ込み。その不快感に一瞬だが顔を歪めた。
「……ぐ、うっ⁉︎」
イオニウスは握っていた雷の魔剣から雷属性の魔力を引き出し、ある攻撃魔法を発動させる。
優れた剣の腕と違い、あまり魔法の才能に恵まれなかったイオニウスが。本来ならば発動する事が難しい高度な魔法を、無詠唱で発動してみせたのは。紛れもなく所持していた雷の魔剣の恩恵だが。
「「──雷迎っっ‼︎」」
その瞬間の違和感を、離れた後方で見ていたティアーネは見逃がさなかった。
「え?」
聞き慣れたイオニウスの声に重ねて、自分でも魔神でもない何者かが、魔法の名を揃えて口にした事を。
そして、イオニウスに声を重ねた者の正体をティアーネは直後に知ることとなる。
魔法の名を叫んだと同時に、魔神を祀る神殿の天井が大きく崩れ。天井を破壊した原因である、空からの強烈な落雷が魔神を撃ち抜いた。
ここまではティアーネの知る「雷迎」だったが。
魔神の身体に突き刺さっていた雷の魔剣が、刀身から激しく雷光を放ち。
二発同時に発動された「雷迎」によって、戦場となっていた神殿内部は眩い強烈な光に包まれ。
落雷が直撃した魔神の身体と腕を、今度は内側から焼き焦がしていった。
先程、イオニウスと同時に「雷迎」を発動したのは、手にした雷の魔剣だったのだ。
イオニウスが発動した落雷が魔神に鉄鎚を下したと同時に、雷の魔剣が発動した雷撃が魔神の体内を焼いた事で。
『あ……が、が、が……』
元々が漆黒の表面だったため、見た目には判断が出来なかったが。
身体の内側を焼かれたからか、魔神の口からは黒い煙がもうもうと吐き出され。イオニウスの鼻には肉が焦げる嫌な匂いが届いていた。
完全に力を失ったからか。空中に浮いていた魔神ウンブリエルと、上空へと跳躍して魔神を刺し貫いたイオニウスは共に石畳へと落下していった。
『が、ああぁぁっっっ⁉︎』
イオニウスが魔神を足蹴にした体勢で。
力を失い、起き上がろうとするどころか。身体を踏んでいたイオニウスの脚を退かそうとする反応すらなく。
今の一瞬で、勝負の大勢は決したかに見えたが。
「魔神よ。この勝負は、俺の……いや」
背後に感じた、大きく膨れ上がる魔力の気配に。イオニウスは魔神に言い放った言葉を即座に訂正する。
発言の最中に後ろを振り返ると、予想通り。ティアーネが詠唱と予備動作を行っている真っ最中だった。
魔神が名指しで選ぶ程の魔力を持ち、高位の魔術師であるティアーネが。詠唱破棄もせず、面倒な予備動作まで行っている時点で。
この後、彼女が準備している魔法がどれ程の規模なのか、イオニウスは想像したくなかった。
「──俺たちの、勝ちだ」
ただ一つ。この場に留まり続ければ、ティアーネが発動する魔法の巻き添えを喰らう事だけは明確に理解し。
早速、魔神の身体に突き刺さる雷の魔剣を引き抜き。ティアーネの放つ魔法の範囲外へ退避しようとしたが。
魔剣が、抜けなかった。
イオニウスがいくら力を込め、魔神の身体を蹴って勢いを付けても。突き刺さった雷の魔剣は抜けはしなかったのだ。
『くくく……まだ勝敗は決していないというのに、何処へ行こうというのかね?』
「……く、っ!」
魔神の身体を貫通する程に、深々と突き刺さってしまっていたのもあったが。魔神がイオニウスをこの場から逃がさぬため、傷口を締めて魔剣が抜けないようにした意図もあったのだろう。
魔剣を確保するために悪戦苦闘していたイオニウスだったが。
──悠久の刻を生きる生命の根源
全ての母なる蒼き波紋
その一雫を下僕たる我に
愛すべき者に慈愛の手を 敵には滅びを
先にティアーネの詠唱が終わり、発動の準備が完了してしまう。
「屹立する大樹」
大地に大樹属性の魔力を伝達させ、複数の樹木を急激に成長させ。幹同士を融合させて術者を防護する分厚い樹木の壁を生成する上級魔法。
一見、「樹木の壁」の上位互換なだけに思えるが。地面が露出していない場所でも使用でき、成長した樹木は術者が望まぬモノが触れると魔力を吸い上げていく効果があり。樹木の弱点でもある火属性に対して強力な耐性を持つ。
「雷迎」
術者の雷属性の魔力を空高く共鳴させ、雷雲を生み出し、強烈な威力の落雷を発生。その落雷を数本分集束させ、対象の頭上へと落とす上級魔法。
本来であれば、発動から実際に落雷が発生するまでの時間は現在の天候に左右され。晴天時であれば雷雲が充分な大きさになるまで、かなりの時間を要する。
だが本編では「雷の魔剣」の秘めたる力により、瞬時に雷雲を生み出し落雷を発生させていた。
それだけでなく、雷雲と魔力を共鳴させ。魔剣本体から「雷迎」を直接発動して見せていた。




