4話 若き英雄王、魔神を討伐するその死闘
一方でイオニウスの腕には、魔神の攻撃魔法を叩き斬った時の衝撃が残り。
腕から伝わる痺れが、黙っていれば自分に命中していた魔法の威力を、雄弁に物語る。
「こ、こんな魔法……一発でもまともに喰らってたらタダじゃ済まなかったぞ……っ」
無効化したとはいえ、魔神が放った攻撃に背筋が冷える思いがした──と同時に。
魔神が発動させた「咒魔弾」の数は少なく見積もっても二〇はあったが、イオニウスが魔剣で霧散させたのは、その内五発。
ならば残りの魔法は何処へと向かったのか。
答えは一つしかなかった。
「ティ、ティアっ?……う、うおっ⁉︎」
背後を振り返り、後衛として置いてきたティアーネの無事を確認しようとするも。
イオニウスが今立っている位置からは、愛するティアーネの姿を発見する事が出来なかった。
何故なら。
二人の間には、神殿の石畳を破壊し天井まで伸びていた無数の樹木が出現し。魔神が放った「咒魔弾」の到達を防いでいたからだ。
おそらくは、大樹属性を得意とするティアーネの防御魔法だろう。
とはいえ……視界が通らない状態では、ティアーネが無事かどうかが確認出来ず。イオニウスの胸中に焦りが湧く。
「わ、私は無事よっ……それよりもイオは魔神に集中してっ!」
「その声は、ティア? 無事だったか!」
しかしその直後、大樹の壁の向こう側から聞こえてきたのはティアーネの声。
無事、と聞いた途端に胸から一切の懸念が消えたイオニウスは、再び魔神へと視線を向けた。
ティアーネの安否を気遣った事で、僅かに間を置いてしまったものの。
『な……馬鹿、な……っ? 人間ごときが、我が瘴気を、剣で「斬った」だと……っ』
それでも魔神は未だ呆然とし、二〇発以上もの魔法を防がれたというのに追撃する様子を見せてはいなかった。
先程の暗黒魔術に余程、信頼を寄せていたのか。イオニウスとティアーネ、二人を侮っていたのか……もしくはその両方か。
ただ一つ確かなのは。
魔神の懐に踏み込める大きな隙が生まれていた、という事。
「隙だらけだぜ、魔神さんよぉ!」
そんな絶好の機会を見逃がすイオニウスではない。
上空に浮かぶ魔神目掛け、一度膝と足裏に力を込め、神殿の石畳を蹴り抜いて上空へと跳躍する──と。
思いがけない身体の異変に驚きの声を漏らすイオニウス。
「う、うおおっ? な、何だ……この速度はっ⁉︎」
地面を蹴ったイオニウスは、魔神との距離が予想以上に速く縮まる視界と、顔に当たる風が強まる感覚から。
自分の跳躍速度が飛躍的に増大している事を瞬時に理解した。
そして、不可解にも速度が上昇した理由についても。
「まさか雷の魔剣……お前が俺の身体に力をくれてるのか?」
先程、雷の魔剣の名を呼んだ事で、魔神の暗黒魔術を斬り裂く力を授けられたイオニウスだったが。
どうやら、魔剣が彼に授けた力はそれだけではなかったらしい。
それが理由に、つい先程までは気付いていなかったが、イオニウスの呼び掛けに応じて魔剣が光り輝いたように。今、イオニウスの全身が魔剣と同じく光り輝いていたからだ。
光に包まれて初めてイオニウスは理解する。魔剣や全身を包む光は、雷属性を帯びた魔力である事を。
「そうかっ──なら!」
高速で、しかも雷属性の魔力を纏って魔神へと迫るイオニウスは。
握っていた雷の魔剣の切先を魔神へと向け、一度後方へと魔剣を持つ腕を引いて力を溜める。
しかし、これまで無防備だった魔神ウンブリエルもようやく我に返ったようで。
高速で魔剣を構え、突撃してくるイオニウスに反応を示しはしたが。
『な、何だ? 人間のくせにその速さは! く、くっ、回避は……間に合わぬっ?』
魔神とイオニウスとの距離が縮まり、しかもイオニウスが接近する速度から。この時点で回避行動を取っても、攻撃範囲から逃がれる事が不可能と判断し。
魔神は三対の腕をそれぞれ胸の前で交差させ、防御の姿勢を見せるも。
「いくぜ……雷の魔剣っ!」
構わずイオニウスは真正面から突撃する。
手にした魔剣の名前を再び呼んで。
「魔神の腕ごと、魔神の急所をブチ抜いてやろうぜっっ!」
イオニウスの闘志に呼応するかのように、魔剣が纏った光がさらに強烈さを増し。
雷属性を帯びた光は、小さな雷光となり、イオニウスの周囲にバチバチと火花を散らし始め。魔力を推進力として、イオニウスの突撃速度がさらに加速していく。
魔神を討ち倒すため、ホルハイム王家に代々継承されてきた魔剣を持ち出したイオニウスだったが。魔剣の力を開放してみせたのは、これが初めての経験となる。
しかし、これまでにホルハイム王家には誰も、魔剣の力を開放出来る人間が存在しなかった──その話が嘘のように。
所持者として選んだイオニウスの思考や感情を逐一理解し、意のままに力を与えていく雷の魔剣・エッケザックス。
「まずは──その邪魔な腕を斬り落としてやるっ!」
最初は魔神の胸板へ強烈な刺突を繰り出そうとしていたイオニウスだったが。確実に致命傷を与えるためには、身体を隠すように防御する腕がどうしても邪魔だった。
そこで、魔神との距離が魔剣が届く位置にまで到達いたイオニウスは。直前で攻撃手段を刺突から斬撃へと変更し。
交差させた魔神の腕へ、溜めていた腕の力を乗せた魔剣の刃を振り下ろしていった。
一転、防御側となった魔神は。
『……その一撃を凌いだ時こそ、人間。我が一撃を受ける番だっ──』
魔神が出現した際、二本の腕の肘から先のみを離れた位置、二人の真横へと転移させ。鋭い鉤爪で刺し貫こうとした攻撃。
それを六本同時に、しかも攻撃対象をイオニウスただ一人へ絞り。全力の攻撃を放った後に必ず生まれる隙を突き、確実に生命を奪う算段だった。
だがその想定は、一瞬で狂いが生じる。
『は?』
イオニウスが振り下ろした魔剣、雷属性を纏った刃は。
まるで先程、魔神が放った「咒魔弾」なる瘴気の塊を霧散させたように。
防御体勢を取り胸の前で交差された魔神の腕の一対を、軽々と切断してみせたからだ。
侮っていた相手に、腕二本が斬り落とされる。
外見こそ人型であった魔神の、炭を塗り潰したような漆黒の肌だったが。瘴気を帯びる魔神の肌の硬度は、堅い鱗に覆われる竜属と同等だった。
現に、これまで魔神討伐に来た何者の武器や魔法も、魔神ウンブリエルに傷一つ負わす事が出来ていなかったのだから。
魔法を霧散させたイオニウスの剣は、或いは魔神の身体に傷を負わす事は出来ても。傷を与えるのが限界だと、未だ目の前の敵を過小評価していた。
「まだ、まだだぁっ!」
さらに──イオニウスの攻勢はまだ終了してはいなかった。
一度は渾身の力を込め振り下ろされた魔剣を、肩と手首を捻り、敢えて真っ直ぐであった体幹を崩しながら。
さらに一歩分、魔神との距離を詰めたイオニウスが斜め上へと魔剣の刃を跳ね上げていくと。
『き、貴様っ人間ごときが魔神たる我の腕をおぉぉぉぉっっ‼︎』
怨嗟と苦痛の声を漏らしながら、魔神は残った四本の腕による防御を解くと。
今まさに、腕を斬り落とした憎き相手であるイオニウスを引き裂こうと、鋭い鉤爪を伸ばしていく。
だが、魔神の攻勢よりも。
イオニウスの魔剣は一瞬だけ速かった。
或いは。
眼前の敵を過小評価した事が、爪を鈍らせたのかもしれない。
結果──イオニウスの生命を絶とうと伸ばした魔神の腕が両断され。切断された魔神の腕は、魔神とイオニウスの頭上へと舞い上がっていく。




