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2話 若き英雄王、魔神を討伐するその開幕

 イオニウスの求婚、その返答をティアーネが躊躇(ちゅうちょ)していると。

 

『──我に献上された(にえ)を横から掠め()ろうとは、不遜(ふそん)な人間よ』

「「……っ⁉︎」」


 突然、神殿内に響いた低い声に。

 イオニウスは披露していた雷の魔剣(エッケザックス)を構え、ティアーネと一緒に声がした側へと振り返る。

 求婚までのやり取りで、二人はすっかり頭から抜け落ちていたのだ。二人のいる場所は、魔神を(まつ)る神殿の内部であり。

 自分たちは既に敵地に足を踏み入れていた事を。


 魔剣を構えるイオニウス、そして即座に魔法を発動出来る準備を整えたティアーネの視線の先には。


『話は聞いていた。どうやらお前たちはただ捧げられに来た……という矜持(きょうじ)ではないらしい』


 人型なれど、全身は炭を塗ったような漆黒。人間と同じ肩から一対の……だけでなく、脇腹からさらに二対、合計で六本の腕が。背中からは蝙蝠(こうもり)のような巨大な翼を生やし、空中に浮かぶ存在。

 とはいえ──二人はこれまで実際に魔神と対峙した事がなかったため、視界に映った異形の存在を魔神ウンブリエルかどうかを判断出来なかったが。

 

『ようこそ。我こそが魔神ウンブリエル』


 神殿内で空を舞う漆黒の存在が、わざわざ自ら魔神だと名乗り出てくれたのだから。

 ティアーネは目の前に突然現れた魔神へと、牽制(けんせい)のための魔法を発動しようとした矢先だった。

 

「何だ……頭を()ぎる、この違和感は?」


 魔神の姿を見たイオニウスの頭の中には、妙な違和感。

 そして先程から危険を告げる声が響いていたが。その正体が分からずに周囲を最大級に警戒し、ようやく違和感の正体を把握する。


 魔神の三対の腕、その二本の腕のみ。肘から先が消えていたからだ。

 

「魔神っ! その腕の先を一体どこに……」

『気付いたか。だが』


 その時、イオニウスが周囲に張り巡らせた警戒の網が反応し。

 二人の真横に突如として強烈な殺意が迫る。

 

『──遅い』

「よ、避けろティアっ!」

 

 だが、魔法の発動に入ってしまっていたティアーネは、自分に迫っていた魔神の脅威に気が付いた様子はなく。

 接近する脅威をいち早く察知したイオニウスは回避を指示するが。何が起きているかを理解してないティアーネは、ただ困惑し、その場から動く事が出来なかった。

 

「くそ! 間に合えっ……俺!」


 次の瞬間、イオニウスの身体が咄嗟(とっさ)に動いた。

 ティアーネの腰へと腕を回し抱き寄せると、地面を大きく蹴って真横へと勢い良く跳躍する。


「い、イオっ、何を?」

「いいから叫ぶな! 舌噛むぞ!」

「きっ、きゃあああああ⁉︎」


 ティアーネを押し倒すように跳び退()くイオニウスの頭上を、高速で迫る何かが掠めていくのを感じた。

 おそらくは消えた魔神の腕が、迫る危険の正体なのだろう。目視で確認は出来なかったが。


 ティアーネを庇い、回避する事を最優先としたために。勢いがつき過ぎて上手く着地が出来ず、神殿の床に転がってしまう二人に。

 離れた位置に、自らの腕を転移させ攻撃を放った魔神は舌打ちをする。


『馬鹿め。避けなければ、苦しまずに一撃で死ねたものを』

「え? ええ? ど、どういう事、イオ?」

「い……いいからさっさと立つ! 次の一撃が飛んでくるぞっ!」


 おそらくは自分を庇った行為なのか、は理解出来ても。まだ何が起きたのか、状況の全てを理解出来ていないティアーネはイオニウスに説明を求めるも。

 急いで立ち上がらせるように尻を叩くイオニウスの手と、少し苛立ったような口調に。


「そ、そんなに怒ることないでしょ……って、ちょ……ちょっとイオ⁉︎」


 魔神と対峙している状況であっても、一言くらいは言い返してやろう。そう思って先に立ち上がったイオニウスへ視線を向けたティアーネは。

 背中に出来た大きな傷を目の当たりにする。

 着ていた胸甲鎧(ブレストプレート)ごと斬り裂かれた真新しい傷からは、大量の血が流れ。神殿の床に血溜まりを作っていた。


「避けた……と思ったんだけどな。完全にゃ避けられなかったみたいだ、少し……掠めちまった」

「ば、馬鹿っ! どこが『少し掠めた』よ?」


 先程、消えた魔神の一対の腕、肘から先が二人の真横へ再出現し。不意を突いて放ってきた二発の爪撃。

 ティアーネを庇い、回避したように見えたイオニウスだったが。背中を掠めていた腕、その鉤爪は鎧を断ち、背中の肉を斬り裂いていたのだ。


 幸運にも背中の傷は深くはなく、胴体という箇所ながら傷は肌と肉で止まっており。傷が即、致命傷とはならなかったが。

 問題は流れ出る大量の血だった。


「待って! 今すぐ……傷を塞ぐからっ」


 傷をこのまま放置すれば、イオニウスの身体からは生命の維持に必要な血が失われていき。衰弱してやがて死に至る。

 しかもイオニウスは、これほど大きな傷を塞ぐ治癒魔法を使う事が出来ない──ならば、と。


 攻撃魔法の準備から一転、ティアーネは迅速に治癒魔法の準備に切り替え。

 イオニウスの背中の傷に手を添えると。

 

「──生命の水(アクアオペール)

 

 水属性の治癒魔法を詠唱破棄して発動し、みるみるうちにイオニウスの背中の傷が塞がっていく。


 今度は違和感を見逃がさぬよう、魔神ウンブリエルから視線を外そうとしなかったイオニウスは。

 背後にいたティアーネに振り返る事なく、感謝の言葉を伝える。


「……助かったぜ」

「それはこっちの台詞よイオ。まさか、こんな先制攻撃を受けてたなんて」

「ああ、あの腕はかなり厄介だぞ」


 腕を長く伸ばしてくるのではなく、腕の先だけを離れた位置に出現させてくる時点で。攻撃の軌道がまるで読む事が出来ず。

 気配を察知してからでないと対処が不可能、というのは非常に厄介な攻撃だ。

 こちらが何をしていても、常に魔神の腕を警戒せねばならず。それでは強大な魔神を倒すため、攻撃に集中する事が出来ない。


「もう一つ、いつもの戦法が使えない」


 そして、魔神の腕が離れた位置に出現させられるという手段は。

 イオニウスの剣技で敵を抑え込み、その間に優れた魔術師であるティアーネが殲滅のための攻撃魔法の詠唱など準備を完了させる。それが二人の時の基本的な戦術なのだが。

 魔神はイオニウスを相手にしていながら、後衛にいるティアーネを同時に攻撃出来る。つまりは定番としている戦術が通用しない、という事だ。


 魔神──などと呼ばれてはいるが、強大な力を有しているだけの存在であり。上位の亡者(アンデッド)や人間である事を辞めた魔術師のように何度も復活したり、特定の術式や魔導具(マジックアイテム)を破壊しないと倒れない……というわけではない。

 単に通常の武器を通さない強靭(きょうじん)な肉体を有する、どちらかと言えば竜属(ドラゴン)に似た存在だったりする。

 (ゆえ)に、魔神を打ち負かすには単純明快。

 魔神の強靭(きょうじん)な防御力を超える攻撃を、こちらが叩き込む必要がある。


 新たな戦法を構築するしかないが、二人で戦う事に慣れてしまった事が逆に(あだ)となり。

 魔神への対抗手段がまだ纏まらないイオニウスだったが。

 

『どうした? たった一撃で戦意が折れたか』

「はっ……冗談じゃねえ!」


 魔神が猶予を与える義理などどこにもない。当然ながら魔神は二人を屈服させ、本来の予定通り自らの(かて)とするため。

 魔神に屈せぬ意志を口にしたイオニウスに対し。


『ならば──教えてやろう。我が魔神と呼ばれる理由(わけ)を、その身体の心に』


 空に浮いたまま、二人を見下していた魔神は。六本の腕それぞれに魔力を集束させ。何かしらの魔法を発動させようとしていた。


「あ、あれは……魔力じゃない? もっと禍々(まがまが)しい感じは……瘴気(しょうき)っ」

瘴気(しょうき)だって? ということは……あの魔神が使おうとしてるのは……」

「うん、おそらくあれは。暗黒魔術(デモニックカース)の攻撃魔法……呪魔弾(テリオン)

 

 今、魔神が発動させたのは魔法の発動源に魔力ではなく、人間らに有害な濃縮された魔力である「瘴気(しょうき)」を要する暗黒魔術(デモニックカース)──その一つ「呪魔弾(テリオン)」であったが。

 その「呪魔弾(テリオン)」を一本の指から一つ、同時に発動してみせたのだ。


『ふむ。さすがは我が(にえ)に選んだ妖精族(エルフ)だ。暗黒魔術(デモニックカース)にも多少の見識はある……といったところか』


 六本すべての腕を突き出し、指先に集束された魔力が解放され。二〇を超える数の黒い閃光が、二人へと降り注ぐ。

空間歪曲(ワインド)

濃密な魔力でもある瘴気(しょうき)により、術者のごく至近距離に奈落(アビス)へと通じる空間の小さな穴を一瞬だけ空け。

同時に設定した異なる空間の穴へ、物質を転移させる事が出来る暗黒魔術(デモニックカース)


人間の魔術師が(いま)だ到達し得ない「空間転移」の解明へと迫る魔法ではあるが。瘴気(しょうき)渦巻く奈落(アビス)に人間が突入すれば、生命活動を維持出来ない。

本編で魔神ウンブリエルは、本体から切り離した腕をこの魔法で任意の地点に転移させるという手法を取っていた。

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