5話 ロシェット、強さを求める理由
「理屈は同じなのに……違う、魔法」
「そうよ、ロシェ。違いはたった一つ、魔力の放出の加減を覚えるだけだもの」
その言葉に、食い付くように興味を示したロシェットの目の前で。
ティアーネは手のひらの上に、魔力で創造したてあろう水の球体を生み出してみせた。
詠唱無しで魔力を発生させ、魔法の効果を発揮させずにその場に魔力を維持し続けていた。しかも、何事もなかったように平然とした態度のまま。
目の前でティアーネがいとも簡単にやってみせた芸当が、如何に魔術技量の高い行為なのか。それをロシェットは理解し、感嘆の声を口から漏らす。
「す……凄い、っ」
「うふっ、ありがとうロシェ。でもね、感心するのは魔力の維持じゃないわよ」
溺愛する息子に褒められたティアーネは嬉しさのあまり顔が緩み、片目蓋を閉じて笑顔を浮かべながら。
手のひらの上で維持してした、球状の魔力を投擲する動作をしてみせる。
「この魔力を矢にせず、球体を保ったまま放出する。それが球よ」
「それは、矢にして飛ばすのとどう違うのですか?」
「魔力の球体はね、手から離れてから何かに命中すると……衝撃で弾けるの」
ティアーネの説明の通り、術者の制御で球体をかろうじて維持していた魔力は。何らかの強い衝撃を与えられると炸裂し、広範囲に属性を帯びた魔力を拡散する。
火属性を帯びていれば爆炎を巻き起こし、大地属性ならば周囲に石礫を撒き散らす……といったように。
「一対多数の状況や、矢を回避するような素早い相手にはとても有効な魔法になるわ」
「なるほど……」
代表される火属性の攻撃魔法、「火炎球」がまさに当て嵌まる。
「ただし、遠くへ飛ばしたり、範囲を無理に広げようとすると、肝心の威力が弱くなるから気を付けるのよ」
ティアーネの説明を聞く限り、ただ魔力を集束させ、遠くへと放出する「雷の矢」と比較すると。魔法の射程に魔力や威力の維持と、考える要素が段違いに多い。
もし最初に「雷の矢」でなく、球状を学んでいたとしたら。たった三日で習得など出来はしなかっただろう。
説明の前にティアーネが「応用」と言っていた意味を、ロシェットは理解していく。
「それで、残る一つ。剣というのは?」
「魔力ってのはね。遠くへ放とうとすると、どうしても魔力を無駄に使ってしまうの」
矢にしても、球にしても。魔力に属性を帯びさせ、質量を与えたとはいえ。その魔力は自動で対象に誘導され、飛来するわけではない。
弓から放たれた矢が弦の弾力を利用するように、攻撃魔法を投擲するのに魔力を消耗している。
より遠くへ魔力を届かせようとすると。それだけ攻撃魔法の魔力、つまり威力が低下してしまう理屈となる。
ならば、と。
先程、球という魔力形状の説明をした時には、遠くへと放り投げる仕草をしてみせたティアーネは。
魔力を維持したまま今度は、指を真っ直ぐに揃えた腕で。まるで剣を振るような仕草をロシェットの前でしてみせる。
「だから剣は。魔力を飛ばさずにごく短い距離で、爆発的な威力を発揮させる方法よ」
射程距離を伸ばす事で魔力を消耗するのならば、至近距離で効果を発揮させればよい。
……しかし。
ごく短距離での発動となる剣の魔力形状の説明を聞いたロシェットが、疑問の顔を浮かべていた。
「ですが……母上。魔術師が、それほどの至近距離で攻撃魔法を使う場面など、あり得るのでしょうか?」
「ふふ、いい質問ね。確かに剣は扱いが難しいのよ。射程が短い以上、発動に手間取ると使う前に攻撃されちゃうわけだし」
ロシェットが口にした疑問は、魔術師の役割としては至極当然のものだった。
対人戦であっても、対魔獣、魔物戦であろうと。個人戦や集団戦闘、軍隊戦に至るまで。基本的に魔術師の役割は変わりがない。
後衛に位置を取り、攻撃魔法の圧倒的な火力によって敵勢力を圧殺するのが主な役割であり。
魔術師が敵に接敵したという状況は、前衛が崩壊した事態だからか。もしくは魔術師が敢えて前衛に出たかの二通りだ。
そのどちらであっても、必要不可欠な技法が一つある。
「つまり、詠唱破棄……」
「ふふ」
ロシェットの回答に、ティアーネは静かに微笑んでみせる。
接敵された状況で、呑気に詠唱を唱えるのをわざわざ敵が許すわけがない。
だからこそ。詠唱の過程を省略し、瞬時に魔法を発動出来る方法が必要となる、と。ロシェットは思っての回答だったが。
実は、無詠唱発動だけが方法ではない。
優れた体術や、基礎魔法の「並列行動」を駆使しながら。回避行動と詠唱を同時に行なったり。詠唱の代わりに手振り等の予備動作を行う、他。
それが溺愛していたロシェットの回答を聞き、微笑みを見せながらも。手放しでティアーネが称賛しなかった理由だ。
「ロシェ。実戦での活用法はさておき、まずは教えた二つの発動方法を使えるようにならないとね」
「じゃ、じゃあ早速っ──」
球と剣、そして元々習得していた矢である「雷の矢」と。
異なる三種の魔力放出の方法を、実際に試すために。勉強部屋から城の中庭にある訓練場へと移動しようと、椅子から立ち上がったロシェットだったが。
部屋にある窓からは、地平へと落ち始めた太陽の光が飛び込んできた。
リュゼとの剣の鍛錬を終えたのは、まだ太陽が真上に登り切るよりも前だったと記憶していたロシェットは。
体感よりも時間の経過が早かった事に驚き、窓の外を残念そうに眺めていた。
「も、もうこんな時間が経ってたなんて……」
「さすがに今日の授業はここまでね、ロシェ」
溺愛する息子との時間が終わってしまうことに、名残惜しそうに席を立つティアーネ。
彼女は母親だが、同時にこの国の王妃でもある。通常の業務に加え、帝国との戦後処理が山積みだったりする。
さらに言えば、魔法の練習は一定の危険が付き纏う。従って、訓練場が開放されるのは「日が登る間のみ」と決まっていたからだ。
◇
家族が揃って夜の食事の時間まで、自分の部屋へと戻っていたロシェットは。
すっかり太陽が地平に沈み、既に暗闇の青が広がっていた空を見上げながら。
「リュゼも母上も、僕に何とか自信をつけさせようとしてくれてる。それは分かるけど──」
ロシェットは賢かったが故に、リュゼとティアーネ、二人の指南役が。自分が抱く劣等感を払拭するために懸命な意図を理解していたが。
同時に、成人として世に発表する年齢までに一人前に成長すれば良い、という長期的な目線で見ていることも。また理解してしまっていた。
それでは駄目だ。間に合わないのだ。
何故なら。
「僕は、憧れのあの人に会いに……城を出たいんだから」
ロシェットが切望していたのは。
城外へと飛び出し、もう一度。自分を、そしてこの国を救ってくれた赤い髪の女戦士と再会する事だったからだ。
有翼族の集落に連れて行かれたまでは良かったものの。正体不明の氷の魔力が暴走し、氷壁内に閉じ込められたロシェットは。
リュゼや護衛騎士らと一緒にいた赤髪の女戦士によって救われた。
後で聞いた話だが。
その女戦士はロシェットだけでなく、強力な毒に侵された母ティアーネ。そしてこの国をも救ってみせた英雄は。国に滞在する事なく、旅に出てしまったらしく。
その後、ある時期を境に。
救国の英雄である赤い髪の女戦士の噂を聞かなくなってしまったのだ。




