4話 ロシェット、攻撃魔法の基礎を学ぶ
ロシェットの父親、つまり現在のホルハイム国王イオニウスは。大陸に僅かしかいない伝説の一二の魔剣の一振り、雷の魔剣エッケザックスを所持し。
若き頃にこの地に眠る魔神を倒した、とも言われる武勇から。「英雄王」と名高く知られている人物だ。
そして今、目の前にいる母親にして王妃ティアーネだが。彼女もまた、妖精族としての魔力容量の大きさと魔法の知識により。国内一の魔術師として、国王イオニウスを支えている。
武勇の才能では、父親には敵わず。
魔法の才能も、母親には及ばない。
残酷な現実を突き付けられながらも。日々、努力を続け、偉大な両親への劣等感と戦っていたが。
同時に、なかなか結果が出せない現状に、焦りを覚えてもいたロシェット。
今、母親の前で口から出た言葉は、胸にずっと秘めていた本音が漏れてしまったわけで。
「……あ。ご、ごめんなさい、僕っ──」
劣等感という本音を呟いた後。居た堪れなくなったからか、下を向いてしまうロシェットの顔に。
母親であるティアーネの手が伸び、指で頬を優しく撫でていく。
「ううん、謝るのはお母さんのほうよ。ロシェにほんな思いをさせてしまった事に、ね」
勿論、王妃である前に母親であり。ロシェットを溺愛している自覚もあるティアーネは、息子が抱く劣等感に気付いていた。
そして、その劣等感が間違いである事も。
自身が優れた魔術師であるティアーネは、自分の息子もまた、雷属性の魔法の優れた素養を持っている事をいち早く見抜いていた。
帝国との戦後処理が山積みであり、王妃としての役割が多忙なティアーネが。敢えてロシェットの魔法指南に立候補したのは、能力を開花させるためでもあったのだが。
とはいえ。
魔法の発動に必要な「力ある言葉」の詠唱を省略し、発動を飛躍的に加速させる詠唱破棄を教えるには。まだロシェットの魔法技術では早すぎたのだ。
「ロシェの上達が早かったから。お母さん、基礎をしっかりと教えずに無詠唱発動の方法なんて無茶をさせて……」
「そ、そうだったんですか? 僕はてっきり、自分が未熟だから発動が不完全だったのかと」
「それは違うわ。むしろ、一度教えただけで不完全だけど発動まで出来たのは、凄いことなんだから!」
ティアーネの言葉に嘘は含まれていなかった。
そんなティアーネの熱を帯びた説明を聞いて、先程まで暗い表情だったロシェットの顔と目に、徐々に明るさが宿ってくる。
「そ、そうなんだ……」
「だからこそよ。まずはロシェに、魔法の基礎的な仕組みをしっかりと教えるの。お母さんが」
「は、はいっ! よろしくお願いします、母上っ」
「よろしい」
すっかり勉強の士気が戻ったロシェットの様子を見て。満足げに腕を組みながら、こくこくと頷いたティアーネは。
椅子に腰掛けると、どこからともなく取り出した教鞭を握り。
先程、魔法で机上へと移動させ、開いた魔法の指南書の内容について説明を始める。
「体内の魔力を集めて、体外へと放出する。その時、魔力は持たせた属性を具現化する。それが魔法の基礎よ」
「はい。確か……火属性なら炎が、風属性なら突風が、ですね」
「正解。自分の得意な属性以外も理解してるなんて、さすがはロシェね、えらいわ」
ロシェットが得意としている属性は、雷。
ティアーネが我が子を授かったのは、父親である国王が雷の魔剣を継承した後であり。魔剣が影響を与えた可能性も少なくないだろうが。
二人の子であるロシェットが雷属性を得意とする、という事実を。言わば、父親との愛の結晶としてティアーネは好意的に受け止めている。
今、ティアーネがロシェットを褒めたのは。単に息子の勤勉さを褒めただけではなく。
ロシェットが父親の力を継ぎ、自分から産まれてくれた事をあらためて実感し。
少しばかり過去の回想に浸りかけていたが。
「あの……母上?」
「あ、っ……ああ、ごめんなさい? 魔法の基礎の説明の途中だったわねっ」
ロシェットの呼び掛けで、過去から現在の勉強部屋へと意識が戻されたティアーネ。
慌てて咳払いをして、目の前のロシェットから机上の指南書へと目線を移し。
「……で。属性を帯びた魔力を飛ばす、一番分かりやすい例が攻撃魔法ね」
「はい。先日、母上に教えてもらった『雷の矢』ですが。何とか発動出来るようになりました」
魔法に熟練した魔術師ならばともかく、まだ魔法を学んだばかりのロシェットは一般的な人間と同じだ。
ちなみに、魔力があれば誰でも魔法が使えるとはいえ。一般的な人間が、火を灯す「点火」や風を吹かせる「そよ風」等の基礎魔法を習得するには。最低でも一〇日程度の練習を必要とするのだが。
ティアーネが基礎魔法より高位の初級魔法である「雷の矢」を、ロシェットに教えたのはつい三日前の話だ。
つまりロシェットは、普通に見積れば一〇日以上は懸かる魔法の習得を。たった三日で達成してしまったのだ。
「うん、うん、さすがはロシェ。基礎を学ぶ前からこんなに早く魔法を覚えられるなんて」
しかし、ティアーネはその結果に驚かない。
ロシェットが持つ魔法の素養を、母親として、
魔法の教師役として誰よりも理解していたからだ。
「それに、『雷の矢』をロシェが使えるなら、次の説明がしやすくて助かるわ」
「え? それはどういう意味ですか」
「だって、これからの説明は。ロシェが覚えた魔法の応用、ちょっと工夫すれば違う魔法になる……ってことなんだもの」
つい直前、リュゼとの剣の鍛錬の時間に。使用を禁じられていた身体強化魔法を試すくらいに、成果を出す事に焦りを感じていたロシェットは。
今、教師役のティアーネが口にした言葉の意味──新しい魔法を習得出来る可能性に、迷わず食い付いた。
「お願いします。僕にその応用を教えて下さいっ」
隣に座るティアーネに、真剣な眼差しを向けるロシェット。
頼まれずとも、優れた素養を持つロシェットに魔法を教えるのはティアーネの本懐だ。
才能を見出す事で、自分の助言一つで。溺愛する息子の、劣等感という心の枷を解き放つことが出来れば、という願いを込めて。
ティアーネは説明を再開する。
「ロシェが覚えた『雷の矢』は、集束させた魔力を遠くへ放つ。一番基本的な攻撃魔法よ、そして──」
話しながら、ティアーネは指を三本立てて。「雷の矢」の簡単な説明を終えた途端に、立てた指を一本畳む。
魔術師や魔法学院では「矢」や「弾」と呼ばれ、魔力を遠距離まで届かせる事を重視しているが。
反面、対象に届くまでの間に魔力が離散し。同じ初級魔法の攻撃魔法と比較すると、威力が低く抑えられてしまう短所がある。
「と、いう事は……あと二種類、違った方法があるというのですか?」
ロシェットの言葉にティアーネは一つ頷いてみせる。
矢の説明で指を一本折ったティアーネだが、逆に言えばまだ指を二本立てたままだ。つまりは矢とは異なる魔力放出の方法を、教師役の彼女は示唆していたからだ。
「今日ロシェに教えるのはその二つ。剣と球……遠くへ飛ばす『雷の矢』と理屈は一緒、でも全然違う魔法よ」
その言葉を聞いたロシェットが、驚きのあまり思わず唾を飲み込み、喉を鳴らす。
「雷の矢」
雷属性を帯びた魔力を前方へ集束し、対象へと投射する初級魔法の一つにして、ごく基本的な攻撃魔法。
雷属性の特性として、投射速度は一二の属性の「矢」の中でも一、二を競う高速を誇る上。命中した対象は身体が一時的に痺れ、動きを鈍らせてしまう。
なお、矢と魔法名にはあるが、決して矢の形状を取るとは限らず、術者によって形状は違ったりする。




