1話 ロシェット、剣士として成長中
番外編その八は、ホルハイム第一王子ロシェットに焦点を当てた物語となります。
ロシェットやリュゼの詳細は三章、四章と。八章の閑話にも書かれています。
──ホルハイム王国。
大陸北に領地を広げた帝国と。東は東部七国連合、南にはスカイア山嶺を隔て砂漠の国と。三つの大国に挟まれた小国ながら。
先の北の軍事大国ドライゼルからの侵攻を、周辺国の支援もあって跳ね退けた事から。国王イオニウスは「英雄王」の勇名をさらに大陸に広める事となったが。
そんな「英雄王」の一人息子。
次代ホルハイムの王名を継ぐ者として、周囲からの期待を寄せられていたのが。
まだ弱冠一一歳のロシェット・ノルテ・ティアーネという人物の悩みの種だった。
「……はぁ」
母親譲りの短く切り揃えられた金髪、一見すると少女にも思える中性的な容姿と体格は。御世辞にも筋骨逞しい「英雄王」の面影はない。
そのロシェットは王城の自室にある窓の手摺りにもたれ、大きな溜め息を吐きながら。
本日も行われた剣と魔法の鍛錬を思い返す。
◇
「……あ」
頬に触れるかどうか、僅かな間を空けて木剣が止まる。
その木剣を振るったのは、剣技を指南してくれる役のリュゼだ。
「攻撃の後に身体が前に流れてしまってますよ」
決して身体に当てはしないが、こちらが隙を見せれば打ち込んでくる、そんな条件で。連続して攻撃を放つための訓練の最中で。
二撃目を放った際。
リュゼが一歩退いた事を見逃がし、一撃目と同じように木剣を振るってしまうロシェットは。無理に木剣を届かせようと手を伸ばし、結果……身体の均衡を崩してしまい。
生まれた隙をリュゼは見逃してはくれなかった、というわけだ。
リュゼの得物が木剣でなければ、顔もしくは首を深々と斬られ、勝負は決着しただろう。
木剣が顔から離れると同時に、ロシェットは身体の力が抜けたようにぺたりと地面に座り込んだ。
「はは。やっぱまだまだリュゼには敵わないなあ、僕は」
「焦っているのですか?」
「え?」
目敏いリュゼは、隙だけでなく。ロシェットの剣から何かしらの焦りを読み取ったのだろう。
何故なら。
「先程の連続攻撃は、あまりに強引でした。普段のロシェット様なら有効な一撃にならない、と理解して一度引くところですが」
「あ……」
普段からロシェットの剣の指南を任されているリュゼの指摘は、あまりに的確だった。
母親である王妃ティアーネは、精霊の力を行使する魔法への順応性、そして魔力に優れながらも。人間より非力で華奢な身体能力である妖精族。との間に誕生した半妖精族だ。
そんな妖精族でもある王妃と、父親である国王との間に誕生したのが、半妖精族のロシェットである。
英雄王の血よりも、髪の色や少女にも見える華奢な体格からも母親の血を色濃く受け継いだロシェットは、争い事を好まぬ内向的で穏やかな性格をしており。
その性格と種族としての特性は、剣の腕にも当然影響を与え。どちらかと言えば攻撃側に回るより、まずは防御と。相手の出方を見る、慎重な攻め方を得意としていた。
「ぼ、僕だって英雄王と呼ばれる父上の血を継いでるんだ、もっと、強くならなくちゃ」
「……そうでしたか。まさか、ロシェット様がそのような考えを持ってくれていたとは」
戦いに慎重を求めるのは、決して悪手ではない。
ましてやロシェットは王族であり、唯一の王位後継者という要人なのだ。生命を守るために用心に用心を重ねるのは寧ろ当然、義務と言ってもいい。
日頃から自分の戦い方や性格に不満を抱いていたロシェットは、まさにこの日。
自分の殻を自ら、破ってみせたのだ。
「私としても……攻める気の無さはロシェット様の剣の欠点だ、と思ってはおりました」
鍛錬の場において慎重であり続けるのは、攻撃技術の向上を妨げるだけでなく、ロシェットの今後の方向性すら縛ってしまうのではないか。
ロシェット同様に、リュゼもまた問題視していたのだ。
そんなロシェットが、有効打を与えられないと理解しながら退かず、強引に腕を伸ばしてまで連続攻撃を仕掛けてくるなど。リュゼも初めての事だった。
「じゃ、じゃあ!」
リュゼの評価を聞いて、一瞬だけロシェットの表情が緩む。
しかし、次の瞬間。
「──ですが」
リュゼの厳しい視線が、座ったままのロシェットをしっかりと捉え。肩が驚いてビクッと震えたロシェットは、気付けば自然と背筋を伸ばしていた。
「今のは決して褒められた攻撃ではありません。体勢を崩して大きな隙を作るなど本末転倒だからです」
「ちなみに。次もまた同じ隙を見せたら、今度は止めずに当てますよ?」
何を当てるのか、当然──木剣を、である。
命中する直前で止めたリュゼだが、先程の攻撃は思想の変化こそ好ましいと評価はしても。攻撃そのものは御世辞にも「良し」とは言えない無謀、かつ無茶な一撃だった。
だから、変な癖を身に付ける前にしっかりと痛い目を見せて修正する。それもまた、剣の指南役を任されたリュゼの役割であったりする。
「言っておきますが。国王だけでなく、ティアーネ様にも許可は貰ってありますから。遠慮はいたしませんよ」
一人息子となるロシェットを溺愛している王妃ティアーネは最初、剣の鍛錬をそれはそれは強く反対していたくらいだ。
『だって……ロシェットが傷ついたらどうするのよ?』
……という理由で。
国王含む周囲の説得もあり、ホルハイムと帝国との戦争もあってか。渋々ながらロシェットに剣の鍛錬をする事を認めさせたのだ。
王妃と同種族、妖精族であるリュゼが担当ならば、という条件付きで。
リュゼは、王妃ティアーネと同じく妖精族でありながらも。
故郷である集落では「魔狩人」と呼ばれ。非力な妖精族には珍しく、扱いには腕力を要する鉄鎖を武器とする女戦士であり。
先の帝国との戦争では、王都アウルムを包囲した帝国軍を相手に。鉄鎖と長剣を左右に持ち、無数の帝国兵を薙ぎ倒した。
包囲戦での戦功と実力を、国王だけでなく王妃もまた信用したからこそ。ロシェットの指南役として認めたのだろう。
そのリュゼが、一息置いてロシェットに先程の攻撃について。
無理やり攻勢に出た事とは別に、もう一つの違和感についてを問い質す。
「それに──ロシェット様」
リュゼの言葉と視線に、立ち上がろうと腰を上げていたロシェットは不意にリュゼから視線を逸らした。
問い掛けるリュゼの口調が冷ややかに変わった事に、即座に気が付いたからだ。
「先程の攻撃、剣の鍛錬では禁止していたはずの身体強化を……こっそりと使いましたね?」
「え⁉︎ な、何の、ことかなあ……」
リュゼとの剣の鍛錬の時間は、あくまで剣技や体捌きを身体に学ばせる事が目的であり。魔法を使った、より実戦的な手合わせは禁じている。
魔法の鍛錬はまた別、こちらは王妃ティアーネ自らが担当を名乗り出た。
「誤魔化しても駄目です。先程、ロシェット様の剣を止めた時に魔法に気付かないと思いましたか?」
「そうだよね。いつも特訓してくれてるリュゼが気付かないわけないよね」
先程、体勢を崩して隙を狙われたロシェットの一撃は。確かにリュゼが言う通り、詠唱を省略して身体強化魔法の一つ「筋力上昇」を使ったからだ。
だが、無詠唱魔法はまだまだロシェットも使い慣れていなかったようで。不自然に腕の力だけが増した事でより一層、体勢を上手く維持出来なかった……という訳だ。
「なのでこの事は、しっかり王妃様に報告しておきます」
「ちょ、ちょっとリュゼ? それは内緒にしておいて欲しい、かな」
「駄目です。でないと私が王妃様に叱られてしまいますから」
王妃がロシェットを溺愛しているからとはいえ、魔法の勉強の時間を甘やかしてくれるわけではない。寧ろ溺愛しているからこそ、教師役を買って出た王妃は課題を積み上げるのだ。
愛する一人息子を一人前の魔術師とするために。
「……やっぱり、リュゼは意地悪だ」
「そのような顔をされても駄目です。さあ、もう一本いきますよロシェット様」
「う、うんっ! お願いします、リュゼ──」
こうして、不機嫌に頬を膨らませたままロシェットは。
次こそリュゼに叱られまい、と自分の問題点と向き合いながら、剣の鍛錬を続けていくのだった。
 




