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閑話② 紅薔薇、新しき紅の三将軍

 それもその筈だ。

 今、ロゼリアの目の前に(ひざまず)く巨漢の男、ゼクトールは。ロズワルドが当主であるアーレン子爵家の長子なのだから。

 ゼクトールという人物は、紅薔薇(グレンガルド)公爵領内にある騎士養成所で名が知れていた。剣や槍よりも、巨大な戦杖(メイス)を好んで使用し。重い全身鎧(フルプレート)を着こなす、同じ世代では並ぶ者のない実績を残した男である。


 父親の会話を振った上司であるロゼリアに、明らかに敵意を()き出しにした視線を向けたゼクトール。


「ゼクトール。お前の父親には、私もだいぶ世話になった」

「言っておくが……俺は親父の縁故(えんこ)でここまで(のぼ)り詰めたわけじゃねえ」


 子爵という、決して高い地位ではないロズワルドが。紅薔薇(グレンガルド)軍の三傑に数えられていたのかと言えば。

 それは武勇と実績に優れ、しかも部下の人望まで集めていた名将だったからだ。何を隠そう、紅薔薇(グレンガルド)公ジークに才能を見初(みそ)められたロゼリアが将軍位に就いた時も。まだ若輩(じゃくはい)者だった彼女(ロゼリア)を横で支えたのは、この老将軍だったから。


 (ゆえ)に、いやだからこそ。ゼクトールは自分の父親・ロズワルドの名前を話題にされるのに明確な嫌悪感を(あら)わにする。

 努力で実力を磨き、周囲との違いを何度となく見せ付けても。成果の全てを「父親の縁故(えんこ)だ」と決め付けられてしまう事に対して、と。

 父親(ロズワルド)の実力には到底及んでいない事を、何よりもゼクトール自身が一番理解していたから、であった。

 そう。

 ゼクトールは父親ロズワルドを嫌っているどころか、何よりも尊敬していた。だからこそ。


「俺は……先のホルハイム戦で親父に傷を負わせた女傭兵を、絶対に許さねえ……っ」


 吐き捨てるようなゼクトールの言葉を聞いたロゼリアは、目元を(わず)かに歪ませる。


 ホルハイム戦役の終結直後、「紅の三将軍(トリ・ジェネラ)」は崩壊した。

 ロゼリアこそ健在だったが。ロズワルドは先の戦争で負った傷が深かったのと、敗戦の責任を自ら取って将軍位を辞し。最後の一人、ロザーリオに至っては戦死していたからのが理由だ。


 ゼクトールは、父親が一線を退(しりぞ)く原因となったのは。一騎討ちでロズワルドが敗北した相手──「漆黒の鴉(デア・クレーエ)」なる女傭兵だと勝手に断定し。

 いつか戦場で遭遇(そうぐう)した時には、父親の無念を晴らしてやる思いを胸に抱いていた。


 ロゼリアの感情が乱れたのも、まさに同じ理由からだ。何しろロズワルドを倒したその女傭兵──アズリアは。ロズワルドだけでなくロザーリオ、そして彼女(ロゼリア)も倒した相手だったのだから。

 だが、感情を乱したのも(わず)かな間。周囲に悟られる事なく、冷静さを取り戻し。


「見損なうなゼクトール」

 

 ロゼリアは(ゼクトール)の敵意にも似た視線を真っ向から受け止め。

 それ以上に鋭い眼光でゼクトールを睨み返す。


「それともお前は……私が私情で軍の人事を好きにする人間だと言いたいのか?」

「い、いえ、そ、そのようなつもりじゃ──」


 最早(もはや)ロゼリアも、将軍位に就いてから四年が経過しようとしていた。老将軍(ロズワルド)に支えられていた若輩(じゃくはい)者はもう、この場にはいない。

 今やロゼリアは、紅薔薇(グレンガルド)軍の内部でも確固(かっこ)たる立場を築いていた。そんな彼女(ロゼリア)が、この(たび)のラムザス侵攻戦で初めて兵の指揮を任される若輩者(ゼクトール)に、押し負ける道理はなかった。


 ロゼリアの発する迫力に完全に飲まれ、反論の言葉を失ってしまうゼクトールに。


「なら、黙らせてみろ」

「え?」

「今回の相手は、お前と父親との関係など何も知らぬラムザス王国の兵士らだ。この戦争で戦果を上げれば、陰口を叩く連中もすぐに口を閉ざすだろう」


 当然ながらロゼリアは、ゼクトールがロズワルドの血縁という理由から選抜したわけでは決してない。

 帝国重装騎士(インペリアル・ガードナー)だったロズワルドの、防御に重点を置いた戦闘法とはまるで違うが。圧倒的な攻撃の手数と、優れた腕力が繰り出す一撃の重さは他の将軍候補を凌駕(りょうが)する武勇だった。

 (むし)ろ、ゼクトールがロズワルドの血縁だと彼女(ロゼリア)が知ったのは選抜を終えてからなのが、実の話だったりもする。


 かつての同僚だった老騎士と、若き将軍候補(ゼクトール)が親子と知ってから。

 ゼクトールが活躍する(たび)にロズワルドを引き合いに出し、あらぬ(うわさ)をする(やから)が少なからず存在する事をロゼリアもまた把握していた。

 それでもゼクトールを今回のラムザス侵攻戦に登用したのは、戦功を()って悪評を広げる人間を黙らせるためだ。


 この時点でゼクトールは、上司であるロゼリアの思慮深さを理解し。また同時に自分の無礼な態度を反省し。


「も……申し訳ありませんでした、ロゼリア様っ!」

「よい。もし、謝罪が足りぬと思うなら。不足分は戦功を()って示せ」

「は、ははあっっ!」


 隣に並んでいた他の二人よりも深く頭を下げる。

 ゼクトールの横に並ぶ二人もまた、新しい「紅の三将軍(トリ・ジェネラ)」結成のために集められた優秀な人物であったりする。


 法衣(ローブ)を纏った線の細い神経質そうな男の名は、エンブリラ。

 武勇に比べ、他国より魔術開発が遅れている事を危惧(きぐ)した紅薔薇(グレンガルド)公により。数年前に創設された魔術学院を、優秀な成績で卒業したのが彼、エンブリラである。

 魔術の才能も優れていたが、学院卒業生には彼よりも優秀な能力を示す者はいた。にもかかわらず、エンブリラが注目され、今回の侵攻戦に抜擢(ばってき)された理由とは。


「エンブリラ。報告では、魔法よりも戦略的思考を大層評価されていたそうだな」

「はい。魔術師を目指していた人間でしたが、どうやら私には魔法よりも戦場で誰をどう動かすか……考えているのが(しょう)に合っていたようで」


 ロゼリアが注目した点、それは。

 エンブリラが学院内で「英雄と魔神」という盤上遊戯において、卒業するまで一度も敗れた事がない、という戦歴を知ったからだった。

 英雄と魔神、とは。英雄側は白の駒、魔神側は黒の駒を用いて、様々な動きをする駒を交互に一度ずつ動かし。互いが一個だけ持つ王の駒を取り合うというものだ。

 勝つためには、ただ闇雲に動かせばよいものではなく。相手の思考を読み、時には機先を制し。攻めるのみでなく相手を待ち、罠に嵌めたりと。実際の戦争の指揮にも通じるものがあるため。


 この遊戯で一度も敗北を知らないエンブリラが、実際に戦争を指揮した場合。一体どうなるのかをロゼリアは興味を持ち。

 先にロゼリアが滅ぼした死者の騎士(レイスナイト)、その復活に呼応し、大量に発生した低級亡者(アンデッド)殲滅(せんめつ)戦の指揮を。何度か部分的にエンブリラに任せてはみたのだったが。


 結果は、ロゼリアが予想していた以上だった。


 エンブリラが指揮した部隊は、他の部隊よりも効率よく亡者(アンデッド)を一掃し。しかも兵の損害も目に見えて少ないという、学生の初陣(ういじん)としてはあり得ない戦果を残したからだ。


 そして、全身を黒装束(くろしょうぞく)に包み、顔すら見えない人物。

 彼女は、キュネイ。

 元は紅薔薇(グレンガルド)公爵ジークが直属である秘密部隊「ナイトゴーント」の一員だった人物でもある。

 ナイトゴーント隊は、主に敵拠点へと秘密裏に潜入し。破壊工作や暗殺などを任務とする、一般の兵士や騎士にすら知られてはいない部隊であり。隊に所属する全員が魔族なのではないか、とすら(うわさ)のある部隊だった……のだが。

 ナイトゴーント隊もまた、ホルハイムとの敗戦後に多数欠員が出来た事で隊の維持が出来なくなった、と。紅薔薇(グレンガルド)公から聞いていた。


 しかし──まさか秘密部隊の一員が、ロゼリア率いる部隊に派遣されてくるとは。

 ロゼリア当人も、キュネイが無言で差し出した紅薔薇(グレンガルド)公からの伝言に目を通すまで、初耳だった。


 そのキュネイだが、彼女の能力は入隊時に実施された模擬戦を見た程度だったが。

 相手となった騎士の攻撃を難無く回避し、一瞬の隙を突き鎧の隙間を攻撃、さらに素早く剣の攻撃範囲と距離から離脱。騎士を翻弄(ほんろう)する戦法は、さすが公爵子飼いの秘密部隊だけはあった。

 

「エンブリラ、キュネイ……二人にも期待している」


 武勇に秀でたゼクトールを、隠密行動に長けたキュネイを。知略に優れたエンブリラが上手に動かす事が出来れば。この三人が生み出す戦果はどうなるのか。それぞれが単体で活躍するよりも格段に上がるのだろうか。


 それこそが、新しい「紅の三将軍(トリ・ジェネラ)」を結成したロゼリアの思惑でもあった。


今回の閑話ではここまで。

ラムザス攻防戦がどんな結果となるかは、多分外伝として書きたいと思います。

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