表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1548/1761

閑話② 紅薔薇、その名を継ぐ公爵の力

 部屋の中央に唯一人立っていた赤髪の男は、玉座の前の床に座り込んでいたラムザス国王へ視線を向けた。

 これ以上ない、と言える程の冷たい視線を。


「この場で貴様を燃やし散らすのは容易(たやす)い。だが……それでは我が帝国(ドライゼル)の強大さを示す事は出来ぬからな」


 言葉を終えるより前に、興味が失せたかのように国王から視線を外した赤髪の人物は。

 姿を現した時と同じように、足元に湧いた闇の中へと徐々に身体を沈めていき。


「ラムザス王国よ。戦場で正面から蹂躙(じゅうりん)し、この国を貰う。精々(せいぜい)、兵の練度を鍛えておく事だ──」


 口上を言い終えると同時に、床に広がった闇に赤髪の男の身体は完全に沈み。

 役割を終えた闇もまた完全に消え去ると、謁見の間にはただ沈黙だけが(ただよ)っていた。

 

 紅薔薇(グレンガルド)領からの使者に騎士が剣を突き立ててから、あっという間の出来事。


「……な、何だったのだ、今のは」


 沈黙を破ったのは、姿を消した赤髪の侵入者に睨まれたばかりの国王。

 正直、謁見の間で一体何が起きたのか。国王だけでなく、部屋にいた重鎮らも全く理解出来ていなかったからか。

 全員が国王の言葉に首を縦に振る。


 何者か、と聞いてこそいたが。国王をはじめ、王国(ラムザス)の重鎮らには侵入者の正体に見覚えはあった。

 

 紅薔薇(グレンガルド)公爵ジーク。


 宣戦布告の使者を送り付けていた敵国ドライゼルの、皇帝に次ぐ権力者である人物。

 当然、外交の場で幾度(いくど)となく目にしてきた容姿のままだ。見間違える訳はない……のだが。


「い、いや……そ、そんなはずは。わざわざ公爵が敵国に足を踏み入れる……そんな馬鹿な真似をするわけがない」

「で、ですが、あの赤い髪に整った容姿……わ、私も一度目にした事があります。あれは……確かに帝国の、紅薔薇公爵でした」


 信じられない、という表情を浮かべ。首を何度も横に振り、自分の頭にある想像を否定していく国王だったが。

 国王に一番近い側近は(むし)ろ、自分が目撃した時の記憶に間違いないと。国王とは全く逆の見解を示す。


 姿を知っていながら、侵入者が紅薔薇(グレンガルド)公爵である可能性を否定する理由──それは。

 

 突然の宣戦布告だった、とはいえ。

 使者を殺害した時点で最早(もはや)この国(ラムザス)は引き返す選択を閉ざしたと言える。


 ラムザス国王が愚か、と思える強硬な姿勢を崩さなかったのは。

 過去にも幾度(いくど)か、帝国(ドライゼル)との軍事衝突は起きたものの。その全てをこの国(ラムザス)は撥ね返し、防衛してきた実績からだ。

 

 ──しかし。

 同一人物と思える赤髪の侵入者が見せたのは、突然部屋へと転移してくる所業に。

 複数の騎士を、骨や鎧の一片すら残さずに灰塵(かいじん)と化した強烈過ぎる火柱の威力も含め。

 およそ高位の魔術師でも至難の(わざ)と思える魔法を。動作や詠唱もなく、いとも簡単に発動してみせたのだ。

 東部七国連合(イースト・セブン)のさらに東に位置する、魔法の熟練こそ国家の至上主義な魔導王国ゴルダならばともかく。然程(さほど)魔法に力を入れている話など聞いた事のない帝国(ドライゼル)の、しかも貴族階級に属する人物がそれ程に強大な魔術師だと。

 王国の勝利を願うしか道のない国王としては、決して容認するわけにはいかなかったからだ。

 

「──そう言えば」

「ま、まだ何かあるというのかっ?」


 そして、ラムザス側の不安要素は公爵が侵攻戦に参戦する可能性以外にも、まだある。

 また別の側近が一人、今更思い出したかのように国王に報告を始めた。


「……現在、我が国で脅威となっている亡者(アンデッド)ですが。帝国側で脅威となっていないのは、国境軍にあの『焔将軍』が派遣されたからだと」

「な、何だと! あの最大戦力まで国境に配置してあるというのか⁉︎」


 側近からの報告を聞き、本日何度めになるだろう驚きの声を上げたラムザス国王。


 先のホルハイム戦役でも縦横無尽の活躍をした、火属性の魔法の天才と名高い紅薔薇(グレンガルド)公爵軍の女将軍・ロゼリア。

 別名「焔将軍」とも呼ばれた人物が、今回の戦争に参加するかもしれない、と知ったからだ。


 これまで帝国(ドライゼル)の侵略行為を撥ね退()けてこられたのは、王国(ラムザス)の戦力の強大さよりも。

 帝国(ドライゼル)側が「本気の侵攻ではなかった」という理由だったが。その紅薔薇(グレンガルド)公が、秘蔵っ子である彼女(ロゼリア)を派遣した事実が示すのは。

 これまでと違い、今回の侵攻は本気だという事だ。


「ま、まずは急ぎ、帝国との国境に王都にいる全軍を派遣せよ! 帝国の連中を一歩たりとも我が国に踏み込ませぬためにもっ!」

「そ、それは……」


 立ち上がった国王は、側近らに来たる帝国(ドライゼル)との戦争に向けて迎撃体勢を整えるよう指示を出すも。

 側近らは皆、承諾(しょうだく)をせずに。難しい顔を浮かべて隣の人間と顔を見合わせていた。


「……お忘れですか国王。我が国には現在、帝国よりも間近の脅威、亡者(アンデッド)の大群が発生している事を」

「普段ならばここ王都(リーゲン)に常駐していた近衛騎士らも。亡者(アンデッド)討伐のために近隣の都市に派遣しております(ゆえ)

「むぅぅ……国境への援軍は事実上不可能だ、と言いたいわけか」

「残念ながら」


 側近たちは口々に、現在対応に苦慮(くりょ)している亡者(アンデッド)の大量発生を挙げ。王都を防衛するために必要な数以外は、近隣の都市に派遣している現状を国王へと告げると。

 側近らの提言に、国王は自分の命令を撤回するしかなかった。


 こうして、王国(ラムザス)側が圧倒的不利な状況で。

 帝国(ドライゼル)の侵攻を阻止しなければいけなくなったのだが。


 ◇


 紅薔薇(グレンガルド)領とラムザス王国の国境を沿って流れる、ライン川の支流の一本。

 

 宣戦布告の使者を王国(ラムザス)側に送った、という報告を。事前に紅薔薇(グレンガルド)公爵ジークから受けていたロゼリアは。

 既に直属の騎士や兵士、五〇〇名の第一陣をまず率いて。紅薔薇(グレンガルド)領側の川岸にて、天幕(テント)を張り、陣を築いて待機していた。

 後方よりは第二陣以降、合計三〇〇〇もの兵士が続いて進軍している。


 その天幕(テント)の一つ、ロゼリアが待機する一際大きな天幕(テント)の中では。

 率いた兵士や騎士らの格好とは明らかに違う三人が、総指揮を取るロゼリアの前に片膝を突き、頭を下げている。

 

「さて、今回のラムザス侵攻戦は。お前たち三人が私の異名を継いでから初、まさにお披露目(ひろめ)の場となるが」


 微笑を浮かべながら、三人に話を振るロゼリアとは対照的に。

 片膝を突いていた三人。一人は騎士よりも頑強(がんきょう)全身鎧(フルプレート)を身に纏った巨漢の男。

 一人は魔術師である事を示す法衣(ローブ)を着た、神経質そうな身体の線の細い男。

 最後は、黒装束(くろしょうぞく)頭巾(フード)を被っているため、顔を良く見ることが出来ない。


「特に……どうだ、ゼクトール? かつてお前の父親が名乗っていた『紅の三将軍(トリ・ジェネラ)』を継ぐこととなった気分は」

「……今、親父の話をする必要はあったのかよ」


 ロゼリアが声を掛けた、ゼクトールなる巨漢の男が背中に背負っていた大楯(タワーシールド)には。

 かつてロゼリアと一緒に、紅薔薇(グレンガルド)軍では知らぬ者などいない「紅の三将軍(トリ・ジェネラ)」と呼ばれる三人の常勝将軍。

 その一人としてかつて数えられていた、帝国重装騎士(インペリアル・ガードナー)の精鋭、老齢の重騎士ロズワルド。


 その重騎士が纏っていたクロイツ鋼製の全身鎧(フルプレート)に刻まれているのと同じ紋章だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者のモチベーションに繋がるので。

続きが気になる人はこの作品への

☆評価や ブクマ登録を 是非よろしくお願いします。

皆様の応援の積み重ねが欲しいのです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ