閑話① ホルサ村、新しい住人らと奇妙な噂
だが、そんな冒険者の威勢も直ぐに収まる。
「──おい」
本来エルを含め、子供しかいない筈の孤児院を兼ねた教会に。立派すぎる全身鎧を装備し、赤みががった長髪を後ろで丁寧に束ねた若い女性が現れ。
騒ぐ冒険者、戦士風の男の肩を掴んだからだ。
「貴様らごときが偉大なるエル様を恫喝しようとした事……許し難い罪だぞ」
「な、何だと? だ、誰だお前っ!」
突然に肩を掴まれ、治療の順序を割り込むのを制止された事態に。戦士風の男は恫喝の対象を、エルや治療を手伝っていた子供らから、自分らを止めた女性へと変えようとするも。
掴まれた男とは別の冒険者の一人が、ある事に気が付く。
「お、おい待てっ? そ、その女は……いやその人物はっ──」
警告の声を発した冒険者が気付いたのは、女性が装着していた鎧の肩当てに大きく描かれていた紋章。
聖イスマリア法国では知らない国民はいない、というくらい有名な「教会騎士団」の一員である事を示す紋章だった。
しかし、警告を発したのが少し遅かったようで。
現れた教会騎士は、文句を言おうとした戦士風の男を軽々と教会の外へと放り投げていく。
「うおぉぉあああああ⁉︎」
突然の出来事に驚き、絶叫を上げながら。受け身も取れずに地面に転がってしまう戦士風の男。
一行であったその他冒険者らは、教会の外へと放り出された仲間と教会騎士とを交互に見るが。
無言ながら「お前らもああなりたいか」と訴えるような表情を浮かべる教会騎士の迫力に屈したのか。
「も、も……申し訳ありませんでしたあああああ!」
残る冒険者一行は、仲間のように放り出されたくない一心か。慌てて自分の足で、教会の外へと飛び出していった。
「ふむ。我ながら良い仕事をしました」
騒いだ冒険者を追い出した事に、胸を張って満足げな表情を浮かべる教会騎士の女性。
この人物の名はテレスティア。
冒険者が気付いた通り、元は聖イスマリア法国に属する教会騎士団の一員であり。ホルハイム戦役の際に援軍として派遣されてきたが。
実はエルが法国を脱する以前の世話役だった事もあり。戦争終結後も本国に帰還せず、本隊から一人離脱してエルの噂を聞き付け。
辺境はホルサ村に辿り着いた、というわけだ。
だが、エル当人はというと。
「こんの……馬鹿っ! 何してくれてるのよ怪我人相手にっ!」
「い、いえ、しかしエル様っ、あの者たちの偉大なるエル様を軽んじる発言の数々、許してよいものでは……」
「私はただの子供で修道女なの!」
エルとの再会を果たしたテレスティアは、法国に戻るよう懇願するも。
ただのお飾りの「聖女」として、自分の力を存分に発揮出来ない立場に戻りたくないエルは。彼女を拒絶した……筈だったが。
何故か法国に戻らず。ここホルサ村で空いていた建物を住居とし、滞在を続けていたのだ。
エルからすれば決して歓迎出来ない状況だが、対照的に村長のゴードン他住人らはテレスティアの滞在を歓迎していた。
何しろ彼女、テレスティアは見た目麗しい女性だが。元は大地母神の教会騎士団だけあり、男性とは一定の距離を保って接しているため。村の女性の良き相談役ともなっている。
しかもいざという時の防衛戦力としても申し分なく、普段は農作業まで手伝ってくれるとなれば。歓迎されない要素はない。
法国で「聖女」として扱われていた過去を知る人間がいる、という状況は非常に居心地が悪い。しかし村で歓迎されているとなれば、強く「本国へ帰れ」と言い続けるわけにもいかず──というわけで。
テレスティアに対し、事ある毎に辛辣な態度で接するエル。
「大体、相手が乱暴な手に出る前から怪我人にさらに怪我増やして、私の治療の手間増やしてどうするつもりなのよっ!」
「わ、私は、そのようなつもりではっ……」
法国では知らぬ者はいない「教会騎士団」は。その一員というだけで他国の末端貴族と同等の名声や財が手に入る地位だ。
にもかかわらず、教会に従事する聖職者の中では最も低い立場の修道女。そのエルの一声で、教会騎士が押し黙る光景というのは誰が見ても違和感を覚える。
さて。
ホルサ村に冒険者が集まる二つの理由の一つが、治療の腕に優れたエルならば。
もう一つの理由とは何なのか──それは。
「お、おい?……あれ、見ろよ」
つい先程、騒いだ事で教会から追い出されたばかりの冒険者一行だったが。
その内の一人が、教会とは別の方向を指差していた。
「あん? 一体何だってんだ、こっちは身体痛えってのに」
「いいから! とっとと全員見ろ!」
テレスティアに教会の外まで放り出された戦士風の男は、その時に地面に強く打ち付けたのか、尻をさすりながら愚痴を漏らすが。
強い口調で、仲間の男が指差した方向へと視線を移すと。指差した男と同様、驚きの表情を浮かべ。
「お、おい……ありゃあ」
指差した先にいたのは、赤い髪をした幼い少女の姿。
いや、一見髪のようだが。良く見れば色こそ赤だが、少女の頭から生えていたのは髪ではなく植物の葉。
「ま、間違いねえ、アレは……ま、妖人草じゃねえかよ」
一般的な知識として、妖人草は大地の魔力を吸い上げ、成長した植物の魔物の一種であり。
根茎がまるで人間の子供と同等の姿に成長することから「妖人草」と名付けられたが。
薬の材料や魔法の実験体として、薬師や魔術師らから依頼が出されていたりもするが。遭遇頻度の少なさから、依頼の報酬は高額となる事が多い。
しかも。物資や人員の運搬元であるシルバニアや、復興が落ち着いたホルハイム王都。さらには近隣の砂漠の国や東部七国連合にまで流布していた噂。
……それは。
妖人草がごく稀に身体から生やす果実「神樹果」が。妖人草本体を遥かに超える高額で取り引きされている、という内容だった。
おそらく、この冒険者らが妖人草に驚いたのも。
魔物が平気で村の中を歩き回っていたのを目撃した恐怖や警戒からではなく。高額な報酬を頭に思い浮かべた事での歓喜の感情からだった。
「……さっきは教会騎士なんぞに因縁吹っかけられてツイてねぇ、って思ったが。何て幸運なんだ、オレたちはよ」
「ああ……いくら前衛のお前が負傷してるとはいえ、相手は妖人草一体だ」
狙って遭遇出来る可能性こそ低い妖人草だが。
魔物としての脅威はそれ程ではない。個体によって大地属性や大樹属性の初級魔法を二、三ほど使う報告はあれど。個体そのものの実力は小鬼と同程度。大の男が武器を持てば一対一で互角という具合だ。
「見たところ、あの妖人草。噂に聞いたような実は付けてないみたいだが」
「……構わねえ。やるぞ、お前ら」
これまで何度も魔物相手に戦闘し、しかも多数対一という圧倒的優位な状況ならば。まず捕獲出来るのは間違いない。
腕を負傷していた戦士風の男が号令を下すと、全員が無言で頷き。発見した妖人草を包囲しようと散開する。
村の住人に妖人草の存在を悟られまいと、早足で全員が距離を詰めていった冒険者だったが。
妖人草まで、あと数歩まで迫ったその時。
「……へ? は、はれ……っ──」
ふと鼻腔に良い香りを感じたか、と思った次の瞬間。
急に強烈な睡魔が男を襲い、目蓋の重みに抗う暇もなく。目の前の視界と意識はみるみる内に混濁していった。
「う……う、そ……だろ……ま、妖人草が……誘眠の魔法使えるなんて……き、聞いて……ねえ、ぞ……っ……」
最後に男が見たのは。包囲しようとしていた冒険者仲間が全員、地面に倒れていた姿だった。




