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閑話① ホルサ村、何故か大盛況に

 小国ホルハイム。

 そのほぼ最南端、砂漠の国(アル・ラブーン)との国境に(また)がるように(そび)え立つスカイア山嶺。

 その(ふもと)に存在する小さな農村、ホルサ村。


 半年前に──突如、ホルハイム北に隣接していたドライゼル帝国が宣戦布告、侵攻を受け。一時、強く抵抗を続けた王都アウルム以外のほぼ全土に進軍・占領されてしまうという圧倒的劣勢に(おちい)った。

 細々と麦と葡萄(ぶどう)を育てていたホルサ村も、帝国(ドライゼル)軍が襲来。兵士らによって村は踏み荒らされ、村人からも少なからず死者が出たが。

 帝国(ドライゼル)との戦争は、海の王国(コルチェスター)東部七国連合(イースト・セブン)ら友好国の増援もあり。

 王都(アウルム)を包囲していた帝国(ドライゼル)軍を逆に包囲、敵領内にまで敗走させ。辛くもホルハイムは防衛戦に勝利した。

 これが「ホルハイム戦役」と呼ばれた戦争の大体の経緯だ。

 

 そして、戦役の終戦から半年後。

 荒らされた農地、減少した村人……といった戦争の傷痕もようやく癒えたホルサ村では。

 

 何故か、冒険者が多数押し寄せる異常な事態となっていた。

 

「ど……どうなっておるんじゃああああ⁉︎」


 村長のゴードンの嬉しい悲鳴が、今日もまた村中に響き渡る。

 無理もない話だ。


 何しろ、国内事情で考えれば。いくら各地の都市が帝国(ドライゼル)軍に蹂躙されたとはいえ、事情は村も同様である。都市部から村に住人が移動してくる事は期待出来ず。

 また、南に隣接している砂漠の国(アル・ラブーン)の国境沿いには越えるのが難しいスカイア山嶺が(そび)え立っているため。隣国からの人的援助も期待出来ずにいる……という事情があった。


 だから村長は、畑に再び小麦や葡萄(ぶどう)が実るまでに復興させられただけでも、満足すべき結果だと思っていたのだが。

 そんな村長の思惑を良い意味で裏切り、村に何故か冒険者が数人、また数組と立ち寄るようになり。来訪する冒険者への食事や宿の提供で、村の経済が(うるお)うようになると。

 今度は、村に都市部からの行商人が訪れる頻度(ひんど)が増え。みるみると村の復興は進んでいくのだった。


 その理由の一つは、新たに採掘が始まった鉱山だ。

 ホルハイムが別名「黄金の国」と呼ばれているのは、他国とは比較にならない程、国内に良質な黄金が採掘出来る鉱山を多数有するからだが。

 戦争終結後間もなく、村の付近に新しい金脈が発見され。(ただ)ちに採掘が開始されたのだが。


 資金や人員を採掘のために投入したのは、戦争で疲弊(ひへい)したこの国(ホルハイム)の王家や貴族ではなく。シルバニアに拠点を構えるアートグレイ商会。

 この商会は、戦後早くから戦の傷痕を残す各地を回り。戦後復興のために資金や物資の援助を惜しまなかった、と辺境のホルサ村にも(うわさ)は届いていた。

 資金力のある商会が鉱山の採掘に関わるのだ。鉱山の入り口付近には、鉱夫のための宿や食堂などが十全に準備されていたが。

 シルバニアからの商隊の護衛や。地中を()()とする魔獣、どさくさに紛れ金を強奪しようとする人間や魔物からの警備、といった依頼を受けた冒険者らが。

 鉱山から一番近い農村であるホルサ村へと訪れるようになった、という理由だが。


 冒険者の目的は、村長が把握しているだけでも二つ。

 まず一つが、修道女(シスター)エルの扱う神聖魔法(セイクリッドワード)。いや、正確には治癒魔法だ。

 

「え、エルちゃぁぁん、痛え、痛えよおおっ⁉︎」


 いつの間にか、鉱山の入り口に建てられた鉱夫用の施設、通称「鉱夫街」から馬車が到着し。荷台から二人ほど負傷者を降ろすと。

 修道女(シスター)エルがいる教会へと運び込まれていく。 


「もうっ、大の男が情けない声出さないでよっ?」

「だ、だってよぉ……鉱夫街にゃエルちゃんほど腕利きの治癒術師がいねぇんだよっ」


 ──そう、実は。

 急(ごしら)えで用意された鉱夫街は、宿泊施設や酒場を兼ねた食堂こそ鉱夫の人数分を準備出来ていたが。

 採掘中の落盤や事故や、魔物の襲来で負傷した鉱夫や冒険者の傷を癒す治癒術師の手配が間に合っていなかったのだ。


 冒険者──という職業そのものが、大陸ではまだ浸透してない、というのも理由であった。

 実際、ホルハイムの王都に冒険者組合(ギルド)が設置されたのは今から二年ほど前であり。大陸においても、冒険者を正式な職業として認めているのは。シルバニア王国とコルチェスター王国以外にはない。 


 今、教会に運び込まれてきた鉱夫らの脚や背中には、落盤が原因なのか。鋭く尖った岩が刺さり、頭からは血を流していたが。


「……うん。骨は折れてないみたいね、これなら」


 手際良くエルが身体に刺さった岩を抜くと。傷口からどぷり、と大量に血が溢れ出してくる。


「う、うわああっ? ち、血があああ⁉︎」


 大の男ですら大量の血に悲鳴を上げるのだ。

 幼い少女なら、流れる血に少なからず動揺を見せるところだが。エルは全く慌てる様子を見せる事なく、騒ぐ鉱夫に黙るようピシャリと言い放つ。

 

「黙って!──小治癒(ロウヒーリング)


 間髪入れずに無詠唱で治癒魔法を発動させると、男の傷口がみるみる塞がり。

 つい直前まで鳴き声にも似た悲鳴を漏らしていた鉱夫も、唖然(あぜん)とした表情で塞がった傷をジッと見ていた。


「はい、終わりっ」

「う、嘘だろ……いくら治癒魔法だからっててこんな一瞬で、傷が?」


 弱冠一二歳ながら、村外れに放置されていた教会で親のない孤児を集め、教会と孤児院を一人で切り盛りしていた修道女(シスター)であるエルは。

 都市部にある治療院や、教会の聖職者が使う治癒魔法を(はる)かに凌ぐ効果を発揮するのだ。

 つい先程使った「小治癒(ロウヒーリング)」も、普通の治癒術師ならば。これ程に迅速に、しかも深く岩が(えぐ)った傷口を治療する事は不可能だったからだ。

 

 村長のゴードンはエルの正体を。知らぬ内に村に訪れ、教会を立て直した大地母神(イスマリア)への信仰心厚い少女、程度としか知らない。

 しかし、実は。

 ホルハイム東部に隣接した東部七国連合(イースト・セブン)が一国・聖イスマリア法国にて、エルは。その身に秘めた神聖魔法(セイクリッドワード)の強力さ(ゆえ)に、「聖女(ラ・ピュセル)」として(まつ)られていた少女であったが。

 信仰心の深さが逆に(あだ)となり、より多くの人々に救いの手を差し伸べるために。自分を担ぎ上げる国から逃げ出し、ここホルサ村にまで流れ着いた──という経緯(いきさつ)があり。

 エルの持つ治癒力の高さはそういう理由だっだ。

 しかも、である。

 ホルハイム戦役での功労者であるアズリアと雷剣(エッケザックス)傭兵団と同行していた功績を認められ。

 エルが住居としていた廃教会には、王城や王都にある大地母神(イスマリア)を始めとした教会に残されていた治癒魔法に関する文献や資料が無償で提供された。

 さらなる知識を学んだエルの治癒魔法の効果は、最早(もはや)ホルハイム国内……いや、大陸全体でも一、二を競う回復力を誇っていると言っていい。

 

 勿論(もちろん)、力仕事の多い鉱夫や荒事を得意とする冒険者だ。治療を受ける連中の全員が、エルの言う事を素直に聞けるわけではない。


「──いつまで待たせんだ! こっちは痛えの我慢してんだぞ! さっさと治しやがれ治癒術師がっ!」


 負傷した鉱夫の後に、村を訪れた冒険者の一行。その一人がおそらく負傷した腕を押さえながら、怒声を張り上げ。エルが次に治療しようとしていた鉱夫の前に割り込もうとする。


 治療している教会には、エルが世話をしている孤児しかおらず。エルもまた、一二歳にしては小柄な体型だったため。

 おそらくこの冒険者らは、真っ先にエルに治療させるために暴力を脅迫材料にし。いざとなれば、武器を抜く事も辞さないつもりなのだろう。

 武器や防具を身に付け、いざとなれば暴力を振るう事も一般的に街や村で生活している住民より忌避感がない。


 冒険者という職業が、まだ大陸ではあまり認知されてはおらず。「職に就かない粗暴な連中」という誤解を受けてしまう、大きな理由の一つでもあった。


「ほら、傷を増やしたくなきゃとっとと退()きやがれっ!」

「く……くそ、っ……」


 そんな冒険者の雰囲気を読み取ったからか、頭から血を流していた鉱夫も。怒鳴り散らす冒険者ら一行に対し、二、三歩ほど退()いて順番を譲ろうとする。

600話ほどこの国(ヤマタイ)の物語を書いていたので。

ここで少し視点を変えて、元・聖女のエルや。大樹の精霊(ドリアード)の魔力とアズリアの血が混じり誕生したアズラウネが暮らす村の話を。


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