461話 残る魔竜、その頭の行方は
この話の主な登場人物
オニメ カムロギと同じ傭兵団・韃靼の一人 アズリアに敗れ戦死
イスルギ 鉄弓を扱う巨漢の弓兵 ヘイゼルに敗れ戦死
シュパヤ 南天紅雀拳の使い手 ユーノに敗れ戦死
──オレは、敗けた。
竜人族として生まれたオレ、オニメは。どの勢力にも属さず、ただ気の向くままに戦へと参加し。
溶岩の魔剣・カグツチを手に、連戦に連勝を重ねてきた事で。いつの間にか「最強の傭兵」と呼ばれるようになった。
一度、オレは戦場でカガリ家の前当主イサリビの前に膝を屈し。そのまま地下深く、光の届かぬ牢獄へ長らく幽閉されていた。
……負け惜しみではないが。イサリビとの対決で不覚を取り、オレが敗北したのは。
大規模な戦の最中、大勢の武侠を相手にし。少なからず体力も魔力も消耗していたのに加え。イサリビは用意周到に罠と伏兵を配置し、油断をした一瞬を狙われ。魔剣の力を発揮する前に、手数で畳み掛けられたからだ。
新たにカガリ家当主となった胡散臭い男・ジャトラの下で働く事を条件に。牢獄から開放され。
これでまた、溶岩の魔剣を手に暴れられると歓喜に湧いた矢先。
オレの前に立ち塞がったのが、憎きあの女だ。
確か……あの余所者の女は「アズリア」と名乗っていた。
イサリビとの対決とは違い、オレは迎撃のため待ち受ける側。対してあの女は、ジャトラが用意した防衛線を突破するため、少なからず体力や魔力を消耗していたに違いない。
つまり、オレがイサリビで。あの女が「オレが敗北した時」のオレの立場に入れ替わっていた。
圧倒的優勢。
オレの勝利は間違いない筈だった──なのに。
オレは、あの女に敗れた。
これまたイサリビの時と違い、オレが持つ溶岩の魔剣の能力を十全に使い切った。
本来ならば、圧倒的な魔剣の炎に。一対一で挑んできた敵は丸焦げにされるか、魔剣の刃で斬り刻まれるかの選択。
だが──あの女は、オレの繰り出す攻撃の全てを、馬鹿デカい大剣で跳ね返しながら。
最後、オレの記憶に残っているのは。首の肉に喰い込んでいく、分厚い大剣の刃の感触。
オレも長らく戦場で戦ってきた傭兵だ。その経験から、首に刃を突き立てられて生命を拾う……などと楽観視はしていない。
あの時、一騎討ちで敗北し。死んだのだ。
「これが……噂に聞いた、死者の国だってえのかよ……」
そう呟いたオレだったが、口から漏れた筈の声の一切が聞こえず。視界に広がるのは、光一つない一面の深い闇。
身体を動かそうとしてみるも、手や足、指の感覚すらなく。果たして今、オレの身体が存在しているのかどうかすら、目で確認すら出来ない。
死んだ後どうなるのか、まだ年齢的に若いオレが死ぬ時は戦場で散るしかなく。敗北するつもりなど微塵もなかったオレは、深く考えた事などなかったが。
確か……噂で耳に挟んたことがある。死んだ後、人は死者の国に行くのだと。
まさか、この場所が死者の国だというのか。
「つまり……あのままあの女に敗けて、オレは死んじまったってえのかよ……クソがっ!」
自分の敗北を認識した途端、込み上げてきたのは憤怒の感情。
理不尽な敗北というなら、周到な罠を仕掛けられたイサリビとの対決を普通ならば指す筈なのだが。
戦士としての実力に相当な自信のあったオレとしては。圧倒的優勢だったにもかかわらず、ただ実力で上回られた事実こそが。さらに怒りの感情が増すのだった。
「くそっ……認めたくねぇが。あの時点であの女の腕はオレよか上、今もう一度再戦しても……勝てねぇ」
自分を殺した相手に暴言を吐けど、優秀な戦士だったオニメだからこそ理解してしまう。
単純な腕力に身体速度、そして魔剣を駆使した魔力や戦術、その全てにおいて。あの女に遅れを取り、敗北した今。
たとえ自分が死んではおらず、再び息を吹き返したとしても。あの女に再戦を挑み、勝利する可能性は限りなく無に等しい、と。
その時だった。
『ならば、我が貴様に第二の生命とさらなる力を貸そうではないか』
何も、自分が発した声すら聞くことが出来ないこの世界の中。突然、聞き覚えのない声が響いたことに、オレは死んだ後だというのに警戒を強めた。
「だ……誰だテメェ⁉」
『今、我が誰かが重要な事か? それよりも、貴様を殺した相手に復讐を遂げる事──それこそが最も優先させるべきなのではないのか』
まるで今の気持ちを見透かしたかのように、謎の声は的確にオレの願望を言い当てる。
確かに謎の声の言う通りだ。死んでいる限り、復讐もクソもない。たとえ謎の声の主が何者であろうが。
「ああ、認めるぜ。その通りだよ、オレを倒したあの女をぶっ殺すにゃ、手段は選ばねえ」
オレは警戒を解き、謎の声の話を聞く。
「だけど忘れんな。あの女を殺すのはオレだ。それだけは……譲れねえ」
正面から衝突し勝てないのなら、イサリビに倣いいくらでも小細工を弄してやる。
一度オレを殺したのなら、あの女にも死と敗北の両方をくれてやる。
だが、二つの屈辱をくれてやるのはあくまでオレ自身の手で。手段を選ぶつもりはないが、復讐を他人の手に委ねもしない。
「聞かせろ。オレにさらなる力を与える、ってのは具体的に何をするつもりなのかをな」
『何、簡単な話だ。我が貴様の身体に宿る。貴様はそれを承諾する……それだけだ』
「そ、それだけ、かよ?」
謎の声の提案に、驚くほど拍子抜けしてしまう。
死ぬ前に契約を結んでいたジャトラですら、オレの愛用武器である溶岩の魔剣を没収し。オレの逃亡や反抗を封じていたというのに。
『勿論、我には我の目的がある。そのために貴様の力を借りることにはなるが』
「つまりは生命と力が先払いの報酬ってやつかい、へっ……悪くはない話じゃねえか」
この国の戦闘階級である武侠は、仕えた主人に最大の忠義を誓うが。
武侠の思想の一切がまるで理解が出来なかったオレは、この国では稀有な「金で雇われる傭兵」の道を選んだ事もあり。
「……おい、テメェが何者だか知らねえが」
謎の声が持ち掛けてきた提案に、即座に食い付いたオレは。相手の正体も、そして目的も聞かずに承諾の意思を示した。
「オレの身体を貸してやるぜ、好きにしな」
『ならば──契約は成立だ』
そう謎の声がオレに告げたその途端、今まで一面に闇が広がるだけの視界の中に。突然に差し込む、一条の閃光。
何故か、先程までは死んでいたにもかかわらずハッキリとしていた意識が、朧げになっていく中で。
『貴様の身体に宿るのだ。我の名を教えてやろう』
謎の声が自分の正体をオレへと明かし。
『我は──八頭魔竜が一頭、七ノ首よ』
◇
直後、オレは重い目蓋を開ける。
視界に広がるのは、先程までの一面の闇ではなく、オレがあの女と戦った三の門。
その城壁にもたれるよう、傭兵仲間だったシュパヤとイスルギと一緒に寝かされていた状態だ。
「じゃ、じゃあ、さっきのは……オレが死んでたでてのも、夢?」
一瞬、先程までの出来事のすべてが、傷に倒れたオレが見た幻想だと思ったが。
目を醒ましたと同時にオレは、あの女に斬られた首を触り。確かに刃の感触があった箇所に傷一つないのを確認した時。
「い、いや、違ぇ……だったら傷がない理由の説明が付かねえ」
先程までのやり取りと、魔竜との交渉が現実であった事を理解した。
まさか、この国に伝わる御伽話に登場する存在が、オレに第二の生命をくれた相手だったとは。
しかし、何故。魔竜ともあろう存在が力を貸し、オレだけに再び生命を吹き込んだのか。
そう思っていた時。
横で同じように倒れていたイスルギとシュパヤが呻き声を漏らしながら、目を開ける。
「……ううう」
「あ、あれ? い、生きてるっ?」
この二人も、あの女の仲間らと対決していた筈だ。その二人がこうしてオレ同様に地面に寝かされているという事は。
「ははっ、アンタらも敗けたんだな」
オレの言葉に、イスルギは目を逸らし、シュパヤは明らかに不機嫌そうな顔をするが。
オレもまたあの女に敗北した側だ。負けた二人をこれ以上責めるつもりもなく。
「まあ、オレも敗けちまったからな。テメェらを馬鹿にする気はねえよ」
「オニメが……負けた、だと?」
「えっ! た、戦いしか能のない姉ちゃんが?」
オレが敗北した事を知り、二人は驚く。シュパヤの言葉には棘があるように聞こえるが。戦う事が何よりも好きなオレは、別段腹を立てるつもりもなかった。
オレは横に転がっていた、愛用武器たる溶岩の魔剣を手にし。一旦、立ち上がろうと試みるが。
手や足に上手く力が入らず、身体の均衡を崩してしまう。
「ぐ……お、っ? ま、まだ身体が本調子じゃねえ……か」
死の淵から蘇った以上、今すぐにでもあの女へ復讐したかったが。
まずは体力を回復しなければ、再戦どころの話ではなかった。
「……こんな事を想定して、逃走路を用意してある。一旦、そこへ身を隠すぞ……」
イスルギという男は。巨漢のくせに、妙に細かい事に気を回す性格なのだが。
今この時ほど、その性格をありがたいと感じた事はなかった。
復讐も、魔竜の目的も。
オレの体力が戻るまでは辛抱だ。
「今は精々(せいぜい)、勝利に浸ってな……後で、このオレがテメェの顔を絶望に変えてやるからな……っ」
歯軋りを一つ。
イスルギの案内で、オレとシュパヤは何とかまだ体力が戻り切らない脚を動かし、この場を後にする。
──これが、カムロギとアズリアが三の門を訪れる、少し前に起きた出来事だった。
というわけで、第9章は本当に完結です。
魔竜の力で復活したオニメらが今後どこでアズリアを狙うのか。
残る魔竜の頭は四つ。オニメら三人を蘇えらせたのがその内の一頭なら、残る頭の行方は何処か。
果たしてエイプルは八頭魔竜から涙を入手し、青薔薇公を救えるのか。
次の章の冒頭は勝利の宴から、もしくは宴のみで10章を使ってしまうかもしれませんが。




