459話 カムロギ、かつての仲間の骸を
「──それでは」
お嬢が説得に応じ、帝国へ即座に帰還するのを諦めたところで。
両手を大きく打ち鳴らし、その場にいた全員の注目を集めたマツリが言葉を続けた。
「各々、積もる話もあるでしょうが……まずは。これまでの傷を癒やし、身体を休めるために城にお越し下さい」
それは、当主となったマツリからの入城の許可だった。
すると、先程まで会話の輪の外にいた連中から安堵の息が漏れ。真っ先に聞こえてきたのはヘイゼルの愚痴。
「……やれやれ、助かったよ。余所者のあたいらはこっから城下の街まで移動させられるのかと思ったからさ」
「まったくだ……立ってるのも実はそろそろ限界だったしなあ……」
ヘイゼルに呼応し、その場に座り込んだのは、帰還した師匠の蘇生魔法で息を吹き返した一人・バンであった。
ふと見れば、バンだけではなく。ムカダにトオミネは何とか立ってはいるものの、顔には疲弊が色濃く浮かんでいる。
大の男三人が立っているのもやっとな状態なのだ。当然、イチコら少女三人は既に膝を抱え、地面に座り込んでしまっていた。
「……うう……気持ち、悪いっ……」
「助かったのはいいけど……身体に力が……」
六人の体調が芳しくない理由は、おそらく蘇生魔法によるものだろう。
冷静に考えてみれば。死の淵から帰還し、蘇ったばかりの人間が活力に満たされている訳がない。おそらく、本来の体力や活力を取り戻すには蘇生から数日、休息を必要とするのだろう。
だとすれば尚の事、アタシらがいる位置から距離が遠く、三つの城門を通過する必要のある城下街よりも。
すぐ目の前にある城で休ませてもらえるマツリの提案は、アタシらにとって喜ばしいものだった。
だったのだと思っていたが。
提案に異議を唱える声が、アタシらの中から挙がった。
「申し訳ないが、俺は城へは行けない」
片手を上げ、堂々とした態度で入城を拒否したのは。先程、カガリ家の配下になる誓いを口にし、マツリに膝を折ったばかりのカムロギだった。
しかも、マツリの提案はおそらく、カムロギの仲間である六人の体調を見越して、であるのに。
「「ええっ?」」
「ど、どういう事ですかカムロギ?」
何故にカムロギが提案を受けなかったのかアタシは……いや、アタシだけではない。拒絶されたマツリも、この場にいたその他全員が疑問に思った。
「ま、待ちなさいなっ! そのようは自分勝手な振る舞い、たとえ主人たるマツリが許しても……この私が許しませんわっ!」
まず、カムロギへ疑問を言い放ったのは。先程までこの国に滞在する気がなかったお嬢だ。
お嬢の口から「自分勝手」なる言葉が飛び出した瞬間。アタシは思わず、吹き出してしまいそうになったが。
「そもそもっ! お前の仲間の六人は、蘇生魔法を受けた直後で。本来ならば数日は絶対に安静が必要な状態なのですよ、それをっ──」
お嬢は、アタシが知る限りで一番の神聖魔法の使い手だ。そのお嬢が口にした、蘇生魔法の対象が被る代償。その内容は、アタシの想定がほぼ間違ってはいなかった事を証明してくれた。
それが正しいのならば尚の事、イチコら六人には休息の場を提供しなければならない。
だがカムロギは、堂々とした振る舞いで反論するお嬢の前に二歩ほど踏み出すと。お嬢の言葉を途中で遮るように、深々と頭を下げてみせた。
「な……何を、っ⁉︎」
「まずは話を聞いてくれ」
アタシがこれまでに知っているお嬢ならば。如何なる理由であれ、途中で自分の発言を邪魔された時点で癇癪を起こしていたのだが。
「話を……聞いてあげますわ」
何と、誰からも諌められる事もなく自発的に、お嬢は反論を止め。カムロギに発言の場を譲ってみせたのだ。
先程までのお嬢とのやり取りでも何度か、過去のお嬢とはまるで別人かと思わせる発言や態度があったが。
発言を許されたカムロギは、一度イチコら六人を心配そうな表情で見た後。
「勝手な振る舞いは重々、承知している。その行為にイチコらを付き合わせる気はない、済まないが……先に城へ連れて行ってやって欲しい」
「「と、頭領っ⁉︎」」
あくまで別行動を取るのはカムロギ一人のみ、イチコらは城への運搬を頼まれる事となってしまった。
勿論、六人を城まで運び込むのは別段難しい作業ではない。通常でのアタシとユーノだけで、六人分の重量を抱えて運ぶ事は可能だからだ。
加えて、魔竜に喰われたと知り、決着後に後追いまで考える程の仲間を、城に運び込む事を自ら提案したのだ。
一度、マツリに忠義を誓ったカムロギが六人を置き去りにして、どこかへ放浪する可能性は……限りなく低い。
ならばこそ。
カムロギが別行動を取る理由が、一層気になる。
「……俺はまだ、やる事が一つ残っている」
その時だった。
入城を拒否したカムロギの視線が、本来なら見ている筈である困り顔のマツリに、ではなく。違う場所を見ている事に気付く。
カムロギの視線の先には──第三の城門。
城門を突破しようとしたアタシら一行は、城門を守るカムロギらと衝突し、死闘を繰り広げた場所だが。
結果、アタシらは勝利し。カムロギ側の生存者はカムロギ唯一人のみ。
竜人族の女戦士オニメ、紙巨像を操る小さな格闘家シュパヤ、そして巨大な鉄弓を軽々と扱う巨漢の弓兵イスルギといった三人の傭兵は、いずれも三の門にて戦死した場所でもあった。
「──あ」
そんな場所を今、カムロギが見ていた事で。
彼が今「やり残した事」が何なのかを、即座に理解してしまったアタシは。
話を強制的に終わらせて、城の入り口とは全く違う方向へと単独行動を始めたカムロギを。
イチコら六人も、反論したお嬢もマツリやその他の人間も、ただ呆然と見ているしかなかった中。
「待ちなよ、カムロギ」
「……何だ、アズリア」
三の門への移動を開始したカムロギを追い掛け、横に並ぶと。今度はその二、三歩先を歩き始めた。
お前の目的に気付いている、とカムロギに教えるために。
「アンタ一人であの三人を運ぶのは骨が折れるだろ」
「……勘の鋭い人間は長生き出来んぞ、アズリア」
やはり、アタシの予想は的中していた。
カムロギがやり残した事とは。
三の門に放置したままにしていた、アタシらと戦い倒れた、かつての仲間だった者らの亡骸を埋葬するためだったのだ。
死者の遺骸をそのまま転がしておくと、周囲の魔力の残滓や、奈落からの瘴気を取り込み。亡者へと変貌し、人を襲い出してしまう事例は多々ある。
そのため、教会や、時に民間で行われる死者を送る「葬儀」には。遺骸が亡者に変貌しないための儀式的手順が、含まれていたりするのだ。
変貌する亡者の種類は、生前の実力に左右される事が多い。一般的には動く屍体や動く骸骨、幽霊程度の低級な亡者だが。
カムロギと同じくアタシが剣を交えた竜人族の女戦士・オニメは相当な実力の持ち主だった。そんな亡骸が亡者となれば、どれ程に強大な魔物が発生するか想像も出来ない。
しかも、それが三体ともなれば。
下手をすれば、三の門を突破した時よりも厄介な事になりかねない。




