455話 ベルローゼ、茶番の結末は
──故に、お嬢は自ら一芝居を打つ事で。
アタシを同行させる未練を断ち切り、無理やりにこの場から退去しようとしたのだ。
女中との、すれ違った一瞬での会話を終えたアタシは。ふと、帰還の宣言をしたばかりのお嬢へと視線を向けると。
「……なんですの? 言っておきますが、私、お前には失望してるのですよっ」
アタシの目線を察知したのか。ぷい、と不機嫌そうに顔を背け、アタシへの憎まれ口を叩くのだが。
お嬢の幼少期の本心を聞かされ、しかも女中からも「これが演技だ」という確証が得られた今。
アタシに向けられた言葉や態度に腹を立てるどころか、その挙動を「愛らしい」とすら思えてしまい。
少しばかりアタシの嗜虐心に火が付く。
「ああ、お嬢がアタシを嫌いなのはわかったからさ。とっとと領地へ帰って、公爵としての仕事に精を出してくれよ」
「え?……あ、そ、そうでしたわねっ」
敢えてお嬢の言動の意図を知らない振りをし。アタシに向けた憎まれ口に対して、まるで言葉通りに受け取ったような返答をしていくと。
アタシを視界に入れないよう、逸らしていた筈のお嬢の目が。チラッ……チラッと何度かアタシを見る度に、不機嫌な演技の仮面が剥がれて未練がましい表情を見せる。
まあ……一応の和解はしたが。
だからといって、過去のアタシがお嬢から虐げられた事実が消えるわけではないし。
師匠の協力で発動させた強力な治癒魔法で、傷や体力はほぼ回復させはしたが。それでも魔竜との激戦の後だ。拳による制裁を、魔竜に対し共闘したお嬢にしようとは思わないが。
代わりに、この程度の微々たる仕返しはしてもよいのではないか……とアタシは思ったのだ。
そんなアタシの発言に対し、お嬢が取った態度とは。
「……ええ。私には精霊様から貰ったこの苗を、大事に育てるという役割を任されたのですから」
そう言葉を口にしながら、大事そうに腕に抱えていた精霊樹の若木の苗へと視線を落とす。
お嬢の言う通り、師匠から直々に譲り受けた正真正銘の精霊樹であり。
立派に育てることが出来れば、シルバニア王都や今この場にある精霊樹のように。互いの樹を繋ぐ道が開けるかもしれないし、周辺の土地の豊穣が望めるかもしれない。
しかし……師匠はお嬢に精霊樹の若木を託したものの。精霊樹が立派に生育する手助けを「一切しない」と明言したのだ。
「精霊様は言っておられましたわ……この樹の苗を、私に手渡したのは。アズリアへの行いへの報復でもある、と」
「あー……そういや、そんなコト言ってたねぇ……師匠」
報復、という言葉を口にした途端に。お嬢が一瞬だけ顔を上げ、アタシを見る。その表情は、まさに落胆という表現がしっくりとくる。
アタシに鍛錬を施した際、過去の記憶を覗き見した師匠は。幼少期に帝国でどのような目に遭ったのか、その大体を理解していた。
「ま、まあ……精霊樹が大きく育てば、船を使わなくてもこの国にも、もちろんシルバニアにも来れるようになるだろ?」
「ええ。だからこそ……この樹を立派に育て上げる事。それこそ、私がお前との関係を改善した、何よりの証となるでしょう」
通常の樹でも、苗の状態から大きく立派に成長するまでは最低でも四、五年。下手をすれば一〇年は必要となる。
しかも精霊樹はその名前の通り、ただの樹木ではなく。本来ならば精霊が住まう世界・精霊界にのみ存在するとされる植物でもあり。魔力を注ぐ以外に生育方法が知られていなかったりもする。
それが理由なのか師匠は。契約を結んだマツリには、手渡した精霊樹へ魔力を注ぎ込み。一瞬で大樹へと生育させてみせた一方で。
お嬢の目の前で精霊樹の力をこれでもか、と見せつけた上。成長する前の若木の苗のみを手渡し。生育のための助力をしない、とお嬢本人へ宣言してみせたのだから。
「たとえそれが、何年……いえ、何十年を必要とするのかは分かりませんが」
お嬢が落胆の表情を浮かべるのも当然だ、と言えるが。
一応、とは言え和解を果たした以上は。未練を残したまま、この地を去らせるのはアタシの本意ではない。
おそらく師匠も、和解の際に「アタシが何も報復しない」と予想したのだろう。だから、そんな出来の悪い弟子に変わって、仕返しを買って出てくれたのだろうが。
だからこそ。
「お、お嬢、ッ……」
これまでの演技ではなく、おそらくは本心からの悲観的な言葉を吐露し続けていたお嬢へと。アタシは歩み寄り、落胆した肩を叩いて慰めようとした──その時。
急にお嬢がこちらへ振り向いたのだ。
「──ですがアズリアっ!」
「う、おッッ⁉︎」
振り返ったお嬢の顔は、先程までの落胆の表情とは真逆の。目を輝かせ、覇気に満ちた表情を浮かべており。
掛けられた声もまた、表情と同じく活力に満ち溢れた声だったためか。肩に手を置こうとしたアタシは、声量に驚き、一歩ほど後退ってしまった。
「こ、こんな間近で大きな声出すんじゃないよッ?」
「いいから黙ってお聞きなさいなっ!」
だが、アタシが後ろに一歩だけしか下がれば。
お嬢は気勢を強めて二歩、アタシへと詰め寄ってくる。
結果、先程よりもお嬢との距離がより縮まり。あと一歩踏み出せば、互いの鼻先が触れるだろう程に迫ったお嬢は。アタシの胸を指差しながら。
「私っ、我が家紋たる白薔薇に誓って! 絶対に精霊様と……お前の鼻を明かしてやりますわっ!」
「は、ははッ。やっぱ、下手に悄らしいより、そっちのほうがお嬢にゃお似合いだよ」
どうやら。落胆していたから慰めなければ、などというのはアタシの杞憂だったようだ。
一度は精霊である師匠に助力を否定されはしたが。その時点で不足した点を嘆くのではなく、如何にして師匠から得た精霊樹を生育させるかを考えていたのだろう。
アタシとしても、和解したとはいえ。お嬢が突然、幼少期の頃から見ていた態度から一変し優しく振る舞われても。正直言って「気味が悪い」まである。
やはり、アタシの記憶の中のお嬢──「白薔薇姫」ベルローゼ・デア・エーデワルトは。周囲に対して傲慢で、常に勝ち気、それでいて貴族とのしての誇りと優雅さを忘れない性格と態度を保っていてもらいたかったのだ。
「それでは、ご機嫌よう皆様方……そしてアズリア。今回は私、大変お世話になりましたわ」
そう別れの挨拶を、貴族同士の挨拶を思わせる姿勢とともに、交わし。護衛として連れて来たカサンドラら三人と、それを呼びに向かわせた女中を追って。
この場から立ち去ろうとするお嬢に対して。
「あ──」
実を言えば──和解をしたのだから、もう少しだけ会話をし、お嬢の心の内側を理解しておきたかったのが本音だ。
だから、アタシは一瞬だけ。
お嬢を呼び止めようと一言だけ発し。その後、続く言葉を喉の奥へと何とか押し込めたのだった。
なのに。
それでも。
何故か、一度別れの挨拶をした筈のお嬢は。もう一度、こちらへ振り向いたのだ。
実は魔竜との決着から、既に71話が経過しました。戦後の仲間の問題解決だけで一章書けるほど費やしてしまいましたが。
いよいよ、本当に第9章もクライマックスです。




