表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1535/1761

453話 アズリア、大樹の精霊との別れ

 これは杞憂(きゆう)ではない。魔剣を所持していれば、起こると断言出来る未来の災厄を頭に浮かべ。

 アタシは(うつむ)き、視線を下へと落とす。


 すると。


「あ、(いて)ぇッ⁉︎」


 (ひたい)に突如、痛みを感じて。下を向いたばかりだというのに顔を上げると、顔の前には師匠(ドリアード)の手があった。

 今の痛みはどうやら、指でアタシの(ひたい)を弾かれたからだと理解した。


「もう……馬鹿ねえ、アズリア」


 そして、アタシに伸ばした手の先には。優しく微笑(ほほえ)みを浮かべた師匠(ドリアード)の顔があった。

 次の瞬間、(ひたい)を弾いたばかりの師匠(ドリアード)の手が再び動く。

 アタシは「またか」と思い、思わず(ひたい)を手で覆ってみせるが。師匠(ドリアード)の次なる行動は、アタシの想像とはまるで違い。


「わッ……ぷ?」

「──まさか」


 伸ばした手だけでなく、もう一本の腕をもアタシの身体に回して。先程、魔力を分け与えるためと同じくアタシを抱き締めてきた。

 ただ、先程と違う点が一つ。魔力を分け与えた時はアタシに身体を(あず)けてきた師匠(ドリアード)だったが。

 今度は少女の姿をした師匠(ドリアード)の胸へと抱き寄せられた、まさに抱擁(ほうよう)の体勢だった。


「人間のあなたに、精霊の私がそこまで心配して貰えるなんて……嬉しくなっちゃったじゃない」


 師匠(ドリアード)の胸に顔を(うず)め、まるでユーノにしているようにアタシは頭を撫でられていると。


「な、何だろ……コレ……アタシが知らない、あったかい感覚だ……」


 今まで感じた事のない奇妙な暖かさと心地良さに包まれる。頭を一撫でされる(たび)に抵抗する気が失せ。その感触に身を(ゆだ)ねてしまいたくなるような。

 アタシは最初、魔力枯渇の悪影響である強烈な眠気なのかと思ったが。睡魔が頭を覆う時のような目蓋(まぶた)の重さがない。


「もしかして……コレが、母親の腕の中の感覚ってヤツなのかも、しれないねぇ……」


 幼少期の時点で、既に母親はアタシの世話を放棄していたからか。アタシの記憶には「母親に可愛がって貰えた」という思い出がない。

 しかし。

 八年に渡る旅の最中に、アタシは幾度(いくど)となく自分の子供を愛おしく抱き締める母親の姿を見る(たび)に。自分が知らない母親の慈愛を、勝手に想像していたのだが。


「かあ……さん……」


 今、師匠(ドリアード)に抱かれている感覚こそ、まさにアタシの想像通りだったから。

 思いもよらず、アタシの口から言葉が溢れると。


 当然ながら、目と鼻の先にいるアタシの言葉を。師匠(ドリアード)が聞き漏らすわけもなく。


「ふふ、いいわよ。それでアズリアが満たされるのなら、母親にでも何にでもなってあげるわ」

「……え?」


 まさか自分の口から気持ちが漏れ出していた事に、全く気が付いていなかったアタシは。今の師匠(ドリアード)の言葉で、ようやく自分の胸の内が見透かされているのを察知し。

 同時に、(ほお)羞恥(しゅうち)のためか急速に熱くなる。


「あ……あ、ち、違、ッ?」

「いいえ、何も違わないでしょ? だからアズリア、これからは私のことを『師匠』呼びから『母親』と呼びなさい」


 恥ずかしさのあまり、胸に(うず)めていた顔を上げ。師匠(ドリアード)へと抗議の声を掛けようとすると。

 アタシを抱き寄せる前には、あれほど慈愛に満ちた笑顔を浮かべていた筈なのに。今の師匠(ドリアード)の表情はというと。


「いい? これは師匠としての命令だから」


 優しさとはまるで程遠い。精霊界での鍛錬で、アタシに無理難題を押し付ける時に必ず見せていた意地悪な笑顔。

 しかも、こんな時にだけ。アタシを鍛えてくれた恩義を前面に押し出してくるなんて。

 ……いや、それだけではない。

 師匠(ドリアード)には、魔竜(オロチ)の討伐の決定打だったり。イチコらを蘇生させてくれた恩義まである。

 その大樹の精霊(ドリアード)に「命令」と言われてしまえば、アタシも反論は出来ない。


 その上、さらに師匠(ドリアード)は畳み掛けてくる。

 さすがに周囲には聞こえないように、アタシの耳元に口を近付け、小声で囁いてきたのだ。


「忘れちゃいないわよね──『ぱぱ』?」


 ぱぱ、つまり一般的には父親を指すその呼ばれ方を聞いて、アタシは一瞬考え込む。

 というのも、二五歳という年齢にしては珍しいが。アタシはまだ誰かの子をこの身に宿した事はない。

 それにアタシは女だ。父親扱いされるのはどう考えてもおかしい話だった。


 アタシの中にある、とある一つの記憶を除いては。


「あ、あの妖血花(アルラウネ)のコトかよッ……」


 実は、偶然にもアタシが戦争が終結した後のホルハイムにて遭遇(そうぐう)した、本来ならば魔物の一種。

 輪郭だけ人を模した妖人草(マンドラゴラ)と違い。外見も全て、人間を模した魔物・妖血花(アルラウネ)なのだが。

 問題は、妖血花(アルラウネ)が模したその外見が。アタシの幼少期の姿だったのだ。その上、アタシを「ぱぱ」と呼び。同行していた修道女(シスター)の少女・エルを母親呼びした。

 そんな魔物を、どうしてもその場で始末する真似も、ただ野放しにしておく事も出来ず。アタシとエルは連れ帰ってしまったのだ。


 後の師匠(ドリアード)との話で、何故この妖血花(アルラウネ)がアタシの姿を模していたのか……その謎も明らかとなったのだが。


「あ、あの娘の母親ってのと、アタシの母親なのは意味がまるで違うだろッ!」

「あら。私は精霊だから、そんな細かい事は気にしないわよ? それともアズリアは、私がそれ程に狭量(きょうりょう)な器だと思ってるのかしら?」

「……ぐ」

「それを理解したら、ほら。私を母親(かあさん)呼びしなさいな、ほら」


 都合の良い時だけ精霊なのを主張され、反論が出来ずに言葉を詰まらせてしまうアタシ。

 何とか母親呼びを避けられれば、とは思っていたが。大きな恩のある大樹の精霊(ドリアード)侮辱(ぶじょく)する気など微塵(みじん)もなかったからだ。

 

「ほら。どうしたのアズリア?」

「わ、わかったよッ! い……言やあイイんだろッ!」


 迫る師匠(ドリアード)の顔が、アタシの顔に触れる程に距離を縮めてきていた。

 もう逃がれる事は出来ない、と諦めたアタシは覚悟を決める。


「か、か……ど、ドリアード、かあ、さんッ」

「──よろしい」


 慈愛に満ちた顔でも、意地悪で好奇心に満ちた顔でもなく。アタシを陥落させ、勝ち誇ったような笑顔を浮かべ。

 受け取りを拒否した大樹の魔剣(ミストルティン)を抱え、アタシから離れていく師匠(ドリアード)


「さて、アズリアと再会も出来たし。そろそろ精霊界に帰るとしますか」


 帰還する、と宣言をした途端に。師匠(ドリアード)の身体の周囲から緑の淡い光が漏れ出し始め、徐々に光量が増していっていた。

 

 しかし、疑問に思ったアタシは帰還の準備を始めていた師匠(ドリアード)を思わず呼び止める。


「え? ちょ、ちょっと待った師匠ッ……マツリと契約したのに、どこに行っちまうんだい?」

「馬鹿ね。アズリアに人間としての(いとな)みがあるように、精霊には精霊の(いとな)みというものがあるのよ」


 かつて、シルバニア国と契約していた時には。王都に立っていた精霊樹の中にいたではないか。ならば、マツリと契約した以上、師匠(ドリアード)この国(ヤマタイ)に住み続けるのではないのか……と。

 アタシは想定していたのだが、どうもそう単純な話ではないようだ。

 

 ──まあ。

 マツリが必要としているのは精霊の鍛錬ではなく、契約による豊穣と精霊樹が繋ぐ道だ。それに関しては師匠(ドリアード)が不在であっても、効果を発揮するのだから問題はない。


 単純に、アタシが師匠(ドリアード)との離別に未練を残しているだけなんだ、と。


「アズリア。私がくれてやった魔剣を押し返したおなたの我儘(わがまま)、その呼び方に免じて認めてあげるわ。でも──」


 だが、アタシが呼び止めるよりも先に。

 師匠(ドリアード)の周囲に展開している緑の光はもう、まともに直視出来ないほどに光量を強めていた。


「忘れないで頂戴(ちょうだい)ね。この大樹の魔剣(ミストルティン)は、もうあなたの所有物(もの)な事には変わりはないわ。いつでも……必要な時になったら魔剣(つるぎ)を、私を呼びなさい」

「し、師匠ッ……」


 目蓋(まぶた)を薄く開けて、何とか師匠(ドリアード)の姿を視ようとすると。緑髪の美少女の輪郭が徐々に崩れていっていた。

 やはりあの姿は精霊が、人間の世界に顕現(けんげん)する時に魔力で創り出した仮の姿なのだ。


「あ、当然。母親(かあさん)呼びで、ね」

 

 最後にその一言を発した途端。

 アタシらがいる一帯を強烈な光が包み込む。

 

「う……おッ⁉︎」

「な、何事ですのっっ?」


 あまりの(まぶ)しさに驚いたのは、どうやらアタシだけでなく。この場に居合わせた全員が反射的に腕で両眼を覆い、目蓋(まぶた)を閉じてしまう。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

作者のモチベーションに繋がるので。

続きが気になる人はこの作品への

☆評価や ブクマ登録を 是非よろしくお願いします。

皆様の応援の積み重ねが欲しいのです。

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ