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449話 アズリア、ヘイゼルと一触即発

 海賊だから、船の設計や建造が必ずしも出来るわけがない。戦うためには武器や鎧が必須な傭兵が、鍛治が出来ないように。


 しかし、ヘイゼルは別だ。


「なるほど、ねぇ……そういや、ここまで海を渡ってきたアタシの帆船(ふね)を手直ししたのも、アンタだったねぇ」

「はっ、覚えてたのかい」


 魔王領(コーデリア)から海の王国(コルチェスター)まで長らく海を渡らせた事で、アタシらが乗っていた小型の帆船はかなり傷んでいたが。それを一目で見抜き、修理してくれたのは他ならぬヘイゼルだった。

 ヘイゼルの修理の腕前は。その後、この国(ヤマタイ)まで無事に到着した船こそが、雄弁(ゆうべん)物語(ものがた)っている。

 

 つまりは。今、マツリとカガリ領の住民らが喉から手が出るほど欲している、大陸まで航海が可能な頑強(がんきょう)な船の建造方法を。ヘイゼルは提供出来るかもしれないとなれば。

 技術者として、さぞや重宝(ちょうほう)されるだろう。


「それにこの国(ヤマタイ)なら、久々にあたいも腰を落ち着けられそうだし──さ」


 そう言いながらヘイゼルは最初にマツリに一度、次にアタシへと。まるで何かの合図をするかのように、片目で目瞬(まばた)きをしてみせる。


 どうやらマツリは、今のヘイゼルの仕草を。船の建造技術と引き換えに、自分の立場と環境を整えてくれという無言の要求と受け取ったようで。


「は、はいっ! ヘイゼル様が我が領に残っていただけるなら、厚遇(こうぐう)をお約束いたしますっ」


 だがアタシは、何故ヘイゼルがここまで同行してきたのか、その動機を知っていたため。ここでヘイゼルが別行動になるのを、手放しで歓迎する事には抵抗があった。


「……なぁ、ヘイゼル」

「ん。何だいアズリア」


 だからなのか、喉から出たアタシの声は歓迎とは程遠(ほどとお)い、凄みを利かせた低い声だったが。

 そんなアタシの呼び掛けに、不敵な笑みを浮かべながら反応してみせるヘイゼル。まるでこちらの反応を予想していたかのように。


 何しろ、アタシに同行していた理由というのは。以前、ヘイゼルが活動拠点としていた海の王国(コルチェスター)では、海軍にまで海賊行為を及ぼしたことが(あだ)となり。

 高額の賞金首として、海の王国(コルチェスター)に出回ってしまった事が発端(ほったん)だった。

 その上、モーベルム近海にてグラナード商会の船を襲撃していたのをアタシとユーノで撃退した時。乗っていた船二隻を破壊した事で、海賊として再起不能となり。

 その後、ヘイゼルの心情で何が起きたかはアタシには理解出来なかったが。何故か、自分らを撃破し、船を破壊した憎き相手であるアタシに同行を申し出てきたのだ。

 ──身を守る(すべ)を無くした自身が、お尋ね者として賞金稼ぎや他の海賊、執拗(しつよう)にヘイゼルを狙うコルチェスター海軍の手から逃がれるために。


 確かに、遠く離れたこの国(ヤマタイ)ならば。海の王国(コルチェスター)で掛けられた賞金首の話が伝わってはいないし。

 追っ手から逃走する、というヘイゼルの目的は見事果たされるだろうが。


「くれぐれも、マツリやフブキに迷惑掛けんじゃないよッ」


 アタシが懸念しているのは。さらにその先の話。

 もしヘイゼルが、マツリが渇望(かつぼう)していた技術と知識を余(あます(ところ)なく提供し。この国(ヤマタイ)製の頑強(がんきょう)な船が完成した時に。

 再びヘイゼルが海賊として復帰し、活動を再開してしまうのではないかという懸念だった。


 しかし、これから客人としてヘイゼルを迎えるマツリに不要な心配を掛ける事は得策ではないし。ヘイゼルが海賊として復帰する気がないのなら、ただ彼女(ヘイゼル)懐疑(かいぎ)の目を向けた事になる。

 だからここでは、()えて言葉では語らず。ヘイゼルが良からぬ考えに至らぬよう、口調と視線だけで牽制(けんせい)してみせるも。


「さて、どうだかねえ」

「──否定しないのかよッ!」


 こちらの視線を顔を逸らして受け流し、結論を(ぼか)した返答をするヘイゼルに。

 思わず語気を強めてしまったアタシだったが。


「まあ……そのほうがアンタらしい、か」


 あまりにもヘイゼルらしい返答に、感情の(たかぶ)りは一瞬で冷め。アタシは肩を(すく)めて息を吐く。

 考えてみれば、アタシとヘイゼルとの関係は。ユーノとは全く違い、無防備な背中を手放しで(あず)けられる、とは明言し(がた)い。

 少し油断をすれば、自分を優位にするためにアタシを利用するだろう。海の王国(コルチェスター)を脱出するためアタシに同行したり。フルベ領主の屋敷を急襲した際、アタシを騙して囮役にしたり……といったように。


 だからといって「信頼していないのか」と問われれば、即座に首を左右に振って否定をするだろう。

 海の王国(コルチェスター)の王都ノイエシュタットに大量の魔物が迫った時。アタシの船を任せたヘイゼルは勝手に逃げ出す事も出来たし。

 アタシが海から落ちた後にも、律儀(りちぎ)に約束を守り、船とユーノを保護してくれていた。そもそも、今回のカガリ家の騒動と魔竜(オロチ)との戦闘に手を貸す利点など、ヘイゼルにはなかった筈なのに。

 利害が一致している限りは同じ方向を見て、共闘出来る。そして友軍である限りは決して裏切る事のない関係。

 だが、それでも。


「あたいとしちゃ、アズリア。もう一度あんたと戦って、今度は鉄球をその腹にブチ込んでやりたかったんだけどな」


 一度、顔を背けたヘイゼルが鋭い視線を再びアタシへと向けると同時に。素早く右手を動かして、腰に下げていた単発銃(マスケット)に手を伸ばす。

 

 ヘイゼルの不穏な動きをすぐに察知したアタシもまた、背負っていた本来の愛用の武器であるクロイツ鋼製の巨大剣の柄へと手を伸ばし。


「は、ッ……笑えない冗談だねぇヘイゼル。なんなら、ここで試してみてもイイんだよ。腕を斬り落とされたいならねぇ……ッ」

 

 ヘイゼルの右手に握った単発銃(マスケット)の筒口が、言葉通りにアタシの腹に突き付けられたのと同時に。

 アタシが背中から取り出した大剣が、単発銃(マスケット)を握っていたヘイゼルの腕を斬り落とそうと。頭上へと振り上げた体勢のまま静止する。


「……ひ、っ?」


 (はた)から見れば、突然アタシとヘイゼルの二人が暴れ出したようにしか見えない。

 当然ながら、間近でヘイゼルとのやり取りを見ていたマツリも例に漏れず。一、二歩ほど後退(あとずさ)って、悲鳴を漏らしてしまうが。

 即座に気を持ち直したマツリは、同じく(そば)にいたユーノに慌てて声を掛ける。


「ゆ、ユーノ様っ、二人をっ? 二人を止めないとっ!」

「だいじょうぶ」


 非力なマツリにアタシとヘイゼルを止める事は出来なくても。ユーノならば制止するのも可能な筈だ、と考えたのだろう。

 しかし、制止を頼まれたユーノは。全く慌てる様子もなく平然とした表情で、一触即発に見えるこちらを眺めていた。

 

 一向に制止に入らないユーノを不思議に思ったマツリは、もう一度。さらに慌てた口調で問い掛けると。


「え? ゆ、ユーノ様……ど、どうしてっ?」

「だって。おねえちゃんもヘイゼルちゃんも、たたかうけはいがぜんぜんないんだもん」

 

 そう。

 ユーノの言う通りだった。


 ヘイゼルが腰から取り出し、筒口を向けた単発銃(マスケット)には。実は、鉄球と炸薬(たまぐすり)装填(そうてん)されていなかった。

 構えた時点で、鉄球が装填(そうてん)されていない事を理解したアタシも。ヘイゼルに合わせて大剣を振り回してみせたが、すぐに頭上へと振り上げた武器を地面に下ろしていくと。


 ──その直後。

 アタシとヘイゼルは互いに顔を見合わせ。


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