41話 アズリアら、エクレールの闇を斬る
題名見て分かる通り、エクレール奪還後の三部作の最終話となります。
次回からラクレール攻略になると思います、多分。
「……くそっ、何だあの連中は。あんな連中がまだホルハイムに残っていたなんてとんだ誤算だっ!」
「で、ですが男爵。ラクレールまで向かえばまだ帝国軍へ渡りをつけられます!所詮は傭兵風情、帝国軍の本隊が兵を派遣すればエクレールはまた帝国の手に……」
「そ、そうだな!持てるだけの財産はすべて馬車に積み込んである。これを手土産にしてもう一度ラクレールで仕切り直すぞハーマン!」
「……は、はいっザフィーロ男爵っ!」
次の日の朝早く。
まだ街の人間の大半が昨晩の勝利の宴の余韻で頭が回っていないその隙を突くように。
資産のほぼ全てを荷馬車に積み込んで、自分らは豪華な装飾の馬車に乗り込み逃げるようにして街を出て行く灰色の長髪を後ろで束ねる痩せ気味で神経質そうな男、ザフィーロ男爵と。
全く真逆の肥え太り生え際の後退が著しい頭部のハーマンと護衛一行。
幸いにも、男爵もハーマンも伴侶に恵まれていなかったために家族はおらず、連れていたのは必要最小限の護衛のみであった。
「……領主を戦死に見せかけたまでは順調だったのだがな」
「そうですね、あの時はまさか領主も集めた兵士全員が我々の手の者だとは気付いてなかったでしょうね」
「わはは、戦死を伝えた時の……確か、ユーリアとか言ったな、領主の娘の顔はまさに見物だったぞ!」
「そうですな!わははははははっ!」
街を出てしばらく街道沿いに馬車を走らせていくと、二人は街から離れたことに安堵したのか徐々に口が軽くなり、口数も増えてきた。
そんな大声で馬鹿笑いする二人に突如、護衛の兵士から警戒を促す声がかけられる。
「て、敵襲ですッ……ぐわぁああああ⁉︎」
「お、おいっ!何だ?何が起こっているっ!おい!おいっ!誰か返事をしろっ!」
護衛が敵襲を伝えると同時に聞こえてきた絶叫の後馬車が止まってしまい、何度護衛に呼びかけても音沙汰が無かったので。
外の状況が気になる余り、危険なのは理解していても外を確認しようとしてしまうのは、別の荷馬車に積み込んでいた自分らの財産が気掛かりだったからだ。
だが、男爵らが馬車の扉を内側から開ける前に、その扉が外側から開けられたのだ。
「二人ともお急ぎのところ悪いんだけど、ちょっとアタシ達に付き合ってもらいたいんだよねぇ?」
「……き、貴様は……街を奪還した傭兵、確か……漆黒の鴉……」
「あー……その名前で呼ばれるの実は好きじゃないから、次にその名で呼んだら……殺すよ」
「……ひぃぃ!」
最初こそ作り笑いで馬車の中にいたザフィーロ男爵とハーマンを迎えてみたのだが。
色々とアタシの心の琴線に触れる発言に、作り笑いをしているのも面倒くさくなり、殺気を込めた視線で二人を睨む。
アタシの放った殺気を受けて怯える二人を無理やり馬車から引き摺り降ろす。
怯えて腰が抜けてしまっているのかマトモに立つことが出来ずに地べたに尻をついて座り込んでしまう男爵とハーマンを取り囲むのは。
アタシの他、エルにオービット、フレア。
「……ご、護衛はどうした?」
「どうなったか、自分の目で見てみるかい?」
地べたに座り込んでいた二人から見易いように立ち位置を変えてやると、フレアの火魔法で真っ黒焦げに焼けている護衛だったものが数体分転がっているのが見えるだろう。
「……ひぃィィィィィッ⁉︎」
「わ、私たちをど、どうするつもりだ?き、貴様なぞ男爵の私が一声かければ……」
「それを決めるのはアタシ達じゃない。この人だよ……ユーリアっ!」
アタシらが二人を取り囲む輪を解くと、憤慨しているとも哀しみに暮れているとも言える表情を浮かべたユーリアが一歩、また一歩と父親の仇である二人へと近づいていく。
手にはオービットが連中の屋敷から拝借してきた例の書状を持って。
どうやら二人もユーリアが持っている書状が何を意味しているのかを理解したらしく。
「……ち、違うのだユーリア嬢っ、それは我々を陥れようとする帝国の策略に違いないっ!」
「そ、そうですっ。だ、第一っ、我々にこんな形で復讐をするなど、国の法が許さないですぞっ!」
二人の苦し紛れな言い訳にユーリアは最早耳を貸すこともなく、腰に挿していた綺麗な装飾の剣をスラリと鞘から抜き放つと。
「貴方たち二人を斬った罪で、私は後で裁かれるでしょう。ですが……今は領主代行として、街を帝国に売り飛ばした逆賊をこの手で裁くのが先です」
その切っ先を男爵の眼前に突きつけると、そのまま剣を真上に振りかざし。
男爵の頭目掛けて剣を振り下ろす……前に。
男爵とハーマンの首が宙に飛んでいた。
多分、ユーリアは人を殺す覚悟を決めていながら、最後の最後でその一線を越えかねていたのだろう。
目を閉じて振り下ろした剣に何も感触が伝わらずにそのまま地面に切っ先が刺さり、そのまま剣を離して膝を折り座り込んで泣き出してしまう。
「……何で……どうして……」
もちろんユーリアの剣より先にあの二人の首を飛ばしたのは、アタシが横薙ぎに一閃した大剣だ。
座り込んで涙を流すユーリアに、エルが駆け寄っていってその肩に手を置きながら。
「いくら覚悟を決めたからってユーリアが手を汚す必要はないわ。もしその剣であの二人を斬ってたら……ユーリアはきっと領主代行には戻れなかったとあたしは思うから」
「はい……その通りです……私、父の仇を討って……人を殺めた罰を受ける覚悟でしたから……」
「余計なことだけど、ユーリアがそんな思いをしてまでお父さんの仇を自分の手で取りたかった?」
ユーリアは顔を伏せたままだが首を横に振り、エルの確信を突いた問いを否定していく。
「私……ずっと父の死に様に向き合えなかったんです。唯一戦死した事実にも、暗殺されたのかもしれないという疑惑にも……それをエルさんやアズリアさん達が明らかにしてくれた。私の中で父の死に向き合うことが出来ただけで満足してます……」
「ううん、わたし一人じゃ何も出来てないから。ありがとねアズリア」
いきなりユーリアとエルが二人してアタシに頭を下げてきたかと思うと、不意に感謝の言葉を投げてくるので。
アタシは照れ隠しに目線を逸らしながら。
「ま、まあ……ユーリアが自分であの連中を殺してやりたい、って執着がないならよかったよ。今度はあの二人殺したアタシに執着されてもさ……困るしねぇ?」




