447話 アズリア、決断した二つの理由
勿論、アタシも今ここで口にするまで次なる目的地が浮かんでいたわけではなかった。
最初はフブキの言う通り、この国に残り残る魔竜の首を狙うのも良し……とすら考えていたくらいだし。
いざとなれば、ヘイゼルがアタシとの約束を守り。この国まで乗り継いでくれた小型の帆船もある。
アタシがマチルダ将軍との戦闘で、海に落とされてしまったから中断してしまったが。また、三人で海を渡るのも悪くない……とも思っていた、が。
「……シルバニアの王都に、行こうと思ってる」
アタシは、側に聳え立っていた精霊樹を指差しながら。お嬢と姉妹二人に伝える。
師匠がこの地で成長させた精霊樹によって開いた道。その先にあったシルバニア王都に、アタシは次の目的地を定めたことを。
アタシの言葉を聞いた三人の反応は、というと。
「ふぅ……やっぱりね。精霊樹を通ったあっち側に連れて行かれた時から、薄々そうじゃないか……とは思ってたけど」
両腕を組みながら、自分を納得させるために何度も小さく頷いているフブキ。
大樹の精霊である師匠によって、この国とシルバニア王都とを繋ぐ道が出来た事実を。最初、アタシも信じられなかったが為に。
フブキとユーノを同じく精霊樹を潜らせ、予め王都に招いたのが功を奏したのだろう。
そんなフブキとは対照的に。
「は……はぁ⁉︎」
「え……っと、しるばにあ、ですか?」
あからさまに納得のいかない声を上げたお嬢に、前提としてシルバニアが大陸の一国家である事を知らないマツリ。
特にお嬢などは。先程、精霊樹が王都に繋がっている事をアタシが熱弁してみせた筈だったにもかかわらず。懐疑的な視線を向けていたのだ。
カガリ家の本拠地であるシラヌヒに到着してから連戦に次ぐ連戦、そして魔竜との決戦を終結させた後にも。
カムロギの仲間らを蘇生したり、お嬢と和解したり、と色々な事が起きたが。
お嬢の「信じられませんわ」的な視線と態度で、これまでの疲労が一気に肩に伸し掛かったような感覚に。
呆れ顔を浮かべたアタシの口から溜め息が漏れる。
「はぁ……もう説明するのも面倒クサイねぇ。フブキ、少しばかり姉さんを借りるよッ」
「えっ? ちょ、ちょっと、何をするのアズリアっ?」
同時に憤りを感じていたのだろう。一瞬でお嬢とマツリの背後へと回り込んだアタシは。
アタシの言葉の意図が理解出来ずに、困惑していたフブキを無視し。
お嬢とマツリ、それぞれが着ていた衣服や鎧の首元を遠慮なく掴み、それぞれ片腕で軽々と二人の身体を持ち上げていくと。
「ひゃ、ひゃああああ!」
「な、何をするんですの、お、お前っっ⁉︎」
突然、両脚が地面から離れ、身体が勝手に意図していない方向へ移動し始めたのだ。驚かないほうが異常とも言える。
当然ながら、マツリもお嬢も突然の事に悲鳴に似た声を上げるが。
「説明を何度も繰り返すのも疲れたからさ、だったら実際に見てもらうしかないよねぇ」
アタシは構わず二人を連れたまま、三度アタシは精霊樹を潜っていき。一瞬だけ王都の景色を見せていく。
あまり転移を繰り返して、まだ説明するより前に王都の住民に精霊樹の秘密に気付かれても面倒事となるだけだ。
果たして、二人に王都に転移した事が伝わったかはアタシも疑問ではあったが。
「ま、まさか……本当に一瞬で。あれは間違いなく、私が過去、一度だけ見た事があるシルバニアの王城でしたわ……」
「わ……私は、あの場所がお二人の言う『しるばにあ』かどうかは分かりませんが、ただ一つ。この国でない、異なる国なのは理解しました……」
どうやらお嬢は、過去にシルバニアを訪れていたようで。精霊樹の移動先が王都である事を理解したようだし。
マツリもまた、この国から大陸へと精霊樹で転移が出来る、というカガリ家の今後に重要な事実を。身を以って体験出来たのではないだろうか。
王都に連れて行った二人を解放したアタシに、腕を組んだままのフブキが厳しい表情を浮かべて歩み寄ってくる。
てっきり姉であるマツリを強引に連れて行った事を怒っているのか、と思ったが。どうやら姉の件ではなかったようで。
「理由……聞かせて貰ってもいいよね、アズリア?」
「ああ。そりゃしっかり説明しなきゃ、だよねぇ」
お嬢とマツリ、双方から差し伸べられた手を振り払ったのだ。当然、フブキには理由をアタシに訊ねる権利は充分にある。
アタシが王都に向かう、と決めた理由は二つ。
「そろそろアタシもさ。故郷の食事が恋しくなってきたんでねぇ」
船での旅となると、船に積み荷として保存用の食糧もあるにはあるが。どうしても日々の食事が釣った魚中心となってしまうのだ。
しかし……実はアタシ。魔王領からの長い航海で、すっかり魚を食べる事に飽きてしまっていたのだ。
大した理由に聞こえないかもしれないが。元々、大層な旅の目的もなく、ただ放浪の一人旅を続けるアタシにとって。日々の食事は旅を楽しむための大切な要素である。
しかし、フブキはアタシの発言を全く別の意図に読み取ったのか。
「それだけ聞くと、アズリアがあれだけ美味しそうに食べてたこの国の料理が、口に合わなかったみたいに聞こえるけど?」
「そ、そんなコトはねぇよ? 何なら、いくつか持って帰りたいくらいに美味かったさッ……魚以外は」
今の言葉が、まるでこの国での食事に不満があるように解釈し。不機嫌そうな表情で、アタシに嫌味を返してきたのだ。
フブキは誤解しているが、この国に到着してからの食事にアタシは何の不満もない。
寧ろ、この国でしか見ることが出来ない数々の食材──特にコメなる穀物は。大陸でも食したいくらいアタシは気に入っていた。
だからこそ、だ。この国を離れるまでにフブキの誤解を解いておきたくて、アタシが懸命になっていると。
「──ぷ、っ」
目の前で厳しそうな表情を浮かべていたフブキの頬や口元が、突然緩み始め。
「あ……ははははっ、嘘よ嘘、今のは嘘。ごめんね、アズリア。最後だから少しばかり困らせてやりたかったの」
「な、何だってんだい、その理由はッ」
途端に、いつもの快活な笑顔に戻ったフブキは。先程こちらに投げ掛けた嫌味は本心でなく、アタシを困らせるための嘘だった事を種明かしする。
「そりゃ、どんなに美味しくたって、故郷の味は特別だものね──うん、納得したわっ」
まだ、一つしか理由を話していないというのに。この時点でアタシの選択に、どうやら納得してくれた表情をしていたフブキ。
そう、アタシが王都に行く選択を決断したのはもう一つ理由があった。
帝国との戦争で踏み荒らされ、荒廃したホルハイムを復興のため。協力に、と商談を持ち掛けた恩人・ランドルにも「一人娘に顔を見せろ」と釘を刺されていたが。
その約束を果たすため、でもあった。
ランドルの一人娘・シェーラは。第1章と、4章後の外伝1の主人公にもなっておりますので、興味が湧きましたら是非そちらも。




