446話 アズリア、三人の勧誘を断る
「ちょ……二人とも、ッ?」
突然のカガリ家姉妹の勧誘に、アタシは正直言って困惑していた。
マツリから当主の座を強奪したジャトラとの激戦の影響で、カガリ領の統治は混乱した状態にあり。一人でも人材を確保したい事情もアタシは理解していたし。
何より、救出してから今日まで一緒にいたフブキに頭を下げられ、懇願されてしまうと。無碍に断るのは、気が引けるのが人情と言うべきか。
だが、それよりも。
「ま、待ちなさいな二人ともっ!」
カガリ家姉妹の勧誘に、憤りの感情を露わにしたのは。先程まで一言も発さなかったお嬢だった。
「話に突然割り込んできてその挙げ句に、この私の断りも無くアズリアを勧誘するなどっ!」
お嬢からすれば、帝国に招く勧誘を途中で邪魔された上に。自分の勧誘そのものを上書きするような二人の提案に、我慢がならなかったのだろう。
故の、憤りの感情だろうが。
お嬢とアタシは一応の和解こそしたものの、いつ……アタシとの交渉にお嬢の許可が必要となったのか。
一瞬だけアタシは時間を掛けて、本人を問い詰めてやりたくなったのだが。
本当に実行すればより話がややこしくなる。
胸に湧いた衝動を、何とかアタシは抑えていくも。
「いいですか? アズリアは私と一緒に帝国へ帰るのです。勝手に勧誘をされても、アズリアが迷惑するというものですわっ」
「いや──まだアタシは行くって返事をしてないだろッ」
お嬢が地面に座り込んだ二人の姉妹に、まるでお嬢の提案を受け入れたかのような説明を始めると。
二人の誤解を解こうという気持ちが強かったのか、今度は衝動を抑え切れずに。アタシの口から即座に、お嬢の言葉を否定してしまった。
「……だったら」
自分の失言に気付いて、口を押さえた時にはもう遅かった。
アタシの口から出た言葉で、帝国行きを拒絶されたと認識したお嬢が。演技掛かった大きな動作で、こちらに身体ごと振り返ると。
「お前はこの国に残る、そう言うんですの⁉︎」
アタシに出されていた二つの選択肢、「お嬢と帝国に帰る」と「カガリ家に協力する」だったが。
一方を断った事で、もう一つの選択をしたのだとこれまた勝手にお嬢に決め付けられてしまう。
しかも、その思い込みはお嬢だけではないようで。
「そ……それではっ?」
お嬢に問い詰められ、頭を上げていた姉妹二人もまた。アタシに向けて、期待の眼差しと表情を見せていたからだ。
確かに、二つしか選択肢がなく。帝国に行く選択をアタシが拒絶したなら、残る選択肢は一つしかない。
「当然よ姉様。だってアズリアにはまだこの国に残る理由があるんだもの」
加えてフブキが口にした「この国に残る理由」とは。
きっと魔竜が所持しているとされる石版と、それに記された魔術文字の事を指しているのだろう。
アタシの懐には、未だ完全なる復元には至っていない魔術文字が彫られた石版があった。
──その魔術文字の話なのだが。
八つの頭を持つとされる魔竜を仲間らの力も借り、既に四本の頭を倒した事で。
戦利品である石版はほぼ復元出来ており、後は一つ二つの欠片を繋げば。石版に彫られた魔術文字を読み取る事が可能となる。
つまり、魔術文字を入手するためには。残る魔竜の四つの頭を追い詰め、討ち取る必要がある。
実は、四本目の魔竜を倒した後に。
アタシはフブキと師匠に選択を迫られていた。
『アズリアっ! ユーノや……他の傷ついた皆んなを助けて欲しいのよっっ!』
『なら選びなさいな、アズリア。魔術文ルーン字か、仲間と呼ぶ者らの生命かをね』
大樹の精霊である師匠の力を借り、二度目の「精霊憑依」を行ったアタシは。
地中に潜む魔竜を追い詰め、石版を回収出来る絶好の機会と。魔竜との戦闘で傷付き、今にも消えてしまうかもしれない仲間の生命とを天秤に掛けられ。
アタシは魔術文字でなく、仲間を選んだ。
取り返しの付かない仲間の生命と、あくまでアタシ個人の拘りでしかない魔術文字とどちらを選ぶか──迷うまでもなかった。
つまり、石版を完成させ。一一番目の新たな魔術文字を入手するためにはこの国に残り、残る四本の魔竜の頭の行方を追い掛ける必要がある。
魔竜と魔術文字、そして石版の関係を知っていたフブキは。おそらくアタシが石版を完成させるためこの国に残る、と断言したのだろう。
だが、アタシは。
「いや……余所者のアタシをそこまで高く買ってもらって悪いけどさ」
地面に座り込んだ二人に目線を合わせるため、アタシも地面に片膝を着いて。
当主であるマツリに対し、謝罪の意を込め、一度だけ頭を下げていく。
「フブキ、それにマツリ。残念だけどさ、アンタらの期待にゃ応えられないねぇ」
マツリのカガリ家へ仕官する提案を、丁重に断るためだ。
アタシの返答に、どうしても納得がいかないといった態度を露わにしたフブキは。こちらへ再考を促してくるが。
「そ、そんなっ? ね、ねえアズリアっ、もう少し考えてみても──」
「そうですか。断られてしまっては仕方ありませんね」
「ね、姉様までっ?」
フブキと対照的に、当主であるマツリは。一瞬だけ悲しそうな表情を見せるも、直ぐに毅然とした表情を戻し。提案を断られた事実を、真摯に受け止めていく。
しかし、収まりがつかないのが。まだ納得していないフブキともう一人……お嬢だ。
「な、ならばっ? アズリア、お前はこれからどうするというのですかっ!」
アタシに用意された二つの選択肢、その双方を拒否した事になったわけで。ならばこの後、アタシは一体何処へ向かうというのか。
実は、アタシにある選択肢は。何もお嬢が示した「帝国に帰還する」、そしてマツリらが伸ばしたカガリ家に滞在するという二つだけではなかった。
「そ、そうよっ? だって、この国に残るわけでも──あ。ま、待って?」
「な、何ですの、突然話の腰を折るようにっ?」
「……も、もしかして、アズリアっ」
お嬢と一緒となってアタシを問い詰めてくるフブキだったが。
突然、何か閃いたかのように声を上げ。一緒にアタシに迫っていたお嬢が驚き、アタシへの追及を止めてしまう。
そんなフブキが、何を閃いたのか。
「あなたまさか……カガリ領じゃない、他の八葉の家に行くつもりじゃ?」
どうやらフブキの中では、アタシがまだ石版の完成と魔術文字への執着を諦めてはいない。
つまり魔竜の行方を追うため、カガリ領を離れて。この国を八つに分割し、統治している権力者の総称「八葉」の。カガリ家以外の七つの家のいずれかに向かうのではないか、と考えてしまったようだ。
確かに言われてみれば、フブキの口にした選択肢もあるにはあるが。それはアタシが想定し、決断した選択ではなく。
しかも、状況によってはマツリやフブキ、カガリ家の配下となったカムロギと刃を交える可能性のある選択をする程。アタシは非情で冷徹な人間ではない。
「いやいやいや。アタシだってカガリ家にゃ色々と世話になったんだ。事情も知ってるのに、不義理なマネはさすがにしないさ」
「だったらさっさと行き先を教えなさいな!」
アタシが中々、次なる目的地を口にしない事に。とうとう短気なお嬢が痺れを切らしたのか、答えを急かすように怒鳴り声を上げた。
つい先程、お嬢とは一応の和解をしたばかり、怒らせたり不機嫌にする意図などないアタシは。
勿体ぶらずに次に向かう予定の場所を告げる。
「アタシが次に向かうのはさ──」
三人がゴクリ、と息と唾を飲む。




