436話 アズリア、お嬢を前に思い悩む理由
アタシの視線に気付いた師匠は。
どうやらお嬢との会話の流れから、視線に込めた意図を読み取ってくれたようで。
「話しても大丈夫よ。後は任せなさいな」
その言葉は、精霊樹が繋いだ先の場所をお嬢へと正直に話してもよいという意味の他に。
アタシが懸念している、お嬢の背後にある帝国の脅威についても。心配は不要だという意味なのだろうか。
とにかく、師匠からの承諾は貰えた以上。
「あ、あのさぁ……お嬢ッ、信じられないかもしれないけど聞いてくれッ」
「な、何ですの、いきなりっ?」
問い詰められたアタシは、一つ前置きを告げた後。精霊樹の秘密をお嬢へと話していった。
今、目の前にある精霊樹から一瞬で海を越え、大陸の中央部に位置するシルバニア王国にまで移動したという事実を。
「アタシはさっき、シルバニアの王都シルファレリアに転移していたんだよ。この精霊樹を潜って……ねぇ」
「は……え、て、転移? な、何を言ってやがりますのアズリア?」
案の定、アタシが口にした紛れもない真実を。お嬢は先程までの萎らしい態度とは違い、口をパクパクと動かしながら。「信じられない」といった表情でアタシを見ている。
というのも。
先程見せた蘇生魔法と同じく、転移魔法もまた。各国の高名な魔術師らが研究・開発を躍起になりながら、まだ誰も成功には至っていない──それが転移魔法だという事情があるからだ。
蘇生魔法は人ならざる神の力を借りる神聖魔法で実現しているが。転移魔法を可能にした噂を、アタシは耳にした事はない。
ようやく困惑が晴れたお嬢は、頭に浮かんだ疑問を一気に言葉にして吐き出していく。
両手を広げてみせたのは、
「い、いくら私でも、この国からシルバニアまでがどの程度離れているかくらいは理解は出来ていますわっ……それを転移だなんてっ」
「まあ……当然、そうなるよねぇ……」
お嬢の反応は至極当然なものだ。
それが証拠に、師匠に手を引かれて精霊樹を最初に潜ったアタシも。今のお嬢とまさに同様の反応を見せていたのだから。
いや……アタシは師匠が「転移魔法が使える」事を事前に知っていただけに。お嬢が驚く度合いはアタシより大きい、と言えるだろう。
「ああ、わかってたさ。わかってはいたんだけどさ……さて、どうお嬢に納得して貰おうかねぇ」
困惑するお嬢に、アタシは頭を悩ませていた。
これまでアタシの認識の中のお嬢であれば、こちらの発言を信じずに否定から入ってくるに違いなかった。
お嬢があくまで高圧的な態度で接してきたなら。アタシも無碍に対応し、お嬢が納得せずとも無理やりに話を進めていただろう。
しかし、先程の女中の告発で。今、目の前にいるお嬢がいる理由を知ってしまったためか。
アタシにも少しばかり情が芽生え、とりあえずはお嬢に転移の事を納得して欲しいと感じてしまっていたからだ。
「だけど、上手い方法がなぁ……アタシにゃ思いつかないんだよねぇ……」
アタシが頭を悩ませる理由、それは。
ならばお嬢を王都に転移させればよい、と簡単な理屈ではなかったからだ。
つい先程、フブキを実際に精霊樹を潜らせ、王都に転移させて。一瞬で海を渡り大陸に到着したのを理解して貰えたが。
それはフブキに、この国とは全く違った建築様式の建物や石畳などを見せれば。充分に納得させられるという説得の難易度だったからだ。
だが、今回のお嬢はそうはいかない。
精霊樹に繋がった場所が、間違いなくシルバニア王国であるとお嬢に納得してもらうためには。ちょうど閑散とした精霊樹が立つ転移先から、都市の内部を回る必要が出てくるかもしれない。
しかし、アタシはあの王都では「元・お尋ね者」として顔や名が広まっているだろうし。
しかも帝国と王国の両国は、まだ一度も軍を交えた事がないとはいえ。大陸の覇権を取ろうと豪語する帝国に、好感を抱く訳もなく。
もし、お嬢が帝国でも五指に入る有力な権力者と知られれば厄介な事に巻き込まれ兼ねないし。帝国貴族と知らなければ、それはそれでまた厄介事が起きそうな予感がする。
──それが、お嬢を王都へと連れて行けないとアタシが考える最大の理由だ。
「さて、と。どうしたモンかねぇ……」
秘めた本心を思いもよらず知ってしまったからか。お嬢への対応に悩みに悩み、次の一手がどうしても思い付かないアタシだったが。
「なら、自分で試してみたらいいじゃない」
「「え?」」
その時、師匠が発した言葉に。
思わず、アタシとお嬢の驚く声が揃ってしまう。
「い、いや……あ、あのさ師匠ッ?」
「それって、この私に確かめてこい、と言っているのですか? アズリアが言うように、精霊樹の向こう側が本当にシルバニアに続いているかを」
「……それは、色々と問題が出てくるから……アタシは提案しなかったんだけどねぇ──」
「な、っ⁉︎」
声に続いて、これまたほぼ同時に師匠へと詰め寄っていくアタシとお嬢は。
試せばいい、という師匠の言葉を。この場に立っている精霊樹を潜る事だ、と読み取ったのはアタシだけではなかったようで。
お嬢を王都に転移させるのには反対である、という意見を師匠へと訴える。
しかし、どうやらアタシの言葉選びが悪かったのか。
お嬢の正体を知られたら面倒だという問題を、違う意味に邪推したお嬢が。
「それは……どういう意味ですの、アズリア」
途端に不機嫌な表情に変わり、追及の矛先を師匠からアタシへと変える。
しかし、アタシが弁解の言葉を口から発するよりも早く。
アタシとお嬢に追及された師匠が、呆れたように目を閉じながら両手を打ち合わせ。
「はいはい。二人で言い争うんじゃないわよ。要件があるのは私でしょ、違うの?」
「はっ? そ、そうでしたわっ! 私とした事が、アズリアの言葉にすっかり撹乱させられてしまいましたわ」
師匠の割り込みによって、アタシはお嬢の理不尽な不機嫌の対象から外れ。
自分の目的を思い出したお嬢というと、両手を鳴らして割り込んできた師匠に指差される。
「私が言っているのはね、さっきあなたに渡した苗木。それを育てて、自分で試してみたらいい……って話をしたのよ」
「え? な、苗木ッて、マツリと同じ精霊樹の?……い、いつの間にッ!」
師匠が指差した先、お嬢の手の中には。
アタシの知らない間──おそらくは先程、女中の告白を聞いて呆けてしまっていた時だろう──に。師匠とお嬢とでやり取りをしていたに違いない、精霊樹の若木の苗が握られていた。
マツリが契約を結んだ事で、この国に根付き大きく育った精霊樹。その苗木を。




