428話 フブキ、精霊の意図を理解する
「ど……どういう意味ですか、それはっ?」
突然に師匠の口から飛び出た、救った筈のマツリとカガリ領の人間を見限るような発言に。
フブキだけではなく、二人の会話を聞いていたアタシも驚きを隠せず、思わず自分の耳を疑う。
「何をそんなに驚いてるの、アズリア?」
しかし、驚きの発言を口にしたばかりの師匠はというと。
発言の真意を聞きたがっているフブキを無視してまで、会話の外だったアタシへと話を振ってきたのだ。
精霊樹の出入り口を拡張するのに色々と問題があるのは、先程フブキと師匠との会話を聞いていた時点で理解はしていたが。
「い、いや、さあ……なら何で、わざわざこんな場所までアタシらを連れてきたんだ、って」
国同士の交流、と言えば。やはり物資の運搬・交易は欠かせない要素だと言える。
アタシがこの国に滞在したのはまだ半月程だったが。短い間ながら食事や住居、衣服といったあらゆる習慣が大陸とは全然違う事に日々驚いていた。
米や武侠の戦闘技術、緋彩銅やこの国にしかいない魔獣など。大陸を相手に交易を行うには、魅力的な材料は揃っているとアタシは断言する。
しかし、今の状態では好材料を充分に活かす事が出来ない。アタシはそれを懸念したのだが。
「馬鹿ね……物は運べなくても人が通れる。旅を続けてきたアズリアなら、すぐに理解出来ると思ったのは買い被りかしら?」
「アタシなら?」
師匠はそんな剣幕のアタシを一蹴し、さらに「アタシなら理解出来る」とまで言い切ってみせた。
今のアタシの頭の中は物資の交流が充分に出来ないという懸念だけで一杯で。師匠が期待する理由を閃く事が出来ないでいたが。
何とか師匠の期待に応えるため、今の言葉に含まれた真意を読み解こうと。アタシはこれまでの八年間の旅で得たものを、今一度思い返してみる。
「……待てよ」
行商人のように馬車を持たず。アタシの体格と重量に耐え得る馬も連れていなかったからか。八年もの間、旅を続けていたアタシだが。意外と旅先で得られたものは少なかった。
思い返しても、パッと頭に浮かんだのは様々な場所で発見した合計一〇個の魔術文字と。
旅先で得た経験と技術、そして知識だ。
「そうか! そういうコトだったんだな、師匠ッ!」
精霊樹を介して、師匠がマツリとカガリ領の人間に何を期待しているかを。完全に理解し、納得したアタシは。
目の前にいた師匠に満面の笑みを浮かべてみせる。
まだアタシの頭に浮かんだ答えが、果たして師匠の意図と一致しているかも判明していないのに、であったが。
不思議と、間違っているかもという一切の不安は頭になかった。
そしておそらくは師匠も、アタシが意図を間違えて読み取っていると微塵も思っていなかったのか。
師匠もまた同様に、アタシが何を思い付いたのかを聞く前から。自分の意図を汲み取った、と確信しているかのように笑い返してきたのだ。
「ふふ、ようやく私の意図がわかったみたいね。本音を言えば……少し理解するのが遅い、と叱りたい気持ちはあるけれど」
「え? えっ? ちょ、ちょっとアズリアに精霊様っ? 何が言いたいのか、私は一切わからないから説明して欲しいんだけどっ……」
一番重要な内容を一切言葉にせず、微笑み合うアタシと師匠だったが。
そうなると、アタシと同じ質問を師匠に問い掛けたフブキは、何も説明もされないまま放置された状況に。
アタシと師匠、どちらに質問したらよいか困惑し、落ち着きなく二人の顔を交互に覗き込んでいる。
さて、どちらがフブキに説明をしなければならない。ならば「精霊様」と敬意を向けられている師匠が適任だ、と思い。
「なあししょ──」
アタシが口を開こうとした、その直前だった。
つい直前まで立っていた場所に師匠の姿はなく。
「アズリア。精霊である私が、人間に出来るのはここまでよ」
「お……おう、ッ……」
いつの間にアタシの背後へと回り込んでいた師匠は、背中を軽く叩いてフブキへの説明役をこちらに押し付けたのだ。
しかも、真剣な口調で。
確か、以前に師匠だけでなく。水の精霊や大地の精霊など、アタシに色々と手を貸してくれた精霊に聞いた話では。高位の存在である精霊は、あまり人間に干渉してはいけないという決まり事があるらしい。
……最もらしい理由を持ち出されてしまえば、アタシも断るのを躊躇してしまう。
「しっかり説明するのよ、アズリア」
「まあ……イイけどねぇ」
アタシに事情の説明を任せ、背中に回り込んだ師匠はというと。先程とは口調が一変し、実に軽い雰囲気で今度はアタシの背中を押し、フブキの前に誘導までしてきたのだ。
「あ……えっと、コホンッ」
まあ、アタシが想像している内容は師匠の意図であるという前提で。一度、咳払いをした後にフブキに解説を始めた。
「さっき、マツリは合流したお嬢と互いの国とで交流する話を進めてただろ?」
「そ、そうねっ、大陸との交渉権を持ってるのが、ベルローゼしかいなかったんだもの」
そう。
今回の魔竜やジャトラなど、一連の騒動を契機に。マツリはこの国からの統治から離れ、遥か昔に関係を絶った大陸との交流を復活させようとし。
魔竜と共闘した仲間の中で、唯一大陸に国を構え、交渉権を一任されている「白薔薇公爵」のお嬢と。国交を樹立する交渉を開始したのだった。
お嬢側も、この国との交流で得るモノがあるからか。たった二人の交渉は順調に締結するかと思われた……が。
互いに問題が浮上し、この交渉の返事はされないままとなってしまっている。
マツリらこの国側の問題とは。帝国までの長い海路を耐え抜く頑強な構造の船が、国には存在しない事だった。
「ただ、この国には大陸までの荒波に耐えられるだけの頑強な船はないわ。だから、実現するにはあと数年程度は必要でしょうけど」
周辺国との関係が久しく絶え、島国であるこの国は。物資の流通は陸路が主な手段らしく。
船こそ存在はするが、大きな河川を利用した運搬船や、近隣の都市を移動する程度の船なのが現状で。
とてもではないが、大陸までの長い船旅を耐えられる構造の船では決してない。
「じゃあ、まだこの国にない、丈夫な船の作り方を。マツリやアンタはどこから考えるつもりなんだ、って話だよ」
「そ、それはっ……」
アタシの指摘を受けて、フブキが言葉を失う。
大陸との交流を絶って久しいこの国において。これまでにない新たな発想を突然生み出せ、と言われたところで。そう簡単に知識や技術が湧いて出てくるわけではない。
普段、必要とされない知識や技術であれば何の事である。
そもそも、大陸との交流を積極的に進めた主な目的は。既に精霊樹によって果たされてしまったが、徐々に痩せ衰えていくこの国の土地を復活させるためだったが。
その他にも、大陸の優れた部分を取り入れ、自分の領地を発展させていきたい、と。そうマツリは考えていたのではないだろうか。
「で、だ。そんな時に助けになるのが、何を隠そうこの精霊樹での転移ってワケさ」
「どういう、事?」
「大陸じゃ、離れた国同士の交流に大きな船を使って海を渡る事だってある。さすがにこの国ほど離れちゃいないけどねぇ」
アタシの回りくどい話の意図を、ようやくフブキは理解したようで。
目を大きく見開き、驚いた表情を浮かべていた。
「──あ」
ただ一言「こちらに人を寄越して大陸の知識と技術を学べばいい」と説明すれば、賢明なフブキならばすぐに納得しただろうが。
この後フブキは、当主であるマツリにも。そして王都に派遣する人間らにも同じ話をして、納得をして貰わなければいけない。
だからアタシは、そしておそらく師匠も。
フブキに方法のみを教えたかった訳ではなく、結論に至った理由も知っておいて貰いたかったのだろう。
そんなアタシの心を透かして覗いたかのように。
「もし──あなた達が本当に国を、自分を慕う人間たちを救いたいと願うなら。この門を利用して、自力で海を渡る知識と技術を身につけなさいな」
背中から顔を出した師匠が、こうフブキに告げたのだ。
だから、間違いない。
答え合わせこそなかったものの、師匠の真意をアタシは汲み取れていたのだ、と。




