39話 アズリアら、エクレールの闇を知る
「ああ、街じゃ有名な噂だったよ。領主と男爵が仲違いしているってのはな」
「男爵とハーマンが裏で連んでお互いに色々と融通してたのは街の住民なら皆知ってるぜ」
アタシはどうにもユーリアが父親である領主の死を詳しく話さなかったのが気になって、浮かれる住民の何人かに領主の評判を聞いて回っていた。
住民は領主が元々爵位を持たない一般人からの出自ということもあり、住民目線の政策などで概ね良い評判だとわかった。
逆に名前が浮上してきたのが、ハーマンという商人とザフィーロ男爵という人物だ。
どうやらハーマンは人命や住民の利益よりも自分の利益を最優先に考える、人に嫌われる典型的な悪どい商人だったようだ。
そしてザフィーロ男爵はこの街にいる爵位持ち、ということで随分前から「自分こそ領主に相応しい」と周囲に漏らしていた人物らしい。
そのハーマンは爵位を持つザフィーロ男爵に資金援助する見返りとして、男爵の名前を後ろ楯として利用し度々領主の方針と対立していたらしい。
「確かに領主様は兵を率いて、帝国軍と街の外で戦って戦死したんだけどさ……妙なことに領主様以外は誰も負傷者が出なかったのになぜか領主様だけが戦死したんだよな……」
ああ、そうか。
何故あの時ユーリアは父親の死を言い倦ねたのか。
死に不審な点がある、という事などよりも。出撃して自分の父親だけが戦死した、なんて事実は実の娘ならあまり他人に公言したくはないだろうから。
……だが、確かにその戦死は引っかかる。
ただアタシじゃ宴の空気を壊さないよう、これ以上掘り下げてこの話題を聞くのは難しい。
そこでアタシは、こういったコトに向いている仲間に手を貸して貰うことに決めた。
「……というワケだ。そこでオービット、領主様の戦死の真相ってヤツを調べてもらうワケにゃいかないかねぇ?」
「ふむ……確かに怪しいな。もしその連中が領主を快く思ってないとしたら、俺たちも背中から狙われるかもしれないな……任せろ」
アタシはあまり酒が強くないために酒を口にしていないオービットを宴から連れ出し、周囲に人の気配がない路地裏でハーマンと男爵の話をして、その連中を調べて貰えるように頼んでみると。
オービットは二つ返事で引き受けてくれた。
「さて、そういやエルは色々と含んだような態度だったよなぁ……ユーリアも心配だし、ちょっと顔見に屋敷に戻ってみますかねぇ」
宴を抜け出してきたので、外から眺めてると酒に強いトールが傭兵団としての武勇伝を語って盛り上げていたし、街の若者層はフレアの情欲的な服装に釘付けのようだ。
まあ、宴の場はあの二人に任せておこうかね。
「お帰りなさいませ、アズリア様」
「え?……あれ、ユーリアも?食事はどうしたんだい?」
屋敷に帰ってきたアタシをエルだけでなく、ユーリアや使用人長のノースまでもが出迎えてくれたのだ。
「ユーリアから話があるらしいの」
食事をしていたはずのエルが真剣な表情で、ユーリアをアタシの前に連れ出してくる。
やっぱりエルは、ユーリアが領主である父親の死を言い倦ねた時にアタシと同じ不審感を感じて動いてたんだ、と確信した。
そのユーリアはというと、これまた食事の後とは思えないほどの悲痛な顔をしていた。よく見ると目には涙の痕まであるではないか。
「ユーリア……話を聞く前に、アタシからも聞きたいコトがあるんだ。領主様が戦死したのってもしかして……」
話を聞いて、と言われたのに先に質問をする不躾な真似をしたアタシの問いに、黙ったまま首をコクンと小さく頷くユーリア。
「……確証はありません。ですが……父がただ一人戦死したなんて、あまりにもおかしすぎます……父は帝国軍にではなく、おそらく何者かによって……」
「……あたしもその話を聞けば聞くほどおかしい、と思ったわ。どうやら領主様が戦死して、この街は戦うことなくすぐに門を開いて帝国軍に屈したそうよ」
「ユーリア、門を開ける決断をしたのは?」
「……確か、ザフィーロ男爵だったと……う、うっ」
さすがにそれ以上を言葉にするのは辛かったようで、そのまま顔を伏せて両手で覆い静かにではあるが泣き出してしまうユーリア。
多分、男爵やハーマンへの疑惑をずっと心に溜め込んでいたのだろう。
泣いているユーリアを背後から使用人のノースが身体を支えながら、彼女の部屋まで連れて行ってしまう。
「……アズリアがどう思ってるのか、聞いてもいい?」
「今オービットに調べてもらってるけど、まず男爵とハーマンに暗殺された……でほぼ間違いないだろうね。でもアタシが疑ってるのはソレじゃない」
「……え?え?じゃ、じゃあアズリアはユーリアの話を聞く前にもう動いてたの?……そ、それがわかってるのに、アズリアは今更一体何を疑ってるっていうの?」
エルはアタシが最初からユーリアの父親の死を不審がっていて、さらに既に手を打っていた事に心底驚いているようだった。
と、同時に単に領主殺しの犯人探しをしているわけではないとわかり、それがエルを混迷とさせている原因にもなっていた。
だからアタシは少し屈んで、驚いているエルの耳元に口を近づけると小声でその問いに答えた。
「……男爵とハーマンの二人が、帝国軍と内通してた可能性さ」
 




