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418話 大樹の精霊、当主に対価を問う

 ホルハイム戦役は、周囲の小国に侵攻し連勝を続けてきた帝国(ドライゼル)が、初めて一敗地に塗れた戦争だ。

 当然ながら、本国でも戦争の経緯や周辺国の動向などを敗戦後、多くの人員が二度と敗北しないために原因を洗い(ざら)いにしていた。


 だからお嬢(ベルローゼ)も、西の海に浮かぶ海の王国(コルチェスター)が終戦間際、突然参戦した事も知ってはいた。

 しかし。


「ええ、コルチェスターはホルハイムと友好国。だから本国も当然、援軍に駆けつけるだろうと想定はしてましたわ。でも、それに何の関係が──」

「それが大いに関係してるのです」


 元々、海の王国(コルチェスター)帝国(ドライゼル)とは互いを牽制(けんせい)し合う関係ではあったが。

 海に面した港街が数少ない帝国(ドライゼル)は、最強と(うた)われる海軍に対抗する海上戦力を確保出来ていなかったため。侵攻対象から外れていたのだ。

 勿論(もちろん)海の王国(コルチェスター)との交易などある筈もなかったため。影響などない、と思っていたお嬢(ベルローゼ)だったが。


「あの戦争の後、宣戦布告とばかりにかの国(コルチェスター)の海軍は。我が国の港を火砲(カノン)で攻撃したのです」

「もしかして、アマリナの港もその攻撃で?」


 お嬢(ベルローゼ)の問いに、女中(セプティナ)はコクリと首を縦に振る。


「加えて、敗戦の賠償のために我が白薔薇(エーデワルト)領と公爵家からも多くの財が中央に流れました」

「……なんて事、ですの」


 お嬢(ベルローゼ)の祖父、先代白薔薇(エーデワルト)公爵リヒャルドは。さすがは皇帝に次ぐ立場たる「帝国の三薔薇(ドライローゼス)」の名に相応(ふさわ)しい武勇と智略を誇る傑物だった。

 だが、近年は高齢と持病によって衰えが目立つようになっており。だからこそ祖父(リヒャルド)は、唯一手元に残ったお嬢(ベルローゼ)に公爵の座を譲る決意をしたのだが。


 もし、領に残っている祖父(リヒャルド)が全盛期の頃であれば。こんな心配で頭を悩ませる必要はおそらくなかったのだろう。


「共闘した関係ですので、手を差し伸べたいお嬢様の気持ちは理解しますが……いくら公爵家を継いだお嬢様でも、今この場の一存のみで決めるのは何とも」


 あまりにもお嬢(ベルローゼ)の声が大きいので、相対的に女中(セプティナ)の声量も上がってしまい。領地の内情についての会話が、距離を空けて立っていたアタシにも丸聞こえだったりする。

 

「そりゃあ……そんな事情抱えてたら、即答は無理だろうねぇ」


 コルチェスター海軍に損害を受けた港をアタシは見たわけではないため、推測するしかないが。港の修繕は一月や二月で完成するような規模ではないのだろう。

 現に魔族の侵略で崩壊した砂漠の国(アル・ラブーン)の港街ザラーナは、最低限の港としての機能を取り戻すのに一月。港街としての機能を復活させるのに半年は掛かったと、耳に挟んだ事がある。


 周囲に侵攻を繰り返した事で、大陸各国から交流を避けられている帝国(ドライゼル)からすれば。カガリ家というごく一部とはいえ、他国と交流が出来る絶好の機会だ。

 感情的なお嬢(ベルローゼ)が反対するならともかく、反対しているのは理知的な判断が可能な女中(セプティナ)の側なのだから。


「さて、と。私は私が出来る事をしてしまいましょうか」


 マツリとお嬢(ベルローゼ)、双方が。一度自分らが交流を実現させるのに抱えた問題点を洗い出すため、対話を一旦区切りをつけたのに合わせ。

 二人へとツカツカと歩み寄っていた師匠(ドリアード)は、お嬢(ベルローゼ)とは逆。つまりマツリとフブキの元へと近付き。

 つい先程まで、アタシを揶揄(からか)っていた村娘を思わせる口調とはまるで別人の。威厳ある大人の女の声で姉妹二人(マツリとフブキ)に話し掛けた師匠(ドリアード)


火の精霊(イフリート)氷の精霊(セルシウス)の加護を受け継いだ人間の娘たち。私の可愛いアズリアが世話になったわね」

「い、いいえっ精霊様……あ、あのっ、いくら加護があっても、その真の価値に私たちだけでは絶対に気付けはしませんでした」


 師匠(ドリアード)へと向き直った途端に、恐縮したように姿勢を正し。慌てふためきながら言葉に反応してみせた。


 最初に遭遇(そうぐう)したのは、四体目の魔竜(オロチ)との戦闘の最中だったという事もあり。普通に言葉を交わしていた記憶があったが。

 時間が経つにつれて、目の前の緑髪の美少女が世界に一二しかいない精霊なんだ、と実感していったのだろう。


「それに……実際に、剣を振るって魔竜(オロチ)を倒してくれたのは、アズリア様やこの場にいる全員なんですから」

「それは……感謝してくれて、いると受け取って良いのかしら?」


 アタシが四体目の魔竜(オロチ)に苦戦を()いられた原因は、何度斬撃や刺突を浴びせても傷を塞いでいってしまう強力な再生能力にあった。

 フブキが生まれた時から秘めていた「氷の加護」の正体は、まさに氷の精霊(セルシウス)の魔力の強力な残滓(ざんし)で。その加護がアタシの「凍結する(イス)刻」の魔術文(ルーン)字を覚醒させたのだ。

 だから、フブキの「氷の加護」だけでも。アタシの腕力だけでも魔竜(オロチ)から勝利する事はまず出来なかっただろう。

 

 唯一、誰が一番功績だったかを挙げるとするなら。

 それは間違いなく、師匠(ドリアード)だろう。


 何しろフブキの「氷の加護」の中に眠っていた、かつて魔竜(オロチ)を地の底に封じた人物の一人・「(いてつき)女皇(じょおう)」カイを覚醒させ。

 アタシには、師匠(ドリアード)が所有者である一二の魔剣の一振り、大樹の魔剣(ミストルティン)まで使わせてくれたのだから。


「もちろんです。私個人で出来ることならば何でも、精霊様に差し出す覚悟は出来ています」

「ね、姉様っ? そ、それはっ……」


 ふと師匠(ドリアード)が浮かべた、意地の悪い笑みを受けて。

 マツリは(うやうや)しく頭を下げ、あろうことか「何でもする」と口にしたのだ。

 横にいたフブキは慌てて発言の撤回、もしくは修正を姉マツリへ求めるも。妹の言葉を最後まで聞かずに、手で妹の言葉を制する。


「いいのです。何しろフブキ、あなたとアズリア様の話が真実なら、この地に四体もの……つまりは八本の頭を持つ八頭魔竜(ヤマタノオロチ)のおよそ半数存在していた、という事になります」

「け、けど姉様っ! それはもう全部倒したじゃない。今、姉様が責任を背負わなくったって……」

「ですがフブキ。もし……四体もの魔竜(オロチ)が一斉に牙を剥いたとしたら、この領地など数日も()たずに喰い尽くされてしまっていたでしょう」

「で、でもっ──」


 マツリはカガリ領が内封していた深刻な状況を説明し、師匠(ドリアード)へ頭を下げ続けながら、(フブキ)の感情の(たかぶ)りを何とか(しず)めようとするが。

 それでもフブキの感情は収まることはなかった。

 

「まあ、待ちなさいな」


 そんなフブキの言葉を止めたのは、(マツリ)ではなく(あき)れた表情の師匠(ドリアード)だった。


「まだ私が何の対価を要求するのか、そもそも対価そのものを欲しいと言った覚えもないんだけど」

「え?」


 まさかの「対価無し」という言葉に、深々と頭を下げていたマツリも慌てて顔を上げ、驚いた表情で師匠(ドリアード)を見据えていた。


 自分でも知らなんだ加護の根源、伝説の魔剣や「精霊憑依(ポゼッション)」を介した助力など、どれ一つ挙げても。

 物語や神話などに登場する「人ならざる高位の存在」ならば、代償や対価の一つ二つは求めてきた内容だけに。

 何も対価無しで、伝承の魔物からカガリ領を救ってくれたという事を。マツリはまだ(にわ)かに信じられなかった反応をしている。


無償(タダ)より怖い契約(モノ)はない』


 商人や冒険者、傭兵などの稼業では良く耳にする提言(ていげん)だ。

 無償で行った事を「貸し」とされ、次の機会にはより大きな、もしくは重い金額や行為を要求される事が多々(たた)あるから出来た言葉だが。

 どうやらこの国(ヤマタイ)にも、同じような提言(ていげん)や教訓があるのだろう。


「けど……ふむ、そうね。確かに色々と人間に干渉してしまったのは現実だし、何かしらの対価を要求するのも悪くはないわ」


 困惑するマツリの態度を見て、腕を組んでいた師匠(ドリアード)は何かを思案するように自分の(あご)(さす)って見せる。

 緑髪の美少女という外観には、まるで似合わない振る舞いを見せた後。

 

「それじゃ、私が望むものは──」

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