14話 アズリア、王都の名物料理を喰らう
アタシらの座る円卓に給仕の男性が運んできたのは、焦げ目のついた白い塊だった。
「お客様、こちらが当店の料理人が誇る……暴角牛の塩釜焼き王都風となります。充分に塩味がついておりますが、お好みで別途に用意した味を足してお召し上がり下さい」
卓に置かれた白い塊はまだ表面がバチバチと爆ぜており、高熱の石窯から取り出してきたばかりなのがすぐにわかる。
アタシは座っていた椅子から立ち上がり、身を乗り出して大皿に盛られた名物料理を食い入るように見てしまう。
「す、凄えッ……これが、噂に聞いてた、塩釜ってヤツかい……ッ」
塩釜とは、大量の塩で肉や魚を包んで焼く調理法のことで。食材の表面を覆った塩が、嫌な匂いや邪魔な味を吸っていき、食材の旨味を最大限に引き出す調理法だと聞いてはいたが。
そもそも塩自体が、自然にある岩塩や一部、塩を製作している国からの交易品となるため、貴重な調味料なのだ。そんな貴重な塩を大量に用いる塩釜など、アタシも実際に見るのは初めてだった。
「コホン、で、では……料理を用意させていただきます」
アタシの反応に少し困惑気味の給仕だったが、すぐに落ち着きを取り戻すと。
給仕が手にした木槌を振り下ろして塩の塊を叩き割り、中に包まれてしっかりと火の通った暴角牛の肉を鮮やかな手捌きで切り分けていくと。
それぞれの前に置かれた一人前の皿に盛りつけられていく。
とりあえず会話は一旦中断。アタシだけでなく、ランドル他三人も給仕が肉を切り分け、皿に盛り付けふ様子を黙って見守っていた。
……ゴクリ。
部屋に喉が鳴る音が響く。
アタシが唾を飲み込んだ音だ。
「ふふ、お待たせしました。こちらになります」
給仕に苦笑されながら目の前に皿を置かれる。
あのタイミングで喉を鳴らした自分に少し恥ずかしくなるが、皿に盛られた薄赤色の断面の肉を見たら羞恥よりも食欲が勝ってしまう。
「じゃ、じゃあ、早速いただくよッ」
アタシは早速、肉を口へと近づける。
これが長く塩漬けされて悪くなった肉だったり、下手な冒険者や狩人が痛めつけた雄牛の肉だと。口と鼻の先に持ってきた時点で、錆びた鉄の匂いや鼻を突く悪臭がするまであるのだが。
漂ってくるのは、雄牛の脂が焦げた香ばしく食欲をそそる匂いと。あくまで新鮮な肉の匂いだけだ。
我慢出来ずにアタシは持ち上げた肉を一口で食べてしまう。
「お────お、お、おッ、おおお……」
あまりの美味さに「お」から先の言葉が浮かばない、それ程の美味が今アタシの口の中を満たしている。
確かに暴角牛の肉は食用に提供される魔獣の肉でも一、二を争うほどに美味い肉と評判なだけあって調理する店はいくつもあり。アタシも他の魔獣の肉料理なら口にしたことはあったが。
今まで食べた魔獣の肉とは別物だと思うくらい香ばしくて柔らかくて──とにかく美味い。
「──ぷはあ!……な、何だよ……これッ?」
まず驚愕すべきは、肉の柔らかさだ。
部位によっては筋張って歯が立たないほどに固い箇所まである暴角牛だが。今食べた肉は、噛んだ歯に心地良い感触を残しながらざっくりと噛み切れる。
そして、噛んだ肉からは丁度良い塩味と圧倒的な旨味を持つ肉の脂が、噛み締める度に次から次へと浸み出してくるのだ。
だが、旨味を味わうために噛み続けていると、柔らかい肉は口の中で細かく解れていき。数度ほど噛んだだけで溶けてしまうのだ。
「ず、ずっと味わってたいってのに……に、肉が、溶けちまう……何だよこりゃあ……ッ」
おそらく肉の柔らかさと塩味は、塩で包んで焼くという塩釜の調理法の効果なのだろう。
肉を調理する場合、大概は直火で肉を炙り焼きにするのだが。直接火で焼かれた肉の表面は焦げてしまい、肉の中に火が通る頃には表面は黒焦げになってしまう。
それに火で炙ると肉の中の旨味の汁が全て外に流れ出てしまい、パサパサに固くなるというのが一般的なのだが。
塩釜という調理法は、肉を塊で料理する際の二つの問題をいとも簡単に解決してしまっていたのだ。
「塩釜ってのは、単に贅沢ってだけじゃあないんだねぇ……いや、驚いたよ……ふぅぅ」
味わうのに夢中になったアタシは、皿に盛られた薄切りの肉を既に平らげてしまっていたことに気がついていなかった。
それ程に、この料理の味わいが衝撃的だったのだ。
「コホン。あの……まだ所望でしたら、もう一度同じ量を切り分けることも出来ますが」
「あ──た、頼むよッ!」
見れば確かに、塩釜に焼かれた暴角牛の肉の塊にはまだまだ余裕がある。
給仕が二皿目を食べるかを確認する前に、食い気味におかわりを要求してしまったアタシに。給仕は苦笑していたが。
そんなことを気にしている余裕など今のアタシにはなかった。
提供された二皿目の肉はそのまま食べずに。
予め皿の脇に用意されていた小瓶に入った赤いソースを肉へと垂らす。
「普通に食べても美味かった肉だけど、これでどう味が変わるのか……さて」
一皿目の味わいがあまりに衝撃的だったため、ソースで味を加えても大した変化はない……とあまり期待をせずに。
アタシは赤いソースが絡んだ肉を頬張っていく。
「ん?……んんんんん美味いいッッッ!」
塩味がしっかり乗った雄牛の肉に、甘酸っぱい味が絡み合う。
塩味と甘酸っぱい、まさに真逆な味がアタシの口の中で絶妙な均衡を保ち。一皿目の肉よりも美味さの度合いを引き上げていた。
というより、最早別の料理かと思うほどだ。
いや、これは────う、美味すぎるっっ!
脇に添えられたソースはおそらく、野苺に香辛料を混ぜたものなのだろう。
野苺の甘さと酸味が、続けて食すると重くなってくる雄牛の肉の脂の味を中和し。ソースに隠されている様々な香辛料が僅かに残った肉の獣臭さを完全に打ち消し、後味の良さを生み出していた。
すぐに次の肉が食べたくなり、アタシの手は既に次の薄切りにした暴角牛の肉を口に運んでいた。
「噂通りのッ……い、いや、噂以上に凄い料理だよ、美味すぎて、手が止まらないッ……」
わざわざアタシが窮屈な礼装服まで着なければいけなかった、その甲斐があった程の美味なのは断言出来る。
「どうだ?……気に入ってくれたかアズリア……いや、返事を聞くまでもないか」
「うふ。どうやらアズリアちゃんの笑顔のために、もう一皿塩釜焼きを注文しないといけなくなるかもしれないわね?」
野苺のソースをまぶした肉は瞬く間に皿から消えていき。
給仕に三皿目を要求していたアタシの食べっぷりを見て、招いてくれたランドルやマリアンヌもまた満足そうな笑顔を浮かべていた。
余談ですが。
ラグシア大陸ではまだ、大人しい動物を食糧のために飼育する「家畜」という概念はなく。
都市などで消費される食肉は、基本的に農耕や運搬に利用される牛馬が、老いて役目を果たせなくなった後の廃物利用もしくは。
冒険者などが、街の外に生息する獰猛な魔獣や野生の獣を狩猟し解体して食肉とするのが一般的です。
前者の肉はどうしても固くて臭いも強く、不味いのに対し。
後者の肉は血抜きなど処理の方法にもよりますが、身がしまり適度に脂も乗った美味な肉となっており。
自前で獣を狩猟出来ない肉屋は、冒険者組合に依頼を出して魔獣や猛獣の肉を入手していたりする。
 




