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414話 ベルローゼ、突然の提案に

「……へ? わ、(わたくし)、ですか?」


 どうやら、話の対象が自分になると思ってなかったのか。

 名前を呼ばれた事に困惑の表情を見せ、本当に名指しされたのが自分なのかをマツリへ確認するお嬢(ベルローゼ)


「ええ。ベルローゼ様で間違いありません。海の向こう、帝国なる国の重鎮(じゅうちん)であるあなたで」

「な、何故っ? それをあなたがっ──」


 そのマツリが、帝国貴族である自らの地位と立場を口にした事に大袈裟(おおげさ)に驚いてみせたお嬢(ベルローゼ)だったが。

 その時、隣に控えていた女中(メイド)のセプティナが。

 

「……お嬢様、お忘れですか?」


 なるべく周囲に聞こえないような小声で、お嬢(ベルローゼ)の疑問に答えた。


「先程の事ですが。マツリ様に帝国の白薔薇であることを自慢げに語られたのは、まさにお嬢様自身です」

「そ……そうだったかしら。た、確かに考えてみれば、そうだったような。ほ、ほほほ……」


 そう、二体の魔竜(オロチ)と戦闘する前の話だが。

 お嬢(ベルローゼ)がマツリに堂々と……いや、馬鹿正直に帝国の最重要人物の一人である事を名乗っていた場面には、実はアタシも立ち会っていたのは覚えている。


 周囲に流れた冷ややかな空気。


 この場にいた全員の視線が、白々しく渇いた笑いを続けていたお嬢(ベルローゼ)に集中したのが。この雰囲気の原因だが。


「あー……コホン。それでは、あらためまして」


 話を仕切り直すためか、一度咳払いをしたお嬢(ベルローゼ)は。

 この国(ヤマタイ)の支配体制である「八葉」という肩書きを捨て、大陸との交流を開始すると語ってくれたマツリへと向き合う。


「さて、マツリ様。その肩書きを()って(わたくし)を呼ぶからには、おそらく(わたくし)個人に用がなるわけではない……そうですわね?」

「さすが、その通りです。ベルローゼ様」


 その時、お嬢(ベルローゼ)が見せた顔は。率先してアタシを虐めていた意地の悪い、如何にも傲慢(ごうまん)な貴族令嬢の顔でも。アタシへと嬉々として刺突剣(レイピア)を向けてきた好戦的な戦士の顔でもなく。

 アタシがこれまで見た事のない、会話相手となったマツリの言葉の裏を読んでいる……そんな表情と視線。

 八年もの長き旅の中でアタシが出会ってきた、何人かの聡明な権力者に通じるものがあった。


「ふむ、何を考えているのか話しなさいな。まあ……話だけなら聞いてあげてもよろしくてよ」

「ありがとうございます、それでは──」


 あくまで「帝国の三薔薇(ドライローゼス)」と呼ばれる公爵家の一角である、その傲慢(ごうまん)さは相変わらずだが。

 マツリもまた、聡明な権力者としての片鱗(へんりん)を纏いつつあるお嬢(ベルローゼ)を真っ向から見据えながら。

 自分が思い描く大陸との交流の方法を口にしていく──それは。


「是非、我らカガリ家とベルローゼ様が治める領地にて、交流の窓口を作って欲しいのです」


 先程、カムロギをカガリ家へと勧誘した時と同様に、お嬢(ベルローゼ)の目の前へと歩を進め。両膝を折って地面に着け、再び深々と頭を下げようとする。


「わ、我が白薔薇(エーデワルト)公爵領と、この国(ヤマタイ)が、交流……ですか」


 この話が他の国家ならば、たとえ公爵や侯爵といった上位の貴族であっても。国王の許可なく、他国と独自の交流を持つ事が許される筈がない。あくまで領土と支配権は国王の所有物であり、貴族は代理に過ぎないからだ。

 だがその事情は、帝国(ドライゼル)では少々異なる。少なくとも「帝国の三薔薇(ドライローゼス)」と呼ばれる白薔薇(エーデワルト)紅薔薇(グレンガルド)青薔薇(ガラドリエル)の三公爵家に関しては。独自の、そして大きな裁定権が認められており、まるで公爵領が一つの国家のような振る舞いが許されている。


「どうしますか?……お嬢様。確かに、公爵家の権限ならば|お嬢様の意思一つで交流を結ぶことは可能ですが」

「……むむむ」


 だからこそお嬢(ベルローゼ)は。いや、公爵家の当主となったベルローゼ・デア・エーデワルト公爵は黙り込んで思案に入る。

 海を(へだ)てたこの国(ヤマタイ)との交流は陸路だけでは行えない。交流は海路しかないのだから、港が必須となるが。


「幸いにもエーデワルト領内には一つだけ、西ニンブルグ海に通じた港がございます」

「ですがセプティナ、あの港は……確か」

「はい。他国との交易も途絶(とだ)え、今は細々と帝国内の流通に利用されているだけですが」


 八年前にアタシは生まれ故郷であった帝国(ドライゼル)を離れたわけだが。帝国を旅して回った経験はなかったため、実は生まれ故郷でありながらアタシは帝国内部の地理や知識に(うと)かったりする。

 だから当主(ベルローゼ)女中(セプティナ)の会話が漏れていたおかけで、白薔薇(エーデワルト)公爵領にもこの国(ヤマタイ)と繋がる港が存在する事を初めて知る事となる。


「……そりゃ、あんな戦争起こしたんだからねぇ……交流出来る国全部を敵に回したってワケかい」 


 二人の会話を聞いたアタシは、アタシはお嬢(ベルローゼ)の耳に入らないよう、ボソリ……と小声で(つぶや)きながら。

 半年前に起きた小国ホルハイムを舞台に発生した、合計五つの国が参戦し。アタシも参戦していた大きな戦争──ホルハイム戦役の事を思い出す。


 あの時、侵攻の対象となった黄金の国(ホルハイム)は当然。これまで交流のあった砂漠の国(アル・ラブーン)海の王国(コルチェスター)とまでも、帝国(ドライゼル)と敵対関係となった事情を。即座にアタシは理解する。


 つまり、大陸の西側に位置する国のほぼ全てとの関係が断絶した事で。西側にある港街は、すっかり役割をほぼ果たさなくなってしまったという事だが。

 もしお嬢(ベルローゼ)が独断で、この国(ヤマタイ)との交流を開始する事になれば。再び活気が戻るのは間違いないだろう。


「まあ……そう簡単な話じゃないだろうさ」


 だが、楽観視していたアタシに水を差すような発言を挟んできたのは、いつの間にか横に並んでいたヘイゼルだった。


「ん? 港があるってのに何か問題でもあるのかい、ヘイゼル?」

「そりゃあるさ、大ありだっての。まずは船さ」


 元々ヘイゼルは、海の王国(コルチェスター)で高額の賞金を設定された海賊団の頭領だった人間。言わば、海で活動する専門家である。

 そんな彼女(ヘイゼル)が、カガリ家と白薔薇(エーデワルト)公爵領との交流に苦言を(てい)した理由とは──船だという。


「船、だって?」

「ああアズリア、もしかして気付いてないのかい? この国(ヤマタイ)にゃ大きな海を渡るだけのデカくて丈夫な帆船がないんだよ」


 ヘイゼルの指摘を聞いて、アタシはその内容が本当かどうかをこの国(ヤマタイ)を見聞した記憶を思い返してみたが。

 アタシが滞在したのは森を切り拓いた場所に位置するハクタク村と、モリュウ運河が街の中央を流れるフルベの街くらいで。海に接した港街に立ち寄っていなかったためか、ヘイゼルの言葉に(うなず)く事が出来ずにいた。


 そういった理由からか。中々、肯定の反応を返さないアタシの態度に少々苛ついたのか。ヘイゼルはさらに言葉を続ける。


「ちょうど、アンタの背中にある大剣で真っ二つにしてくれた、あたいの船みたいに」

「まだあの時のコト、根に持ってたのかいッ……」


 ヘイゼルの口から出た恨み節の通り。アタシは過去、彼女(ヘイゼル)がコルチェスター海軍から強奪した軍船を大剣で両断してみせた事があった。

 魔王領(コーデリア)を出発したアタシとユーノが、初めて遭遇(そうぐう)したのが。ヘイゼル率いる海賊団が商船を襲撃していた場面だったからだが。

 問題は真っ二つにした軍船だ。


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