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413話 マツリ、八葉を離れる理由

 フブキの(いきどお)りも当然だろう。


 何しろ、今この場に集まった人間はアタシも含め、当主の座を簒奪者(さんだつしゃ)であるジャトラから取り戻すため。血を流し傷を負い、死に物狂いで戦った者たちなのだから。

 もし今のマツリの発言が本当ならば、これまでの戦いとは何だったのか……と。フブキが思うのも仕方がなかった。


「ね、姉様のために戦ってくれたユーノやアズリア、それにっ……領民のみんなにどう説明するつもりなの?」

「ま、待ってフブキっ? 少し落ち着いて話を聞──」

「これが! 冷静になって聞ける話じゃないのは姉様が一番よくわかってるでしょ!」


 興奮したフブキの追及は止まらない。

 当主の座を捨てるのか、というフブキの問い掛けに答えようとするマツリだったが。感情が先走ったのか、(マツリ)が話すのを待たずに言葉を(まく)し立てていく。

 (フブキ)の勢いに押され、口を開くのを躊躇(ちゅうちょ)してしまっていたマツリに説明をさせるため。


「え……っ?」


 アタシは、(マツリ)を問い詰めようとズカズカと歩を進めていたフブキの背後に回り込むと。

 剣を握っていた右手で肩を叩くと同時に。これ以上フブキがマツリに接近しないよう、空いた左手でフブキの腕を掴む。


「あ、アズリア……っ!」

「落ち着きなってのフブキ」


 突然、強い力で引き止められたフブキは。(マツリ)から腕を掴むアタシへと、驚いた表情を浮かべて視線を移すも。


「どうやら、アンタの姉さんはアタシらが思ってるのとは違った意図があるらしいぜ」

「……え? そ、そうなの、姉様っ」


 制止した理由を聞いたフブキは、どうやら腕を掴まれた事で頭が冷えたのか。先程までの興奮がまるで嘘のように、何の抵抗も見せる事なく大人しく引き下がった。

 フブキの興奮を(なだ)めたアタシへ、マツリは感謝の意を見せるも。


「ありがとうございます、アズリア様」

「礼はイイよ。それより聞かせてくれないかねぇ、マツリ様……アンタが一体何を考えてるのかを、さあ」

 

 実はアタシもこの時は。マツリが何を言わんとしていたか、その内容については全くの想像が出来ていなかったものの。

 本当にただ権力から逃避するだけが目的なら。フブキを代償にされた時点で、カガリ家を簒奪(さんだつ)しようと画策するジャトラに当主の座を渡していただろう。

 だからこそ、だ。マツリが「八葉」というこの国(ヤマタイ)の枠組みから抜ける、その発言の真意を聞いてみたかった一心で。彼女(マツリ)の説明を邪魔するフブキを制止したのだ。


 その内容を今、アタシはマツリの口から聞こうとしていた。

 アタシも、腕を掴まれ大人しくなったフブキも。この場にいた全員が今度はマツリの次の言葉を待つ。


「私は……今回の騒動が私の至らなさが招いた事であると同時に、自分の限界というものを垣間見(かいまみ)た気がしました」

「そ、そんなっ……姉様は、頑張ってたよ。結局のところは魔竜(オロチ)の力を利用してたジャトラよりも、ずっと、ずっと……」

「いえ、フブキ。ジャトラが魔竜(オロチ)の力に(すが)るようになったのも、徐々に痩せていく土地への不安だったのでしょう、おそらくは」


 当主とその妹、二人の会話を聞いて。アタシはフブキを救出した際に、捕虜代わりにフルベの街まで道案内を頼んだカガリ家四本槍が一人・ナルザネの話を思い出す。

 大陸との交流を絶ってから、緩やかではあったが土地が痩せ、農作物の収穫量が減少し。また人々の暮らしや文化も徐々に衰退していっているという話を。

 この国(ヤマタイ)の行く先を案じた上層部は、一度は地の底に封じた魔獣を復活させ。強大な魔獣の力で無理やり大地に魔力を拡散、痩せ衰えていくこの国(ヤマタイ)の土を(よみがえ)らせようとした……とも。

 

「特に……この(たび)(いくさ)に共闘してくださったアズリア様や、その他の方々のご活躍を見て。これまで交流を禁じられてきた大陸との関係に疑問を抱いたのです」


 ジャトラとこの国(ヤマタイ)中枢部の事情、そしてマツリのこれまでの説明を聞いたアタシは。

 八葉を抜ける、という言葉の意図をようやく読み解くに至った。


「ははあ……なるほど、ね。読めたよ」


 アタシは()えて口には出さなかったものの、もう一人。マツリの意図を理解した素振りを見せた人物が現れる。


 それは、元海賊のヘイゼルだった。


 フルベの街で、偶然とも奇跡とも言える再会を果たした時点で。ユーノとヘイゼルには今回の騒動の経緯(いきさつ)のおよそは説明してある。

 だからこそ、アタシと同様の結論に達したのだろうが。


「当主サマは、頼りない上層部(うえ)に無断で大陸との繋がりを復活させてやろう……そう考えたんだろ?」

「はい、その通りです」


 あくまでこの時点では推論にすぎないヘイゼルの言葉だったが。

 取り(つくろ)いや否定的な態度を一切見せずに、即座に(うなず)いて肯定の意を示すマツリ。


「そ、そうかっ! だからムカダをっ」

「え? え?……ど、どういうこと、と、頭領っ?」


 ヘイゼルの推察にマツリが(うなず)く、たったそれだけのやり取りだったが。

 二人を見ていたカムロギもまた、何かを理解したようで大きな声を発する。


 カムロギが投げ掛けていた疑問、それは隣接する別の八葉との火種となりかねない斥候(スカウト)のムカダを。

 何故、迷う事なくカガリ家に受け入れたかということだったが。


「そもそも、太閤(ダイクーン)が決定した魔竜(オロチ)の支配をこうして力づくで拒絶した時点で。カガリ家は他七つの家を敵に回したも同然ですから」


 突然立ち上がって大声を発したカムロギに、真っ先に疑問を(てい)したイチコは。マツリの説明に、ふんふんと何度も縦に首を振り、話を聞いていたが。


「な、なるほどっ? え、え……つまり?」


 どうやら説明の内容が上手く理解出来なかったようで、結局は首を(かし)げて不思議そうな顔を浮かべていた。

 しかし、理解出来ていなかったのはどうやらイチコだけのようで。

 

「あのね、イチコちゃんイチコちゃん。どっちを選んでも、どうせお隣のリュウガ家とは喧嘩(けんか)になっちゃうの」

「え、そうなの?」

「だから。ムカダの仕官を断る理由がない……むしろ敵対するなら、知ってる内情は武器になる」

 

 ニコとミコ、二人は先程のやり取りでムカダの仕官をマツリが受け入れた理由を理解出来たらしく。まだ事情が分かっていないイチコへと、左右から詳しく説明していた。

 イチコの事は、少女二人(ニコとミコ)に任せておけば良いだろう。


 それよりも。

 アタシは会話を交わしていたマツリへ、感嘆を表す息を一つ吐いた後。


「ふぅ……恐れいったよ、マツリ。てっきり情に(ほだ)されてムカダを雇い入れたとばかり思ったのに、まさかそこまで考えてたとは、ねぇ」

「アズリア様にそう言っていただくのは、光栄な事ですね」


 マツリの口から語られた、大陸との交流と八葉からの決別は。決して今この場の思いつきなどではなく、(あらかじ)め練りに練られた構想だったのだろう。

 そう言えば、アタシがこの国(ヤマタイ)の地を踏んだ当初は。ジャトラもマツリを当主に置いたまま、フブキを人質に要求を通すだけに抑えていた体制だったのに。

 マツリを追い落とし、当主の座を強奪した原因を。アタシは人質だったフブキの逃走を許し、要求を飲ませる(すべ)を失ったからだとばかり思っていたが。

 もしかすると、マツリは今回の騒動が発生するよりも前から。(おぼろ)げながらも、八葉を裏切って大陸と交流を持つ事を考えていたのではないだろうか。


 大陸から来た余所者(よそもの)であるアタシやユーノ、ヘイゼルやお嬢(ベルローゼ)が。おそらくは、マツリの構想を最後に後押ししたのは確かだろうが。


「それで……一つお願いがあります、ベルローゼ様」


 するとマツリは、スッ……とアタシから目線を逸らしたかと思うと。

 これまで一度も会話に参加していなかったお嬢(ベルローゼ)を、突如として名指ししてみせたのだった。

 

 

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