410話 アズリア、当主マツリの誠意
アタシの提案、それを聞いて驚きの反応を見せたのは目の前のカムロギだけではなかった。
「ちょ……な、何言ってるのアズリアっ?」
提案に異を唱える反応を見せたのは、背後にいたフブキだ。
とはいえ、明確に反対しているのではなく。何の相談も無しに重要な提案がされた事に困惑している、という素振りだったが。
「アタシはイイ案だと思ったんだけどねぇ」
魔竜を討ち倒し、一度は当主の座を簒奪したジャトラも死んだ事で。これにてカガリ家を二つに割った大規模な内輪揉めは終結したわけだが。
この戦いでカガリ家は、四本槍と称された歴戦の猛者を始め、ジャトラに加勢した大勢の武侠が犠牲になった。
さらに言えば。
アタシがハクタク村で見た、村の子供チドリを魔竜の生贄に供する命令のように。
カガリ家の各地にはおそらく、ジャトラが力を得る代償にと魔竜に村人を喰われたり。
フルベの街のように住人を苦しめる重税を課しているジャトラ配下の領主も、いまだ存在している。
「何しろ……今回の騒ぎでカガリ家にゃ、人が足りてないんじゃないのかい?」
「そ、それはっ? た、確かにそうだけど……」
そんな領地の状況を改善するためには、優秀な人材はいくらあっても足りない。
当主の座を再び取り戻したマツリも、姉を補佐すると言っているフブキも。有能な人間を味方に欲している筈だ。
その点で言えば、カムロギは申し分ないと言えるのではないだろうか。
フブキも見ていたであろう、第三の城門の前でのアタシとの一騎討ちで。彼の実力を嫌という程確認出来ていただろう。魔術文字を駆使したアタシと互角以上に張り合ってみせたカムロギならば、今回の騒動で失った戦力を充分に補ってくれるのではないだろうか。
さらに言えば、アタシと互角以上に戦える腕前の人間が野盗だなんて物騒この上ない。
マツリやフブキのためにも、領民のためにも。閃いた時に、これは妙案だと思ったのだが。
「てなワケで、どうだいカムロギ──」
返答を待っていたアタシ。とはいえ、自身の将来を決める決断となる。
即座に答えは出せない、そう思っていたが。
「俺に異存はない」
「へ?」
そう問い掛けた途端、一息の間も入れる事なくアタシの言葉に続けるように。提案を飲む、と答えを出したカムロギ。
予想外の回答の早さに、アタシは思わず目を見開いてカムロギを見てしまう。
「は、早い、ねぇ……もっと悩むかと思ったんだけど」
「元より処分はアズリア、お前に委ねた身だ──だが」
すると、カムロギは提案したアタシから視線を外し。
アタシの背後でつい先程、異論を挟んだばかりのフブキと、隣にいた姉マツリへと焦点を移すと。
「新しい当主よ。本当に……俺を仕官させる気か? 確かに魔竜には共闘したが、それでも俺は一度、お前たちに刃を向けた人間だぞ」
提案を飲めば、忠誠を違う相手となる二人の姉妹へと。アタシの提案の是非をあらためて問い掛ける。
確かに、提案したのはアタシだったが。事前にカムロギを配下にする事を、マツリやフブキに相談をしていたわけではない。それは、アタシがこの話を持ち出した際、フブキが困惑の反応を見せた事でも明らかだったろう。
だからこそ、カムロギは二人へと確認しているのだ。
アズリアの提案は、果たしてカガリ家、そして当主とその補佐役の二人にとって。本当に好ましい結果になるのかどうか、を。
「……どうなんだ、当主様」
カムロギの視線は、二人にではなく。当主のマツリに集中して向けられている。
先程は咄嗟にアタシへ口を挟んだフブキだったが。
あくまで血を分けた姉妹という関係上、補佐役をしているだけで。カガリ家の重大な決定権を有しているのは当主であるマツリなのだから。
「ね……姉様、っ……」
矢傷を負って幽閉されていたところを救助してから、この日まで一緒に行動してきたアタシは。フブキが活発で積極的な性格だ、というのを嫌と言うほど知っていた。
と同時に。僅かな程度の交流しかないものの、活発なフブキが比較対象となったからか。姉マツリは控えめで大人しい性格なのを、多少ではあるが理解出来ていた。
だからなのだろう、カムロギの視線と質問を姉の代わりに受け止めようとしたフブキだったが。
無言のままフブキの前に腕を伸ばして、一歩踏み出そうとするのを制し。
「ね──姉様っ⁉︎」
「え?」
「お、おいッ?」
なんと。
突然、両膝を地面に付けて座り込んだマツリは。アタシとカムロギに対して、先程のカムロギらと同じように頭を深々と下げたのだ。
これにはフブキも、そしてアタシやカムロギもまた。驚愕の声を上げ、呆然と固まってしまう。
「……カムロギ様。その武勇を以って、至らない私めの配下となり。このカガリ領の復興の助けとなってはくれないでしょうか」
「お、おいっ、当主様とあろう人が頭を上げてくれっ! 俺はっ──」
頭を下げながら、丁寧な言葉を並べてカムロギをカガリ家へと勧誘するマツリ。
しかし元々は、アタシへの恩を返すなら何でも言う事を聞く、という展開だったのだ。ならば「はい」と首を縦に振れば、カムロギはすんなりと配下になった筈なのだが。
敢えてマツリは、カムロギに最大限の誠意を示そうと頭を下げたのだろう。
当然、承諾されるか拒否されるかの二択だと思っていたカムロギは困惑し。
地面に座り込み、自分に向け頭を深々と下げるマツリに対して。何とか身体に触れずに頭を起こしてもらうため、同じく地面に座り込んでの説得を始めるも。
マツリは、カムロギの説得に応じる気配は一向になく。頑なに頭を起こそうとはしなかった。
「敗北し、仲間の後を追おうとした弱者だ」
「いえ、カムロギ様。最強の傭兵団として名を馳せていたその噂は、世間に疎い私の耳にも届いております」
「最強の傭兵か……それでも俺はアズリアに敗れはしたが、な」
……何だろう、この状況は。
アタシは二人が地面に座りながら、言葉を交わす光景を目の当たりにし。
フブキと顔を見合わせながら、何が起こっているのかを理解出来ずにいた。
何しろ、カムロギはマツリの承諾があれば、カガリ家に忠誠を誓うと明言しており。一方でマツリはというと、返事を待つカムロギを勧誘しているのだから。
互いに同じ結果に向かっていながら。
何処かですれ違っているような会話。
二人とも真剣な表情なだけに、割り込んで邪魔をするわけにもいかず。アタシとフブキも傍観するしかなかった奇妙な会話も。
ようやく決着に収束していこうとしていた。
「そもそも俺は、一度ならず二度までもアズリアに生命を救われた身。何を言われても引き受けると先程誓ったばかりだ」
「ではっ──」
「ああ。しかも……当主様にここまで望まれたからには、このカムロギ。誓いを立てた魔剣に掛けて、満足のいく働きをさせてもらう」
妙に話が逸れ、結論が拗れないかが心配ではあったアタシだったが。
カムロギがカガリ家の、マツリに忠誠を誓うという本来の結果に行き着いた事に。アタシは安堵で胸を撫で下ろした。
「ふぅ……一時はどうなるコトかと思ったよ」
これで考えられる問題は全て解決した、と思っていたのはアタシだけではない。
背後に控えていたヘイゼルやユーノも、フブキもまた同様の反応を見せていたからだ──しかし。
「「「ちょっと待ったあああ!」」」
この決着に、納得がいかない人間がいた。




