409話 アズリア、カムロギへの提案
それでも感傷に浸ってはいられない。
アタシには、まだやる事が残っていたからだ。
「さて……と」
今度は自分の腕で両眼を擦って涙を拭き、背中から回された師匠の腕を振り払うように立ち上がり。
死の淵から目を醒ましたイチコ以外の五人とも、感激の再会を果たしていたカムロギに視線を向ける。
「父様っ……もう逢えないと諦めてたっ……」
「お父さんっ、お父さんっっ、ミコは、ミコはっっ……」
「ほらっ、ニコもミコもっ。頭領が困ってるからそろそろ離してあげなっ?」
両脇にはニコとミコの二人が抱き着き、一向に離れる気配を見せてくれず困惑していたカムロギだったが。
それでも仲間と再会出来た喜びの感情は隠し切れずに、目尻や口端から溢れてしまっていた。
立ち上がったアタシは。
「なあ、カムロギ──」
蘇生後の再会の喜びに湧くカムロギと、その仲間らの元へと歩を進めていく。
一度はアタシらの元を離れ、死んだ仲間らの後を追い自ら死を選ぼうとしたカムロギが。これから先どうするかを聞きたかった、それだけだったが。
カムロギを含めた七人はアタシの姿を見た途端に、歓喜の声をピタリと止めて。その場に膝を突いて接近していたアタシに揃って頭を下げていく。
「……ッて、お、おいカムロギッ! 一体、何の真似だってえの」
「感謝するぞ、アズリア……お前の魔法のおかげで、俺はもう一度こいつらと言葉を交わすことが出来た……」
「い、イイからッ……頭を上げろってば」
「いや、何も良くはない。互いの事情こそあったが、俺はお前に一度は剣を向けた身」
突然の行動にアタシは驚き、地面に座り込み頭を深々と下げたカムロギの身体を起こそうとするが。頑なに頭を上げるのを拒み、アタシへと感謝の言葉を構わず連々と口にする。
「なのに……お前は一度ならず二度も。俺たちの生命を拾い上げてくれた。この恩は、何をもっても返させてもらうっ!」
「い、いきなり何でも……と言われても、ねぇ」
カムロギの言う通り。アタシはこれで二度、彼ら盗賊団の生命を救った事になる。
一度、というのはつい先程の蘇生魔法だが。二度というのはカムロギら全員が致命的な流行り病に冒された時の話だ。
アタシとしては、第三の城門の前にて竜人族の女戦士・オニメとの対決の際に。勝負に割り込み一対二の状況にも出来たのに、敢えて決着が付くのを待ってくれた。
それだけで充分に恩は返して貰った、と勝手に思っていたのだが。
「……アズリア、何でも遠慮なく言ってくれ。もし、剣を向けた事を許せないと言うなら、俺は今この場で腹を斬るつもりだ」
──冗談ではない。
カムロギの言う「腹を斬る」というのは、この場で自害するという意味だ。
だが、一度は敵となった腹いせにカムロギの生命を要求するつもりなら。戦場から何も言わず、おそらく誰もいない場所で生命を絶つ算段の彼を止めはしなかったし。
代償を支払ってまで、カムロギの目の前でイチコらを蘇生しよう、など行う筈もなかった。
これまでの行為を無駄にするような発言に、怒りの感情が湧き上がったアタシは。
「ふざけるなよ、カムロギ。アタシの……いや、ここに集った連中の想いを台無しにするようなコト言いやがって──」
無意識のうちに右眼の魔術文字を発動してしまっていたようで。
地面に額が触れる程に深々と頭を下げていたカムロギの肩を掴み。魔術文字の効果で増強された腕力を発揮し、無理やりに上半身を起こしていった。
「なら俺は一体どうしたらいいっ! どうしたらアズリア、お前に償いが出来るっ? 俺が差し出せる物はもう何もない……この身体と魔剣、そして生命だけなんだっ……」
「……カムロギ」
一瞬だけ驚きの反応を見せたが、すぐに憂いに満ちた表情に変わり。今にも泣きそうな悲痛な声で、自分の心情を吐露していく。
今回の一連の騒動の黒幕であるジャトラに雇われ一度は敵側に立った事の償いは。ユーノらと共闘し魔竜に挑んだ時点で、アタシの中では既に解決していた。
しかし、他の連中はどうだろうか。アタシは一旦カムロギから視線を逸らし、背後に控えていたユーノやヘイゼルへと焦点を向けた。
すると、呆れた表情のヘイゼルが一度溜め息を吐いた後、口を開き。
「一騎討ちをしたのはあんた。勝利したのもあんたなんだ。だったら勝手に決めりゃいいさ。あたいらはその決定に黙って従うだけさ」
つまりは、アタシがこの後カムロギをどう扱っても異論はない、というヘイゼルの発言に。ユーノやフブキは無言ながら一度だけ頷いてみせ。
続けて、フブキの隣に並ぶマツリや女中のセプティナもまた、ヘイゼルに同意する態度を見せる。
「……ありがとな、みんな」
決定権を委ねてくれた全員に、アタシは簡潔ながら感謝の言葉を口にする。
「あ……コホン、っ」
唯一、首を縦に振らなかったのはお嬢だったので。視線をカムロギへと戻そうとしたその時。
わざとらしく咳払いをしたお嬢は。
「ほ、本来なら……叛意を見せた不届き者を罰するのは、この私の権限なのですが。い、いいでしょう、この場はアズリア、お前にその権利を譲りますわっ」
そう発言し終えたお嬢は、胸を張って自分を称賛、もしくは感謝の言葉を待っているように見えたが。
アタシとしてはユーノやヘイゼル、そしてフブキやマツリに認められた時点で。既に仲間に視線を向けた、その目的は果たしていたのだ。
だから先程とは違いアタシは、何の言葉も口にする事なく視線をカムロギへと戻していく。
「ちょ、ちょっと……どういう事ですのアズリアっ? わ、私には何の感謝もないというのですかっ!」
「……ちッ、放っといたら放っといたで、やかましいねぇ……」
背後で騒ぎ立てるお嬢に呆れながらも、一切触れることなく放置する事にした。
ここでアタシが下手に感謝などしようものなら、舞い上がったお嬢が。アタシに対して何を言い出し始めるか、分かったものではないからだ。
「さて、と──カムロギ」
それに、カムロギの必死な訴えを受け止め切れなかったばかりに、逃避行動として仲間の顔を。とりわけカガリ家の姉妹の顔を眺めていた時に。
アタシは誰もが利を得る妙案を閃いていた。
「何でもする。その言葉と覚悟、確かなんだろうねぇ」
「ああ、何でもする……この二本の魔剣に誓って」
あらためて決意に揺るぎがないかを確認するアタシに、力強く頷きながら。腰に挿していた二本の魔剣を鞘ごとアタシの前に差し出してくるカムロギ。
「イイ心掛けじゃないか──それじゃ、カムロギ」
しかし、アタシからどんな要求をされるのか。まるで見当が付かない不安もまた、カムロギの表情からは見え隠れしていた。
その不安を解消するため、アタシは早速。頭に浮かべたばかりの妙案をカムロギへと提案する。
「アンタ、カガリ家に仕えなよ」
その提案とは、今は野盗の頭領で四人だけの傭兵団の一員だったカムロギを。当主マツリに忠誠を誓わせ、カガリ家に所属させるというものだった。




