407話 アズリア、精霊からの恩寵
次の瞬間だった。
「……う……ん……」
これまで微動だにしなかった少女の唇が微かに開き、声を発し。
続けて、閉ざしていた目蓋を僅かに開ける。
一度は死を迎えた筈のイチコが意識を取り戻す様子を、間近に見ていたカムロギは。
「あ……あ、あ、っ……」
頬に触った時の温もりで、蘇生魔法が成功したものだという実感が湧いていたものの。唇に続けて、目が開いた途端に感情が抑えきれなくなったのか。
「い──イチコおおっっっ‼︎」
この場にいる全員がカムロギを注視していたにもかかわらず、両の眼からボロボロと大粒の涙を流しながら少女の名前を叫び。
死の世界から戻り、目を開けたイチコの頭を抱き寄せ。地面に倒れていた少女の上半身を無理やりに起こしていく。
「お……おおぉぉぉぉっ……よ、よかったっ……ほ、本当に蘇ったんだな、よかった、よかった……う、ううっ……」
「と、頭領っ──」
なすがままにカムロギに抱え上げられていたイチコは、蘇生され目醒めたばかりだったからか。まだ力が入らず、自由に身体を動かせない様子だ。
それでも腕を震わせながら、号泣するカムロギの頭にゆっくりと手を乗せる。
「もう……そんなに泣かないでよ、頭領……」
「本当に……生き返ったんだな……イチコっ」
震える手でカムロギの頭を優しく撫でるイチコだったが、感極まったカムロギの涙は止まる事なく。まだ年端もいかぬ少女を、強く、強く抱き締めていた。
今、カムロギが少女の身体に回した腕を解いたら、再び死んでしまうのではないかという不安からだったが。
「と、頭領……痛いってっ、もう少し……腕緩めてくれないと、また死んじゃうっ──」
「お、おお、悪いっ⁉︎」
歓喜の感情が強すぎたからか、抱き締めていた少女から「苦しい」と苦言を呈されると。
慌てて腕の力を緩め、あらためてイチコの身体に傷が残っていたりというような異常がないかを確認しようとしたが。
途端にカムロギが少女の身体を自分から遠ざけ、顔を背けたのだ。
「え? ど、どうしたのさ頭領……?」
先程まで喜んでいたのに、突然のカムロギの態度の豹変に違和感を覚えるイチコだったが。
ここでようやく、今の自分の状況を知ることとなった。
「は? な、何であたし……裸なんだよっ⁉︎」
そう。今のイチコは一切の衣服を纏っておらず、全裸の状態だった。
無論、裸の状態なのはイチコだけではない。蘇生魔法の効果で肉体が復元していた残り五人も同じく、何も衣服を纏ってはいない状態で地面に寝かされていた。
当然だろう。蘇生するために用意出来たのは、六人ともに頭蓋のみ。欠損したほとんどの肉体は、魔法によって復元されたのだが。
さすがに着ていた衣服までは、蘇生魔法の効果には含まれてはいない。だから全裸の状態なのは仕方ないと言える。
「と、頭領っ……ふ、服っ? 何でもいい、着るものはないのかよっ?」
カムロギが視線を逸らした理由を完全に理解した、いや、してしまったイチコは。身体が自由に動くならば、この場から駆け出して茂みや樹木に身を隠していただろうが。
身体に力が入らない今の状態では、走り去るどころか。立ち上がる事すら困難であった。仕方なくイチコは肌を晒す羞恥に顔を赤くしながら、脚を閉じて腕で胸や股間を隠していた。
いち早く目を醒まし、感動の再会を果たしたイチコに続けて。
二人の少女、そしてムカダ・トオミネ・バンの三人も次々に意識を取り戻していく。
「……う……うう……こ、ここは……?」
「俺たちは、確か、魔竜に喰われたはず……なのに」
「え……あ、あれ? とう……さまっ」
蘇生魔法は完璧に成功していたのだ。
「あ……お、お前たちもっ……本当に、本当に死から帰ってきたんだ、なっっっ……」
六人全員が無事蘇ったのを確認したカムロギは、地面に寝たままの五人に順番に寄り添いながらも。
イチコが目を醒ました時よりは冷静に、まだ自由に動かない五人の手を握り。
「お、おお、頭領……これは、夢か?」
「夢じゃない……夢でもなきゃ、幻でもないぞ。お前たちは精霊様とアズリアのおかげで、死から蘇ったんだっ……」
魔竜に喰われ、自分らが絶命した事を理解していた五人それぞれに。再び生命が宿った事を説明して回っていたカムロギ。
◇
その一方で、蘇生魔法を発動し終えたアタシは。 刀身に帯びていた光を失った大樹の魔剣を握ったまま、力無く地面に座り込み。
「ふぅ……ッ」
六人全員の蘇生に成功した事に、安堵の息を漏らしていた。
座り込んだのは、魔法の代償による脱力感からではなく、魔法が成功した事に気が抜けてしまったからだ。
「まさかホントに、全員があの状態から蘇っちまったなんて……今でも信じられない、ねぇッ……」
何しろ、伝説の魔剣と大樹の精霊の力を貸して貰ったとはいえ。
目の前で死んだ人間が蘇る、という信じ難い結果を起こしたのは。間違いなくアタシ自身であった、という事実をまだ俄かに受け止められていないのもある。
少しばかり放心して地面に座り込んでいたアタシ、その背後から余裕に満ちた声を掛けてきた一人の人物。
「ふふ、お疲れ様。アズリア」
不意にアタシの背後に立った気配の正体は、大樹の精霊。
今は「精霊憑依」を行い、本来ならばアタシに宿っている筈だったが。大樹の魔剣の魔力を使い、その姿を魔力のみで顕現していた……言わば、幻影のような状態ではあったが。
「それで、あなたを慕う仲間たちと魔法の代償を分かち合った感想はどうかしら?」
「あ……そう、だったねぇ……」
師匠の言葉に、アタシの胸に突如として湧き上がる罪悪感。
カムロギが歓喜の声を上げているように、六人全員の死からの帰還を果たした蘇生魔法だが。魔法を成功させる代償には、三〇年分という寿命を必要とした。
アタシは当初、一人で代償を支払うつもりだった。たとえ代償で、アタシの命運が尽きる結果を迎えようとも。
……しかし。
この場に集結した、お節介、だが仲間思いのアタシの大切な仲間たちは。
何の得もない事を理解しながら、アタシと一緒になって魔法の代償を支払う、と明言してくれたのだ。
「気に病んでいるのね、仲間が伸ばした救いの手を受け入れた事を」
「ああ……そりゃあ、ね」
一人で三〇年分の代償を負うのとは違い、八人で代償を分割すれば。ざっ……と計算をすれば一人当たり五年以下となる。
つまりは「一度生命を救った連中を助けたい」というアタシの完全な我儘で。ユーノやフブキらの寿命を五年、縮めてしまったのだ。
「元々アタシは、これから生きるであろう三〇年を捨てる覚悟は出来てたけどさ──」
もしかしたら、今この時点で代償を分け合った事に後悔がなかったとしても。自分の命運が尽きる日が近づくにつれ、今回の選択を後悔する日が来ないという保証はないのだから。
「他のみんな、ユーノやフブキは後でこの選択を後悔しないかな……なんて考えちまうんだよ」
アタシ以外の全員には、安否を気遣う人間がいる。
ユーノだって、故郷である魔王領には実兄である魔王リュカオーンに四天将らが。彼女の帰還を心待ちにしているだろうし。
フブキやマツリは、統治するべきカガリ家の領民や配下の武侠がいる。
「もう……馬鹿ね、アズリアは」
そんなアタシの杞憂を、鼻で笑うつもりなのか、もしくは慰めてくれているのか。魔力で姿を見せていただけで、実体のない師匠だったが。その手がアタシの頭へと伸び、髪を撫でる仕草を取り。
意図が読めない師匠の言葉は続けられる。
「安心しなさいな。今、発動した魔法の代償で誰も寿命は縮んだりはしていないから」




