406話 アズリア、魂無き肉体を包む光
すると、先程まで落胆し両膝を地面に突いて座り込んでいたユーノが、突然跳ねるよう立ち上がり。
「だ、だったらボクもっ!」
憎まれ口をアタシに叩いたお嬢の手の上に、自分の手を乱暴に置いていく。
「せいれいさまっ! おねがいだから……ボクのいのちも、おねえちゃんのためにつかってよっ!」
そう師匠へと訴えたユーノだったが。
そんなユーノの手の上に、また新たな人物の手が重ねられる感触に驚きの声を上げた。
「あ、あれっ?」
「お嬢様が加わるのであれば、女中の私も微力ながら協力させていただきます」
新たに置かれた手の正体とは、お嬢のお付きの女中であるセプティナだ。
アタシと目が合ったセプティナは、手を乗せたまま。まるで屋敷で客人を迎える時のように深々と頭を下げる。
お辞儀をした際に見えた三つ編みの黒髪に、アタシは少しだけ驚く。
魔竜が自爆した戦場で再会した時には、意識のないお嬢を背負い。後頭部で結った黒髪は激戦からだろうか、解けていた筈にもかかわらず。
いつの間にか、しっかりと髪は三つに編んで結ってあったからだ。
アタシの知る限り、感情的で直情的なお嬢とは違い。そんなお嬢の護衛を任されていたからか、冷静な判断力で周囲を常に見ていたセプティナならば。
これまでのフブキや師匠の説明で、手を貸せば自分の生命が削られてしまう事は容易に想像出来る筈だ。
アタシは一度、代償の重さを理解しているかどうかをセプティナへと問い掛けるも。
「い、いや……イイのかい? 事情のある程度は、アンタなら理解してんだろ」
「はい、アズリア様。ですが……お嬢様は言い出したら、絶対に意見を曲げることのない性格です」
「な……な、っ?」
「ならば、お嬢様の女中である私が。少しでもお嬢様の負担を減らすため──」
セプティナは頭を下げたまま、先程アタシへ向けて暴言を吐き捨ててきたお嬢へと視線を向け。
代償を支払う選択をした説明を続けていく。
「今、私に出来る最善の行動とは。お嬢様がこれ程までに熱烈に執着するアズリア様の助力、そう判断しました」
「お嬢が……アタシに、執着?」
アタシは一瞬、セプティナから発せられた言葉の意味が理解出来ずに、大きく目を見開いて女中の顔を覗き込んだ。
執着、という意味だけならば。本来、帝国は自分の領地である白薔薇公爵領にいるべき人間が。わざわざ大陸の南の果て、海を大きく隔てたこの国までやって来たのだ。納得も出来るが。
女中の言葉を愚直に読み解くなら、その執着は敵意ではなく。寧ろ好意に近しい類いの、執着。
だがセプティナは決して冗談を口にしたわけではなかったようで、真顔のまま無言で首を縦に振る。
「せ、せ、せ……セプティナああ! あ、あなたっ、そ、それ以上っ余計な事を言うと、いくらあなたでもこの場で任を解きますわよっっ!」
アタシと女中とのやり取りが何故か癇に障ったのか。
癇癪を起こしたかのように顔を真っ赤にして、声を震わせながら女中を怒鳴り付けるお嬢。
どうやらセプティナは、本当にお嬢がアタシに好意を向けていると大きな勘違いしていたようだが。
「……だよねぇ」
口から思わず、溜め息混じりの言葉が漏れた。
これまでお嬢が、アタシへ好意を持つような出来事が遭ったかを頭の中を辿ってみるも。
まず、頭に浮かんだ記憶といえば。
幼少期の頃、四つん這いにされ背中に乗られた事や。
砂漠の国でこちらを見た途端に、突然癇癪を起こし。腰の刺突剣で斬り掛かってきた事だ。
その後も、アタシの頭に様々な光景が浮かんでくるも。
そのどれもが、とてもではないが……アタシへ好意を抱いているとは到底思えない出来事ばかりだったからだが。
……まあ。
お嬢が一体アタシの何にそこまで執着しているのかは、一旦置いておくとしよう。
「それよりも、だよ」
魔剣を握っていた自分の手へと視線を落とすと、重ねられていた仲間の手が積み上げられていた。
ただ、身体の痛みと脱力感に耐えるアタシを支えてくれるのが目的ではなく。
イチコら六人を死から蘇生させるため、本来ならばアタシが支払う筈の代償。三〇年分の寿命を一緒に分かち合ってくれる仲間の手だ。
次の瞬間、アタシは顔を上げ。同意してくれた仲間の顔をあらためて端から順に確認していく。
フブキとマツリのカガリ家姉妹に。
仲間の蘇生を待つカムロギ。
代償の軽減を提案してくれたヘイゼル。
そして、後から駆け付けてくれたユーノに。
「……なんですの?」
お嬢と、お付きの女中のセプティナ。
アタシを含めれば合計で八人。
一人で代償を支払っていたならば、たとえ蘇生に成功しても。代償の結果、生命の灯が消えかけたアタシは余命幾ばくもない状態に陥るかもしれなかったが。
八人で、ならば。多少は老後を楽しむ時間が短くはなっただろうが。さすがにアタシが三〇歳を待たずに命運が尽きる事もないだろう。
「じゃあ……ホントにイイんだね、アンタら?」
アタシの言葉を合図に、手を乗せていた全員が一度頷いて見せる。
「それじゃ、ありがたく……アンタらの生命も使わせて貰うよ!」
用意できたのは頭蓋のみだったが。既にイチコら六人の肉体は、欠損する箇所もない完全な状態で再生を果たしていた。
六人の肉体を包み込む緑の光は、直視出来ない光量にまで強烈さを増していき。いよいよ蘇生魔法の発動が最終段階に入ったからだ。
「アズリア。そろそろ蘇生が終わるわよ」
「ああ、いつでも……来なッてんだよ」
当然、全身を襲う痛みや脱力感もより強烈になるだろうと覚悟し。魔剣を握っていた手にも力が込もり、アタシは奥歯をギリッ……と噛み締める──だが。
「て──え、ッ? い、痛みが……消え、た?」
思わずアタシの口から驚きの言葉が漏れ出す。
イチコらの肉体を強烈な光が包み込んだのと同時に、これまでアタシの全身を蝕んでいた痛みと脱力感が、全て消え去ったのだから。
いや、驚くのはそれだけではない。
これまでは握っていた魔剣に、蘇生魔法に必要な魔力が吸われていた感覚だったのが。途端に、魔剣から魔力が流れ込んでアタシを満たしてくれるという。まるで真逆の状況に、だった。
──そして。
「な、なにっ、この……ひかりっ? ま、まえがぜんぜんみえないよおっ!」
「ま、魔法は成功したの? ねえ、アズリアっ?」
「わ、分かんねぇよそんなの、アタシだって蘇生魔法なんて使うの、コレが初めてなんだからさあッ」
さらに光量を強め続け、イチコらの肉体を直視出来ない程となった蘇生魔法の光は。
ついにアタシらのいるこの場全体を、一瞬だけ強烈な光で目を逸らしていたアタシらの視界を焼いていった。
辺り一帯を包み込んだ光の範囲がみるみる縮小していき。再びイチコらを目視出来るようにまで、ようやく視力が回復すると。
「お、おいっ……イチコ? ニコにミコ、それにっ……みんなああっ!」
まさに直前、目を焼いた強烈な光にどうしようもなく不安を覚えていたのだろう。
光が止んだ途端に、カムロギが一目散に地面に寝かされている状態の六体の肉体に駆け寄っていくと。
カムロギから一番近い位置のイチコの横へと座り込み、目を閉じていたままの彼女の頬を優しく叩く。
「う、お……っ……」
目の前の少女が一度死を迎えたのは、他ならぬカムロギは痛い程理解していた。にもかかわらず、少女な頬には亡骸にはない血色が戻り。
頬に触れたカムロギの手には、死者の冷たさではなく。仄かな温もりさえ感じたからか。
カムロギが、少女の頬に触れた体勢のまま、動きを止めてしまう。




