405話 アズリア、ベルローゼとの齟齬
頭蓋と僅かな骨の一部しか用意出来なかったイチコら六人の肉体を綺麗に復元し。出来上がった身体という器に、もう一度生命を吹き込むため。
今もなお、魔法の代償である痛みが。アタシの全身を襲い続けていたからだ。
とはいえ……カムロギやフブキ、ヘイゼルが手を重ねてくれたからか。最初に感じた激痛に比べ、痛みの度合いは和らいだ気はするのだが。
「アズリアは、死者を蘇らせるとんでもない魔法の代償に。これから先、生きていく時間を削る選択をしたのよ」
「あ、あの女の苦しみ方は……そういう理由でしたのね、っ」
師匠がアタシの苦悶の表情の理由を説明してくれたことで、一旦は納得をするユーノとお嬢の二人だったが。
「……そ、そうですわっ、で、でしたらあの女は、具体的にどのくらいの代償を支払わなければなりませんの?」
「そ、そうだよっせいれいさま。おねえちゃんのいのち、どれだけもっていっちゃうの? いちにち?……それとももっと?」
アタシが苦しんでいる理由を知った二人が続けて気になったのは、その代償の重さだ。
治癒魔法の代償、という理屈を理解していないユーノの軽すぎる想定に。横にいたお嬢は呆れたように溜め息を吐くと。
「お前……ここで生命を捨てる気ですのね?」
どうやら、精霊の魔力を源とする通常の属性魔法とは違い。ごくごく稀にだが、蘇生魔法を使った実例の存在する神聖魔法の使い手であるお嬢だからこそ。
六人もの死者を、それも肉体の大半を欠損した不完全な状態で蘇生をする事が。どれ程に難易度の高い行為なのか、そして代償が如何に重いのかを理解していた。
そんなお嬢の想定を肯定するかのように、師匠が淡々と言葉を続けた。
「そうね。本来なら、アズリアが支払わなければならない寿命は……三〇年よ」
「「さ、っ⁉︎」」
表情を変えないまま、まるで目の前の人物の名前を呼ぶくらいにあっさりと口にした魔法の代償。
三〇年、と言えば。一般的な人間の一生のおよそ半分ほどとなる。
そんな重い代償だと想像が付いていた筈のお嬢も、全く想像していなかったユーノも。
代償を聞かされた二人が、声を揃えて絶句する。
「さ……三〇……年、っ……それじゃ……はう、っ──」
︎ 「お、お嬢様っっ⁉」
言葉を失ってからの二人の反応は違っていた。
幼少の頃のアタシを知っているならば、逆算すれば正確ではなくとも今のアタシの年齢のおおよそを知る事の出来たお嬢は。
三〇年という重過ぎる代償に、精神的打撃を被ったからか。途端に顔色を真っ青にして足元が不安定になり、地面に倒れそうになる。
もっとも。お嬢の危な気な様子を察知し、駆け寄ってきた女中のセプティナに身体を支えられ。転倒は免れたのだが。
「ど、どうしようせいれいさまっ? そ、そんなにとられたら、おねえちゃんがしわしわのおばあちゃんになっちゃうよっ! ねえっ!」
言葉を失ったお嬢とは対照的にユーノは、感情を昂らせながら。
目の前にいた師匠が「精霊」という自身より高位の存在であると知りながらも。両肩を掴み、師匠の小さな身体を揺らしながら。感情的になって懇願を始めた。
アタシを助けて欲しい、と。
しかし師匠は、矢継ぎ早に言葉を並べるユーノが肩を掴む手の、片側を緩やかに払い退けながら。
「もちろん。アズリア一人で代償を支払うならそうなるわね。実際、その結果を覚悟しての発動だったのだから」
「そ……そんなぁ……っ」
或いはユーノには、自分とは真逆に淡々と、感情を込めずに言い放った師匠の態度と言葉が。アタシを見捨て、懇願が拒絶されたものだと思い込み。
全身から力が抜けたユーノが、両膝を地面に突いて座り込み。みるみる涙声に変わっていくも。
セプティナに支えられていたお嬢が、青ざめていた顔に血色を取り戻して師匠を指差しながら。
「ま、待ちなさいな、精霊様……今、っ、『一人で支払うなら』と言いましたわね?」
「……ええ。確かに私は言ったわよ」
「なら」
どうやらユーノに言い放った師匠の言葉に、何か気になる点があったのだろう。
血色をすっかり取り戻したお嬢の顔には、勝ち誇ったような笑みを浮かべ。
「私も、その代償を支払う選択が出来る……という事ですわよ、ね?」
その発言に、アタシは驚く。
フブキによる状況の説明が中断されたからか、二人は「代償を複数人で分散する」というヘイゼルの提案を聞いてはいない筈だ。
そうでなければ、魔法の代償を聞いてあれ程困惑してはいなかっただろう。にもかかわらず、お嬢は師匠との会話から同じ結論に到達したのだ。
アタシの元に歩み寄ってきたかと思うと、魔剣を握る手に重ねられたカムロギ、ヘイゼルの手の上に。さらに手を伸ばしたお嬢は。
「ならばその代償、私も支払いますわ」
お嬢の追及に、師匠は一瞬だけアタシへと振り返って笑顔を向ける。いつもの何かを画策するような意地の悪い笑みではなく、優しい笑顔を。
次いで、アタシの耳に語りかけてくるのは。
「──アズリア。あなたの仲間もなかなかのものじゃない」
目の前にいる筈の師匠の声だった。
そうだ。今、フブキと一緒にお嬢やユーノへ状況の説明をしていた師匠は、あくまで魔力で作り上げた幻影とも言える姿であって。
本体はアタシと「精霊憑依」の最中だったのだ。だからこうして、周囲に聞こえないようにアタシの耳元で囁くことが出来るのをすっかり忘れていた。
しかし、幼少期の因縁をどうしても捨てられないアタシは。
元・賞金首の凶悪な海賊とはいえ。海の王国からこれまで、共闘を続けてきたヘイゼルとは違い。
傲慢な帝国貴族の中でも、皇帝に次ぐ最高権力者となったお嬢が。何故、アタシのために自分の生命を削る提案を口にしたのか、理解が及ばず。
思わず、お嬢と視線を合わせてしまうが。
「お嬢──」
「か……勘違いしないで欲しいですわねっ! お前の心配など、この私がするわけないでしょう!」
焦点がお嬢と合った途端、向こうが慌てて顔をアタシから完全に背けると。
まるで吐き捨てるような口調で、アタシへと悪態の言葉を次から次へと並べてきたのだ。
「この戦いの一番の功労者であるアズリア、お前が死んだら……私の苦労が無駄に終わるのが嫌だからであって。こ、これは……そう! て、帝国貴族としての矜持なのですわっ!」
いまだ何の目的かは不明だが、わざわざこの国までアタシを追ってきたと理由を告げるお嬢だったが。
「……ああ。そうかい、そうかい」
合流の前には、第二の城門を守護していたカガリ家四本槍の三人を倒してくれたようだし。その後もユーノらと共闘し、魔竜を倒す力となってくれたのは事実だ。
だから少しだけお嬢に感謝していたアタシは。過去の怨恨を忘れ、態度を軟化させても良い……と思い始めていた矢先──この悪態だ。
「アンタに感謝しようとしたアタシが馬鹿だったよ」
腹を立てたアタシは、お嬢へと向けた視線を外し。一度は胸に湧いた感謝の気持ちを、頭の中から消す。
だからこそ。
アタシは見逃がしていた。
こちらから視線を逸らしたお嬢の頬だけでなく、耳まで真っ赤に染まっていたことや。
アタシが視線を外した瞬間。こちらへと顔を戻したお嬢が、何かを言い掛けたような悲しげな表情をしていたことも──全部。




