404話 アズリア、獣の少女と白薔薇の疑問
確か……合流した際にも、そして合流した後も馬になど乗ってはいなかったとアタシは記憶していたが。
どこから補充したのか、お嬢と女中のセプティナが馬に乗って。アタシらの元へと駆け付けたのだった。
そして到着した途端、アタシらへ向けた第一声が。
「……これは一体どういう状況ですのっ!」
と、強い口調で一直線で。魔法を発動中のアタシへと距離を詰めてくるが。
迫るお嬢の進路へ立ち塞がるように割り込んできたのは。同じく到着したばかりのユーノと、状況を説明しようとしていたフブキだ。
「……何ですの?」
「おねえちゃんに、ちかづかないでっ」
両手を広げて、お嬢がアタシへと詰め寄るのを阻止するユーノ。
アタシが知っているお嬢であれば、貴族らしく傲慢に振る舞い。「お退きなさい」と一言、ユーノを強引に突破しようとする……と予想したが。
「アズリアの代わりに私が説明するから」
ユーノに並んでお嬢の前に立ったフブキが、あらためて今この場の状況を説明しようとすると。
予想に反して、一切の反論や愚痴を漏らすことなく大人しく引き下がったお嬢は。一度息を大きく吐くと、無遠慮に腕を組んで。
「……発言を許しますわ。さあ、何があったのか私に話しなさいな」
おそらくは、フブキを下に見ているのは明らかなお嬢の態度。
魔竜との戦闘の最中、お嬢が握っていた純白の魔剣について。女中のセプティナから説明を聞いたのを思い出す。
その話が真実なら、エーデワルト公爵家の当主の座を継いだお嬢。帝国の皇帝に次ぐ最高権力者の座。「帝国の三薔薇」と呼ばれるのが白薔薇公爵家だ。
高慢で不遜な振る舞いは、当然と言えば当然なのだろう……が。
お嬢の目の前にいるフブキもまた、この国においては「八葉」と呼ばれる八つの有力な貴族・カガリ家の当主マツリの実妹。
長らく大陸との交流が断絶していたこの国では、寧ろ立場が上なのはフブキなのではないか……と。
アタシは一瞬、頭に過ぎってしまったが。
「おっと、と……危ない、危ない、ッ」
そんな事を口走ってしまい、耳聡くお嬢に聞かれてしまえば。予想に反してフブキやユーノを押し退けずにいたお嬢を、怒らせてしまうのは容易に想像が出来た。
だからアタシは慌てて、胸に湧き上がった衝動に蓋をして。言葉にするのを何とか我慢することに成功した。
──そんな間にも。
フブキが、遅れて到着した三人への状況の説明は始められていた。
「は……はあ……俄かに信じられませんわ。あ、あのアズリアが……蘇生魔法を、ですか?」
フブキの説明、とりわけ現在発動の最中である蘇生魔法の話を聞いたばかりなのだろう。お嬢が、アタシへと何度も疑惑の視線を向けていた。
大陸で広く信仰される五柱の神々、その全てから加護と恩恵を受けた稀有な存在である「聖騎士」の称号を持つお嬢だからこそ。
高位の聖職者のみが扱う神聖魔法、蘇生魔法の扱いと使用の困難さを理解していただけに。
信じられない、という気持ちも一層なのだろう。
お嬢とは対照的に、同じく蘇生魔法の説明を聞いたユーノは。アタシへ一切の疑いの感情のない、純粋な視線を向けていた。
「す……すごいすごいすごいっ! おねえちゃんっっっ!」
「ですが、言いたくはないですが……魔法が成功した様子には見えませんわ。魔法は、失敗した……?」
だが、ユーノの称賛の声に水を差すようなお嬢の発言。
確かに、蘇生魔法が必要だったという事は、この場には生命が尽きた人間がいたというのと同じ意味となる。
にもかかわらず、この場にはアタシを含めて魔竜と共闘した顔ぶれしか見る事が出来ない。本当にアタシが蘇生魔法を成功させたのであれば、当然蘇った死者がいる筈なのに。
「まだ魔法は成功でも失敗でもないわ。だって、代償を支払えていなんだもの」
お嬢の疑問に答えたのはフブキではなく、フブキの背中から姿を覗かせた大樹の精霊だった。
ユーノと同様に、まだ大樹の精霊の姿を一度も見た事がなく。しかも魔竜との戦闘でも姿を見たわけでもなかったお嬢は、突如登場した知らぬ顔に。
「……誰ですの、この子供は?」
「そうだっ、このこはだれなんだよフブキっ?」
二人とも、この場に現地で暮らす子供が迷い込んだものとばかりの扱いを見せていたが。
「……ふぅ。知らない、ってのは怖いわね。まあ、こんな姿なんだから仕方ないのだけれど、ね」
そんな二人の態度を、既に大樹の精霊という正体を知っているフブキは。実に困惑した表情を浮かべながら、師匠の顔を覗き込み。
その当人である師匠は、自分を子供扱いする二人に、呆れたような溜め息を一つ吐いた後。
「二人とも、アズリアが世話になったわね。私は大樹の精霊ドリアード……アズリアの保護者代わりをさせて貰ってるわ。短い間だけどよろしくね」
「え?」
「……は?」
子供だ、と思い込んでいた相手の口から「精霊」という言葉を聞いて。
二人の表情が凍り付いたように硬直し、頻繁に動いていた視線や立ち振舞いがピタリと停止する。
「せ、精霊が、アズリアの、保護者?」
大樹の精霊、と言えば。この世界に一二体しか存在しない、世界が創造された原初からいるとされる高位の存在だ。
貴族として、一般の人間よりも高度な勉学を教わる機会のあったお嬢は。精霊についてをしっかりと理解していた。
「ほ、ほんとに、せいれいさま……なの?」
一方でユーノが過ごした魔王領には、デモニカ鉄なる強靭無比な金属を魔族らに提供していた謎の鍛治師がいたのだが。
その正体こそ、大地の精霊ノウムが姿を変えていたものだった。
大陸から流れてきた人間らとの戦争の終結や、奈落の影響など。魔王領での様々な出来事で、ユーノの実兄で四天魔王の一体・獣の魔王リュカオーンと大地の精霊は和解し。今では普通に交流をしている関係から、精霊の存在と強大さをユーノも理解出来ていた。
だからこそ、目の前の少女が本当に精霊なのかというのは。アタシが蘇生魔法を扱う以上に懐疑的な話ではあったのだが。
「た、確かにっ……どんな方法を使って精霊様を呼び出したのかは、まるでわかりませんが」
硬直が解けたばかりのお嬢は、何かを閃いたような反応を見せる。
大樹の精霊と蘇生魔法、およそあり得ない二つの要素が一箇所に集まった時、生まれた一つの可能性に到達したからだ。
「精霊様がこの場にいて、アズリアに手を貸しているのであれば。蘇生魔法が使えた可能性もあり得ますわ……っ」
「で、でもっ、だったらなんで──」
少し遅れて我に返ったユーノが、名乗りを挙げた師匠に対して。遠慮もなしにある疑問をぶつけていく。
アタシを指差しながら。
「せ、せいれいさまっ! なんで……おねえちゃん、あんなにくるしそうなのっ?」




