403話 アズリア、この場に集う仲間ら
師匠の返事に、満足げに笑顔を見せるヘイゼルは。
そのままつかつかと無造作にこちらへ近寄ってくると、魔剣を握るアタシの手を支えるカムロギとフブキ、二人の手に自分の手を重ねてくる。
「なら、話は早いぜ」
「ま、まさか……ヘイゼル、あ、アンタッ?」
先程の師匠への提案といい、二人と一緒に重ねた手といい。次にヘイゼルが何を言い出すかは、大体の予想が出来た。
問題は、何故ヘイゼルが。わざわざ寿命を削る大きな代償を肩代わりする、などという選択を決めたのか……だ。
蘇生の対象が盗賊団の仲間であるカムロギは言わずもがな、正義感の強いフブキが黙っていられないのは、まあ、説明がつく。
しかし、ユーノとこの国まで一緒に着いてきてくれただけでなく。本拠地まで共闘までしてくれたヘイゼルには感謝こそしていたが。
義理で支払うには、あまりに大きすぎる代償。
「な、何で、アンタまでが……」
だからアタシは、手を置いたヘイゼルに単純に疑問の視線を向けるも。
アタシの視線に気付いた彼女は、途端にこちらからあからさまに顔を背け。
「か……勘違いするなよなアズリアっ。あの魔竜とかいう化け物を倒して喜んでる最中だってのに、お前だけいない……ってのは何とも寝覚めが悪いからだよっ!」
一気に声を捲し立てながら、アタシが知りたかった動機を説明し始めた。
「……それに。どうやらそう思ってるのはあたいだけじゃないみたいだし、な」
「え?」
そんなヘイゼルの指摘で、初めてアタシは気が付く。
いつの間にか。フブキの手のある場所に、重ねられていた手が一人分増えていた事に。
「ま、マツリ……ッ?」
「微力ながら、私も手助けをさせて下さい」
フブキを心配し、一緒にシュテンに騎乗していた筈の姉マツリこそが、増えた手の正体。
「あ、アンタ、理解してるのかいッ! アタシの手助けをするッてコトは──」
「寿命が削れる事はわかってます」
余所者であるアタシやヘイゼル、どこにも所属していないカムロギと違い。マツリはカガリ家の当主として、広大な領地を統治していくために必要不可欠な存在だ。
そんな重要人物に、寿命という負荷を背負わせるわけにはいかない。アタシはマツリが代償を支払うのを拒否しようと、口を開こうとしたが。
先に口を開いたのは、マツリだった。
「ですが……アズリア様は、我がカガリ家を魔竜の魔手より救ってくれた方。そんな勇者を、見殺しには出来ません。それに──」
しかし、つい先程まで。マツリは遥か後方に待機している駿馬、シュテンの元にいたのではなかったか。
不思議そうに見ていたのはアタシだけではなかった。いつの間に隣に並んでいた姉の姿に、驚きの表情を向けたフブキ。
「ね、姉様……っ」
「妹だけに寿命を支払わせ、私だけが後ろでのうのうと待っているほど、悪い姉にはなりたくないのです」
目を見て即座に理解出来る程に、マツリの決意は強かった。
成る程、妹が重い代償を支払うのを黙って眺めてはいられないと言われてしまうと。
「ぐ……ッ」
口から漏れた呻き声は、蘇生魔法の代償である全身の痛みからではない。
アタシも語気を強めて、差し伸べてくれたマツリの手を振り払う事が出来なくなった。拒絶の機会を完全に逃した、という口惜しさからだ。
対照的に。この場にいる同意した者で、三〇年分という魔法の代償を割ける方法を提案し。すっかり得意げな笑顔を浮かべていたヘイゼルが。
「それじゃ精霊様。この五人で代償を──」
そう言い掛けた、その時だった。
「ちょっとまったああああああ!」
突然、真上から響いてきたのは。
あまりに聞き覚えのある幼い声。
「「ゆ、ユーノっっ⁉︎」」
その声の正体は、周囲に立ち並んでいた大きな樹木の枝の上から、勢いよくアタシらの前へと飛び降りてきたユーノだった。
つい先程まで、魔竜の自爆をほぼ中心部で喰らい、爆炎と衝撃の直撃で意識を失っていたばかりだというのに。
「ユーノ、どうしてこの場所にッ……」
「そりゃ、あんなおおきなおと、ヘイゼルちゃんがならしたらボクだってわかるよっ」
どうやらヘイゼルが撃ち鳴らした単発銃の発射音を聞いて、位置を把握したのはユーノも同じだったようだ。
さすがは海の王国から脱出し、その道中でアタシが海に落ち。海底にある海魔族の都市に滞在していた間、半月ほどをヘイゼルと二人きりで船上で一緒にいただけはある。
「ボクだけなかまはずれはダメなんだからねっ、おねえちゃん!」
「い、いやいやいやッ……ちょっと待て、ユーノッ」
だが、遅れて到着したユーノは。今、アタシらが置かれている状況を一切理解出来ていなかったようで。
むしろユーノより先に、ヘイゼルとフブキが到着していた事が「除け者にされた」という誤解を生んだようだ。
確かに、負傷者を治療した後。戦場にいたユーノらに何の説明もせず。カムロギの身を案じて飛び出してしまったのはアタシの落ち度だが。
そしてもう一つ。
「それとおねえちゃん。そのこ、だれ?」
ユーノが単純な疑問に首を傾げながら、指を差したのは。
今はアタシと、手にした大樹の魔剣の魔力のみで姿を顕現させていた、大樹の精霊だった。
そう言えば、ユーノに出会った魔王領から今に至るまで。ユーノと師匠は、一切顔を合わせてはいなかった事にようやく気付く。
長い旅路の中、ユーノほど一緒にいた旅仲間は他にいなかったからか。一度はどこかで、何なら先程のユーノの治療の時に、師匠の姿を目にしていたものとばかり勘違いしていたが。
先程の治療の際には、アタシと「精霊憑依」を行い、今のように姿を顕現していなかった。
だからユーノが師匠を目にするのは、正真正銘これが初めてという事となる。
「あ、あのね、ユーノ、このお方はね」
蘇生魔法を発動中のアタシに気を遣ってくれたのか、ユーノの身を案じていたフブキが代わりに対応をしてくれ。
これまでの経緯をユーノに説明をしようとした、次の瞬間だった。
またしてもこの場所に一直線に接近してくるのは、地面を踏み鳴らす馬の蹄の音と。
「セプティナ、こちらで間違いはないのですね!」
「はい、お嬢様。先程の炸裂音はこちらで間違いありません」
「アズリアっ、一体何処へ行きましたのっ! さっさと返事をしなさいなっ!」
騎乗している二人が交わしていた会話が耳に届いた途端、アタシは頭を抱えそうになった。
敢えて目視で確認せずとも、聞こえてくる言葉だけで誰が向かっているのかが瞬時に理解出来たからだ。
「また、ややこしい人間が来やがったよ……」
魔剣を握っているため実際には出来なかったが、アタシの口からは思わず言葉、いや本音が漏れる。




