399話 アズリア、剣士と精霊の邂逅
そもそも、アタシが六人の蘇生に固執するのは。何も、一度剣を交わしたカムロギに情が移り、死なせたくなかっただけではなく。
六人全員の流行り病を治療したあの時、アタシは魔力が枯渇しかけ。間違いなく死の淵に立っていたのを強く憶えていたからだ。
このままイチコらが死んでしまう……という事は。あの時、生命を犠牲にする程の治療が全くの無駄に終わってしまうという事に他ならない。
「そうだよな……それに」
逆に考えれば。
本来ならば、国王やそれに類する権力者しか事実上使用が許されない蘇生魔法を。
ただ目的もなく世界を歩き回り、魔術文字を探索するだけのアタシの寿命を削る程度の代償で。イチコら六人に使う事が出来る、まさに破格の好機なのだ。
その瞬間、アタシの頭と胸の中の迷いは晴れ。
「カムロギ。その包みの中身を地面に広げてくれよ」
「ど、どういう事だ? アズリア、お、俺はっ──」
「イイからッ! さっさと包みを解きなよッ」
この場から立ち去る事も、アタシの反撃の刃で朽ち果てる事も出来ず。ただ立ち尽くしていたカムロギに、アタシは再び魔剣の切先を向け。
背中に担いでいた、自分が着ていた衣服を使った包みの中身──おそらくはイチコらの骨の公開を迫る。
当然ながら、先程までの師匠との会話はカムロギには届いていない。
だから、まさかアタシが死んで骨になったイチコら六人を蘇生出来る手段を持っているなど、露ほども想像していないだろう。
アタシとしても、蘇生出来るという確信が持てる前にカムロギに可能性を話し、もし蘇生が不可能であったならば。より深い絶望感を与えてしまうだろう、と。
だが、準備と覚悟は整った。
「おいカムロギ、よく聞きな。これからアタシが、アンタの大事にしてた仲間たちを蘇らせるッ」
「……は。い、今……何と、言った?」
これまでの師匠との会話のやり取りで、蘇生を成功させるための算段が揃ったと判断したアタシは。
蘇生魔法をイチコらに使う事を、カムロギに説明し始めると。
この国にアタシが滞在した日数はまだ短いアタシだが。蘇生魔法の存在も、噂ですらいまだ確認した事がない。
カムロギもまた、アタシの「蘇生」という言葉を聞いて、信じられないといった表情を浮かべてアタシを凝視する。
しかし、蘇生するのをどう説明しろ……と言われても。蘇生する、以外の言い換える言葉などない。だからアタシは今一度、今度は聞き取りやすいよう噛み締めるようにゆっくりと言葉を繰り返してみたが。
「もう一度言わなきゃいけないかい? アタシはッ……イチコらを蘇らせる──ッて言ったのさ」
「ま、待てっ……待て、待て、ど、どういう事か……順を追って説明してくれっ?」
額に手を当てて、首を左右に振る様子から。どうやらカムロギはまだ理解出来ず、困惑しているのが窺えた。
「そ、そもそもっ! 死んだ人間を蘇らせるってのはどういう話だっ? そんな魔法……今まで聞いた事がっ……」
「だろうねぇ、何しろアタシだって。そんな大層な効果の魔法、使ったコトなんてないんだから」
困惑しながらも、大声を張り上げたカムロギに対して。
宥めるのではなく、カムロギの疑惑に賛同するような正直な心境を口にしてしまうアタシ。
当然ながら、不安が解除されるどころか。さらに不安と疑惑を深めてしまったカムロギは。
「は? そ、そんな話に俺が乗るとでも──」
そこで初めて、アタシが握っていた武器が変わっている事に気が付いたようで。言葉を止めてしまったカムロギの視線が、大樹の魔剣を注視していた。
「アズリア……その武器は、一体っ⁉︎」
「ああ、これはねぇ」
そう言えば師匠も、蘇生魔法を使える条件に「手元に魔剣があるから」と言っていたのを思い出したアタシは。
大樹の魔剣を手にした経緯を説明しようとした、その時。
アタシとカムロギとの間に、魔力によって輪郭を形成した師匠の姿が突如として現れたのだ。
まるで、フブキの魔力を消費して彼女自身の「氷の加護」がカイという人格を形成し、姿を見せた時のように。
「はじめまして、人間。私は生命と植物を司る大樹の精霊・ドリアードよ」
だが、姿を見せた師匠がカムロギに言い放った口調に。アタシは違和感を覚える。
「……ん?」
先程までアタシとの会話で使っていたどの言葉よりも冷たく、薄っすらと敵意すら感じる雰囲気だったからだ。
「それはともかく……アズリアが大層、世話になったみたいね」
カムロギも言葉に棘があることを過敏に感じ取ったからか、その手が再び腰の武器の柄に伸びる。
二人の間に緊迫した空気が流れる中、早く蘇生魔法を発動する準備を整えたいアタシは。目の前でカムロギと睨み合う側ではなく、憑依中の師匠へと語り掛ける。
「お、おい師匠……何カムロギを挑発してんだよッ?」
「え? だって、あの人間はアズリアの肩に剣を突き刺した相手でしょ」
師匠の言葉を聞いて、アタシは肩に負った傷の事を思い返す。
確かに、三の門の突破を賭けた死闘の中でアタシは。カムロギが繰り出した鋭い刺突に肩を貫かれ、決して浅くはない傷を受けた。
傷の事を忘れていたのは、カムロギとの戦闘を終えた後にお嬢の治癒魔法で傷口を塞いで貰ったというのも大きいが。
「あれは、アタシとカムロギが互いに一歩も引けない意地があった結果だよ」
アタシが傭兵時代に培った教訓に、「一度友軍となったらかつての遺恨は忘れろ」という言葉がある。
傭兵という稼業は、前の戦いで味方として肩を並べていた仲間が、次の戦いでは敵側に立っている事も。その逆の場合もさほど珍しくはない。仲間を裏切る等の重大な規律違反は例外として、前の戦いの結果を引き摺らないための教訓だが。
一度は敵として対峙したカムロギも、今はこうして打倒・魔竜に共闘してくれた経緯から。傷を受けた事をすっかり忘れてしまっていたのだ。
「それに今は……こうして同じ敵に向かってくれてんだ、感謝こそすれ憎し、なんて思っちゃいないよッ」
「ふぅん……そうなのね」
どうやら師匠は、傷を受けた事すら忘れていたアタシに代わり。カムロギにアタシを傷付けた事への批難の目を向けてくれたようだ。やや過剰過ぎる感情ではあったものの。
カムロギへの今の感情をアタシが説明すると、師匠の敵意すら帯びていた冷たい態度が目に見えて軟化していく。
「その、悪かったわね。精霊は、自分が執着しているものを傷付けられると、少しだけ感情的になってしまうの」
「い、いや、まさか……この目で精霊などという高位の存在を見る日が来ようとは、っ」
精霊が人間よりも遥かに高位な存在だ、という知識はカムロギにもあったようで。その高位の存在である精霊から敵意を向けられていたカムロギは。
師匠からの敵意が緩んだ途端、ふぅっ……と大きく息を吐いて安堵し。次いで、両目を腕で擦る素振りを見せながら。
「しかも、アズリアが。その精霊に固執されている人間だった、と」
今度は苦笑するような表情を浮かべながら、アタシの顔をジッと見つめてくるカムロギ。
と同時に、アタシが先程切り出した「蘇生魔法」の根拠とその理由に。目の前に姿を見せた大樹の精霊が大きく関与しているのを、何となく理解してくれたようだ。




