398話 アズリア、大きすぎる代償
……冗談ではない。
魔竜を倒すために、流れで受け取った大樹の魔剣だが。
伝説に謳われる程の一二の魔剣は、魔剣が秘めた凄まじい力以上に。伝説の武器、としての象徴という意味合いが強力すぎる。
太陽の魔剣を所持する砂漠の国の王・ソルダ然り。
雷の魔剣を持つ現「英雄王」、黄金の国の王イオニウス然り……といった具合に。
いまだ魔剣を所有していない国家は、表向きの情報収集だけでなく。秘密裏に国の工作部隊を動かして残り一〇振りの魔剣の行方を探しているくらいだ。
この話が噂、でないのはアタシもよく知っている。八年の旅の路銀を稼ぐために様々な仕事をしてきたアタシだが、その中に魔剣がある……という場所の調査も一度や二度ではなかったからだ。
そのような大層な肩書きを持つ魔剣を持つ、という意味。
かつての英雄王ほどの大義を持つ人物ならばともかく、アタシには悪目立ちするだけの厄介な代物でしかない。
「と……ところで、さ。師匠ッ」
アタシは、師匠の最後の呟きを聞かなかった事にして。
本題である、骨になったイチコら六人を蘇生出来るかどうか、の疑問を師匠へと問い掛ける。
「アタシが蘇生したい、と思ってるのは。ほら、あの通り……すっかり骨になっちまってるんだけど」
というのも、だ。傷を癒すために教会で世話になった時に、聞いた話だが。
神聖魔法の中でも秘中の秘、とも呼べる蘇生魔法。それを成功させるには幾つかの条件があるという。
その一つが、出来る限り死んだ後、亡骸が肉体の欠損のない状態である事。
その条件に当て嵌めると。六人の亡骸は肉体が残っているどころの話ではない。肉が一つも残らず、骨のみになってしまっている状態だ。
加えて、戦場にはその他蛇人間とされた連中の骨も多数散らばっていた。その中からカムロギが、六人の全身の骨を残らず拾い集められたのかも疑問だ。
「それでも蘇生できたり……その、するのかい?」
神聖魔法ならば、蘇生魔法を成功させる条件を既に一つ満たしていない事となる。
先程、師匠は「蘇生魔法が使える」と言ったが。
発動そのものが成功する条件をアタシが満たしていることと、蘇生が成功するかどうかは全くの別問題だ。
イチコら六人の蘇生の成否が、カムロギの進退を決めるのならば。ここで重要なのは、魔法が使えるかどうかでなく、蘇生が上手くいくかどうか。
アタシは息を飲んで、師匠の返事を待つ。
「──ええ。出来るわよ……それも、ほぼ確実にね」
どうやら師匠は、まだ機嫌を戻してはいないようで。まだ少し冷たい雰囲気の口調ではあったものの。
問題なのは、その返事の内容だった。
「ほ、ホントかいッ⁉︎」
感謝する以上に湧き上がる感情が勝ってしまい、思わずアタシの口から歓喜の声が漏れる。
アタシは、少しでも師匠に蘇生が成功する可能性が高い、と言って貰えれば。少しは不安も解消出来る、その程度にしか考えてなかったのに。
まさか「ほぼ確実に成功する」などと、想定以上の言葉を師匠から貰えた事にであった。
──だが。
「喜ぶのはまだ早いわよ、アズリア」
「……え? ど、どういうコトだい?」
喜ぶアタシの耳に届いたのは、機嫌を損ねているとは少し違った感情を含んだ師匠の声。
言うなれば、これから都合の悪い話を切り出す直前の、神妙な雰囲気に似ていた……そんな、声。
「あなたも知っているだろうけど、強力な治癒魔法には術者や対象が代償を払う場合がある、と。もちろん、これから使う蘇生魔法にだって──代償はあるわ」
代償、という言葉を師匠の口から聞いて。アタシはゴクリと喉を鳴らしながら、口の中の唾を飲み込む。
「そういや……そうだった、ねぇ……」
自然治癒を遥かに上回る速度と回復力で、負傷者の傷や損傷を癒やしていく治癒魔法だが。強力すぎる治癒魔法には、代償が発生する。
治療される対象を襲う強烈な痛み、そして術者の魔力の一部の一時的、永続的な喪失や。身体能力の欠如など。
先程、ユーノやお嬢、その他多数の負傷者を相手に使った治癒魔法では。「精霊憑依」のお陰でほんの僅かの代償も支払っていなかったからか。
治癒魔法の代償について、アタシはすっかり頭から抜け落ちていたが。
「で。蘇生を成功させるために、アタシは何を代償に支払ったらイイんだい?」
だからといって、すぐに目の前にまで伸ばした蘇生の手を躊躇する理由には決してならない。
アタシは早速、蘇生の代償が何であるのかを師匠へと確認する。さすがに「アタシの生命」と言われたら、発動を躊躇うかもしれないが。
「ねえ、アズリア……代償、と聞いても。蘇生を止めるつもりはないのね」
「ああ、そりゃ……この連中とはそれなりの縁があるからねぇ」
「そう」
フルベの街のすぐ近辺に拠点を構えたカムロギ、そしてイチコら六人の盗賊団は。黒斑病という致命的な流行り病に罹患し。
病に冒されているのを偶然知ったアタシは、放置すれば流行り病がフルベの街を襲ったかもしれなかったため。「生命と豊穣」の魔術文字でカムロギら全員の黒斑病を治療した。
それだけの関係、と言えばそれで終わりだが。一度は自分の手で救った生命に、何故か愛着に似た感情を抱いていたのもまた事実だ。
「──なら、五年よ」
「え?」
「アズリア。あなたが生きるべき時間を五年、一人を蘇生する代償として支払いなさいな」
師匠の言葉に、アタシは反応を瞬時に返すことが出来なかった。
それは、代償の重さに唖然としたからではなく。
「え、ええっと……一人で五年ッてコトは、イチコにニコ、ミコに……あの連中が六人だから、一〇、一五っ……」
一六歳から二年、帝国の兵士養成施設で簡単な読み書きと数字の計算方法を学びはしたが。
六人分の代償として合計三〇年もの寿命が必要になる事実をアタシが理解するのに、少なからず時間を要したからだ。
「アタシの寿命が、三〇年縮まっちまう……のか」
大概の人間は、余程身分の高い人物でない限りは五〇、六〇歳ほどで寿命を迎えるか病に倒れるかで生命を落とす。
身分の高い人物は、神聖魔法を扱う高位の聖職者や治癒術師を傍らに置いておくため。もう少し長生きする機会に恵まれるが、それでも七〇歳程度。
今のアタシは、二五歳。
そこから寿命が三〇年短縮すれば、手元に残る生存の期限は数年あるかないか。
下手をすれば、代償を支払った時点で寿命が尽き、即座にアタシが死んでしまうかもしれないが。
顎に手を当て、考え込むアタシ。
背後から聞こえてくる蹄の音が聞こえない程に。




